第3話:火竜との闘い
火竜が住む火山は城から半日程度のところにあるとのことだった。ふもとまでは馬車、以降は徒歩だったが、カスタネルラは溢れる魔力を自身の強化に回しているため、そこまで苦労もなく進んでいく。山を登り、火口に近づく。既に周囲は地獄のように熱かったが、彼女の魔術により、彼女自身と道案内の騎士たちは快適な温度に保たれていた。
「カスタネルラ様は本当に凄いですね……こんなに快適な行軍は初めてです。これだけのことができるのであれば、火竜など相手にもならないでしょうね」
騎士たちはみな浮かれていた。確実な勝利。火竜を倒し、火山の活動が落ち着けば、町にも人が戻り、枯れた水も、草木も蘇るだろう。絶望の日々が、ようやく終わるのだ。笑みさえ浮かべながら、火竜が住むという火口付近の洞窟に足を踏み入れた。
――――彼らは、知らなかったのだ。国を滅ぼした火竜の本当の恐ろしさを。
火口に通じる洞窟。さすがに熱が今までとは桁が違う。カスタネルラは温度調節の魔術を強めた。
洞窟はそう深くない。中に入ると巨大な空間が広がり、奥は火口とつながっているらしく、赤い光を放っていた。その、広い空間の真ん中に、奴はいた。
巨大な竜。想像よりはるかに大きい。家というよりは屋敷を想像させる大きさ。 赤い鱗に覆われた、恐ろしい姿。大型爬虫類を彷彿とさせる姿勢で眠っていた竜は、こちらの接近を察知したのか、目をゆっくりと開いた。
それだけで、動けなくなった。
――怖い。
――アレは人が相手にしていいモノじゃない。
――アレは天災だ。この国の王は、火竜が現れた時点で国を捨てて逃げるべきだった。
まるで火山そのもの。燃えるような瞳に見られた瞬間、カスタネルラの防御を突破して、熱がチリチリと肌を焦がす。汗が噴き出した。
「ゆ、勇者様。お願いします! 奴を、どうか!」
震えながら叫ぶ道案内の騎士たち。やめてよ。こんなの聞いていない。
カチカチと、歯が鳴った。――まるで、カスタネットの音色みたい。
なんでこんなことに? すべてを投げ出したくなったけれど、それはできない。
火竜が煩わしそうに立ち上がり、口を開けた。もう、考えている余裕はない。
「――――凍れ!!!」
狂ったように震える口元を誤魔化すように、両手を突き出し大声で叫ぶ。最初から全力だ。取り繕う余裕なんてない。その瞬間、凄まじい氷の奔流が洞窟を凍り付かせ、そのまま火竜に襲い掛かった。
直撃。それと同時に視界が真っ白になった。水蒸気だろうか。洞窟はおろか火山まで凍ったのではないかと錯覚するほどの、冷気。――これなら、もしかしたら。
「や、やった!」
騎士たちが喝采を上げかけたその時、まるで逆回しみたいに洞窟が熱気に包まれた。そうして。
ごう、と、大きな音とともに、炎の塊が降り注いだ。カスタネルラ自身と近くに居た騎士は何とか氷の壁を張ることによって守れたが、一人少し離れた場所にいた騎士は骨も残さず焼き尽くされた。
『その程度か、異界の魔術師』
「――火竜」
『まったくもって拍子抜けだ。魔力だけはやたら多いが、それだけで何も使いこなせておらん。だから――こんな風に、誰も守れない』
火竜の言葉と共に、口から炎が噴射された。カスタネルラは慌てて氷の壁で防御するが――あっさり吹き散らされた。騎士たちが皆炎に焼かれていく。
「――いやだ! 死にたくない!!! ああああああああああああああああ――」
生きたまま、焼かれていく騎士たち。守れたのは自分だけだ。なまじ氷で相殺してしまっただけに、炎の威力が弱まり、長く苦しむ羽目になってしまった。
「――やめて」
『最後のチャンスだ。もう庇うものはいない。全力で撃ってみろ』
火竜の言葉を聞きながら、カチカチと鳴る歯を押さえつけ、カスタネルラは両手を掲げた。今までの人生で学んだ魔術。そのすべての知識と経験を総動員し、大量の魔力を氷へと変える。――できる、今なら、この火山さえ凍らせて見せる――!
「あああああああぁぁぁぁぁー!!!!! 凍れー!!!!」
喉を枯らして、叫ぶ。騎士たちを守れなかった苦しみを、震えそうな口を誤魔化すように、全力で魔力を放出した。全身から冷気が溢れ、地面を、壁を、大気をすべて凍らせていく。
――静寂。視界にあるものはすべて凍り付き、足元も、壁も、カスタネルラ自身さえも、白く染まっている。もうもうと白い煙が立ち上るその中で。
カスタネルラは、自身に迫る巨大な顎を見た。
「あ」
ぐしゃり、と自らがつぶれる音を聞いた。痙攣するように、口が震える。カチカチと、カスタネットの音色が響き、やがて止まった。
こうして、楽器は壊れ、国は滅んだ。
――ただ、それだけのこと。
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