第4話:帰還

「――――!」


 声にならない悲鳴と共に、カスタネルラは起き上がった。口元は震え、歯がカチカチと音を立てる。


「こ、こは……」


 周囲を見渡すと、魔方陣発動後、最初にたどり着いた謎の空間だった。


「――おお、ゆうしゃよ。しんでしまうとはなさけない」


 声が、聞こえた。


「誰が、勇者……」


「あなたは、あの世界では勇者でした。でもうまくいきませんでしたね。残念です」


 声を発しているのは、一見すると妙齢の女性だった。ただし、人間ではない。抑揚、声の調子もあるが、首元や関節等、所々から機械が見えている。


「あなたは、誰」


「私はこの、狭間の世界における案内人。メリル、とお呼びください」


 よく見るとメイド服だ。誰の趣味なんだろう。


「メリル。私は……いったいどうなったの。なぜここにいるの」


「先ほど断片的には説明があったかと思いますが、貴女の発動した魔方陣は、"魔王を倒しうるものを別世界から召喚する"という術式が組まれていました。ただ、少なくともすぐ探せる範囲にそんなモノはいなかった。そのため、あなたをことで、目的を達成する方向に切り替えたのです」


「……それは、なんとなくわかった。でもなんで私が、別の世界へ飛ばされて、あの火竜と戦わされたの?」


 魔王を倒す力は、世界と繋がったことで得られていたのではないのか。


「簡単です。今のあなたでは魔王を倒せない。だから、そのために経験を積んでもらう必要があったからです」


「あの無尽蔵な魔力を使っても、魔王は倒せない、と?」


「ええ。だって、魔王よりも格下の、あの火竜すら倒せなかったのですから。当然です」


「――え?」


 あの火竜が、魔王よりも格下?


「肉体強度はさすがに火竜が勝りますが、魔力等含めた戦闘能力は魔王が遥か上です。だから、火竜を呼び出して魔王にぶつけるということはしなかった。町への被害もありますが、効果的ではないと判断したからです」


「魔王は、そんなに……」


「アレは人の形をしていますが、規格外の化け物。人間側はそれを誰も理解していなかった。だからあんな不十分な魔方陣を組むのです。……本来なら失敗する術式だった。ただ、貴女が髪を捧げなんてするから、ギリギリ、爪の先ほど届いてしまったのです。――髪は、乙女の命、ですからね」


「…………」


「届くと言っても、探査範囲を広げるほどではなかった。だから妥協案として、貴女を鍛えることにした。そのために世界との接続も行った。ですが……思った以上に難易度は高そうですね」


「火竜には、全く私の魔術は通じなかった」


「拝見しておりました。アレは魔力の使い方がなっていないのです。文字通り無尽蔵に魔力が使えるのですから、出力の仕方を考えなければ」


「そんなこと、いきなり言われたってわからない。……そういえば、私はなぜ、生きているの?」


 肝心なことを聞き忘れていた。あの時、竜に食いちぎられた私がなぜここにいるのか。


「簡単です。アレはあの世界に貴女送り込むにあたり、魔力で作った肉体。それに貴女の意識を乗せたものです。魔術は遜色なく使えますが、壊れれば意識は本体に戻ります。損傷すれば痛みや苦しみはありますがね」


「そう。生きているのは良かった、けど……」


 思い出す。焼かれて死んでいった騎士たちを。カスタネルラに縋った、あの姿を。


「まだ火竜に挑むのは少々早すぎたようです。残念ながらあなたに戦闘に関するセンスはありません。では、次はもう少し簡単な敵と戦える場所にしましょうか」


「え……?」


 次。次が、あるのか。


「言ったでしょう。あなたが、魔王を倒せるようになるまで、鍛えると。何度でも。千でも、万でも繰り返せます。ここは時間の概念から切り離された場所。無限にレベル上げをしてください」


 にこり、とメリルは笑う。作り物のようだ、と思った。いや、事実作り物なのだろう。


 一瞬、絶望感に襲われた。あの苦しみを、あの恐怖をまた味わうのかと。――でも。


「……あの、火竜と、また戦うことはできる?」


「ええ。貴女が望めば、いくらでも」


「そう。……わかった。なら、やるわ」


「おや。意外ですが…‥やる気になってくれて何よりです」

 

 魔王を倒したかったわけではなかった。ただ、カスタネルラを信じた彼らの、あの騎士たちの、仇くらいは取ってあげなくては。そう思っただけだった。


「次の世界へ案内して」


「――はい。どんな世界でも、どんな状況でも最適な手を打てるよう、あえて情報はお渡ししません。では、ごゆっくり、お楽しみください」


 メリルの言葉と同時、カスタネルラの意識は暗転する。この後、きっと無限にも思える時間、彼女は戦い続けなくてはならない。その恐怖に震えそうな口元を強く結ぶ。


 もう、カチカチと歯を鳴らす時間は終わり。救わなくてはならない世界のために、強くなろうと少女は誓う。


 たとえ、どれだけの絶望が待っていたとしても。


「――私は、決して逃げないから」





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