第2話:火竜の国
「あなたが、この国を救う勇者様ですか! おお、確かに凄い魔力を秘めていらっしゃる。――これなら、あの火竜をも退治できるかもしれない!」
年かさの、長い髭を生やし杖を持った老人が、カスタネルラを見て興奮したように叫ぶ。
――これは、まさか。
「早速王に紹介する! ささ、こちらに!」
カスタネルラがいたのは地下の怪しい空間。彼女の下には、魔方陣。どことなく彼女が先ほど描いたものと似ている。ということは――。
「召喚、魔術……」
瞬間、先ほどの世界の声が蘇る。
『今いるものを、そのレベルまで引き上げます。』
つまり、カスタネルラ自身を、魔王と相対できるレベルまで、強化する、ということだ。ここは、そのための訓練の場……?
私の実力ではそんなこと不可能だ、と思ったが、先ほどの老人の言葉を思い出す。
「私に、すごい、魔力が……?」
カスタネルラ自身の魔力は平凡だ。だったはずだ。だが、今は違う。どこかから無尽蔵の魔力が溢れてくる。
「これがつまり、世界との接続の結果――」
「さ、どうされました。早く来てくだされ!」
老人に促され、混乱しながらもカスタネルラは階段を上る。壁の材質、老人の身なりから見るに、カスタネルラがいたところより文化レベルは低そうだ。
階段を上って、どことも知れない廊下を歩く。石造りの巨大な建物。王という言葉から察するに、城だろうか。飾られている調度品や、立っている兵たちを見る。明るい雰囲気ではない。調度品は薄汚れ、兵たちの表情は暗い。老人の言葉から察すると、『火竜』とやらが原因なのだろう。
「それを、私に退治しろって……? そんなの無理――」
以前なら、そう言い切っていた。だが、この体にあふれる魔力。もしかしたらそれを使えば、あるいは……?
◇◆◇◆
王との謁見は何というか、思ったよりもあっさり終わった。王様は、一目見てわかるほどに憔悴しており、ろくに言葉を交わすこともできなかった。ただ一言。
『……どうかあの火竜を退治してくれ……』
そう繰り返すだけだった。細かいことは周囲にいた側近連中から聞いたが、結局のところ、退治できれば渡せる限り報酬を出すので何とか退治してください、という感じだった。もはや交渉でも何でもない。つまりそれくらい切羽詰まった状況ということだ。
火竜についての説明も断片的だったので、正直詳細はわからないが――。
・三年前、火竜の到来と同時に火山活動が活発化
・火山灰や火山弾によって町は住むことすら困難な状況
・騎士団や魔術師団で火竜討伐を試みたが全滅
というかなり絶望的な状況ということは理解できた。一応部屋に通されたが、人手も物資も不足しているようで室内は最低限のものしかない。と、ドアからノックの音が響いた。
「失礼します。 勇者殿、よろしいでしょうか?」
勇者……言われ方に非常に疑問はあったが、ひとまず招き入れる。先ほど王の謁見の際にも見かけた若い騎士だった。というか、騎士たちはみな若く見えた。おそらく、討伐の際に主要メンバーが全滅したのだろう。それくらい恐ろしい敵だということだ。
「勇者様。この国はもう限界です。既に町から人はいなくなり、他の国からの援助も打ち切られようとしています。本当に最後のチャンスなのです。どうか――やつを。火竜を、倒してください。お願い致します」
平服する騎士。本当に追い詰められているのが伝わってくる。
「……やれるだけのことは、したいと思います」
そうとしか言えない。だが、無尽蔵の魔力があったとしても、自信は持てなかった。カスタネルラ自身は戦闘能力に長けているわけではない。せめて少し試し打ちをしてみたい。
「火竜の討伐は、いつ行きますか? 少し魔術を練習しておきたいのですが」
騎士に問う。彼は苦しそうな顔をした。
「明朝に。……すみません、本当に時間がなくて」
「……わかりました。ちょっと魔術を撃っても大丈夫な広場などありますか?」
「はい、ご案内します」
◇◆◇◆
連れて来られたのは、城下町の一角だった。元々は綺麗な広場だったのだろうが、焼け焦げた跡や降り積もった火山灰で荒れ果てている。町から見える火山からは今も噴煙が放出されていた。
「既に町に人はおりませんので、ここは好きにしていただいて構いません」
「わかりました。では、少し離れていてください」
カスタネルラは魔力を世界から吸い上げる。特別な技術があるわけではない。彼女にできるのは、氷を生み出すこと。それだけだ。
身体から溢れる魔力を叩きつけるように、大きく右足を地面に打ち付けた。その瞬間、足から氷が生み出される。強く、広く。生み出された氷はカスタネルラの想像通り、広場全体を凍結させていく。慌てて騎士が魔術の範囲から離れて行った。
「――すごい」
カスタネルラ自身が一番驚いていた。以前はせいぜい自身の周囲を凍結させる程度しかできなかったのが、今は広場全体を覆ってなお、まったく魔力が減っている気がしない。その気になれば町全体を氷で閉ざすことすらできるのではないだろうか?
「勇者様! こんなことが簡単にできるなら――きっとあの火竜にも勝てます!」
騎士は出逢ってから始めての笑みを浮かべた。カスタネルラもこれならいける、と確信を持つ。何度か試し打ちをして、まったく疲労感のない自身に満足し、騎士と二人、城に戻った。
――これならばあるいは、魔王にも通じるのでは? そんなことを考え、カスタネルラは眠りにつく。火竜を倒し、元の世界で魔王を倒す。そんな夢物語を想像しているくらいには、浮かれていた。
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