第4話 捕獲

 一体目のゾンビは本当に簡単だった。

 家でずっとゲームをして居るゾンビ。

 といってもテレビは点いているものの、ゲーム機の電源は入っていない。コントローラーをやみくもにカチャカチャ押している状態だった。


「俺一人で行けるわ」

 いきがって山田が後ろから拘束を試みる。

 俺たちが使うのは、サスマタに金属の板を取り付けたもの。

 金属の板は軽く反っており、対象に当たると折れ曲がった拍子にくるっと丸まって、対象を捕獲するというアイテムだ。

 これはゾンビ以前から開発されていた道具で、犯罪者や逃亡犯を捕まえるために出来たものらしい。


 失敗すれば良いのに。

 と思う俺の気持ちとは裏腹に、山田は一発でゲームゾンビの動きを止めた。

 暴れるゾンビの足を縛り、担架たんかに乗せるて車に積み込んだ。


「長野君、参考になった?」

 俺は新人教育を任されることが多い。

 まぁこの班で最長のベテランということもあるのだが、今日で辞めると分かっている新人にも、根気強く教えるからだろう。


「はぁ、楽勝っすね」

「今のは簡単だったが、走り回ってるやつも居る、襲ってくるやつも居るから、気を付けた方がいいよ」


 こんな宇宙服みたいなもの着て走れるかって。最悪、服を脱いで追いかけることになる場合もある。

 ゾンビと接触するときは、マスク手洗い消毒。



 二人目は主婦のようだ。

 スーパーへの道をただひたすら行ったり来たりしている。


「長野くん、山田さんと一緒に捕獲して来て」

「はい、これで捕まえるんすね」

 サスマタを持つと、なんの躊躇ちゅうちょもなくゾンビに近づく長野。


「おいおい、前に行っちゃいかん」

 山田の制止も聞かずに、無造作にサスマタを主婦ゾンビに向ける。


 主婦ゾンビ、それを反射的に手で止めたため、丸まった板は体をかすめただけで、捕獲に失敗してしまった。

「は? こいつら避けるんすか?」

 長野は不満げに俺たちの方を向き、眉間にシワを寄せる。

その時だった。


「キィイイィイィイイイィイ!!」


 金切り声を上げるゾンビに、長野君は思わず耳を塞ぎ尻餅をつく。


「長野っ! 下がれ」

 山田の大声に、今度はビックリした猫のように飛び上がると、転がるように車の後ろに隠れた。


 ゾンビは完全にこちらの三人をロックオンして歩いてくる。

 彼らのルーティーンを邪魔すると、よくこういった状況が起こる。

 動きはあまり早くないので走れば逃げれるのだが、先程の金切り声がくせ者で、周囲のゾンビをおびき寄せてしまうのだ。


「さぁ、急いで回収だ」

 山田がそう言うと、俺もサスマタを装備して出番を待つ。

 山田が主婦ゾンビを軽くサスマタの柄でつつくと、ゾンビは怒って山田を追い始める。

 早歩き程度の早さで追い詰めるゾンビだが、頭が朦朧もうろうとしているため、動きが直線的だ。

 山田が車の周りを回って逃げれば、同じように車の周りを回って追いかける。

 そんなことをすると、車の後ろに隠れてた長野も逃げ出してしまうから、なんだか楽しそうな追いかけっこみたいになってしまっている。


 都合の良いところで山田が止まると、ゾンビが襲いかかってきた。


 俺たちの息はぴったりだ、山田が体をよじると、後ろにいた俺が山田の影からサスマタを突き出す。

 その体めがけて、俺のサスマタが主婦ゾンビを捕らえた。山田もうろたえるゾンビの口に布を巻き、仲間を呼ばせないようにする。


 俺が足を縛ると芋虫の完成だ。

 三人で車に乗せると、他のゾンビが来ないうちに早めにずらかることにした。


「どうだった長野君、ゾンビは」

「まだ心臓ばくばく言ってるっす」



 一日目から締めて行くのは大事だ。

 舐めた仕事をしていると、簡単に事故で感染させられてしまう。

 職員から感染者が出るのが一番怖い。

 クラスターでも出ようものなら、ワイドショーの良いネタだ。


 病院関係者もそうだが、感染リスクの高い職業が頑張っているからこそ救える命があるというのに、世間は怖がるか面白がるかで、ちゃんとした評価をしてくれない。モチベーションは下がる一方だ。


 ぶっちゃけ、公務員だし危険手当ても付く。

 給料は結構良い方だ。

 しかも、どこにも遊びに行けない、家族もいない、彼女もいないので、全くお金を使わないまま5年が過ぎた。

 貯蓄はあるので、この仕事を辞めようかと思っていたくらいだ。


「休みでもとってゆっくりすれば考えも変わるだろうさ」

 朝礼で前にいた部長に相談したがそう言われ、一日だけ休みをもらったのが、あの芝生公園だ。


 くしくも、部長の言う通りやる気を出して戻ってしまったが。

 女の子の「頑張ってるんだね」という素直な評価が、俺の心に火を付けたのだ。

 断じて、部長のお陰ではない。




 三件目へ向かう途中、緊急コールが鳴った。

「緊急、土方班どうぞ」

「はい、こちら土方班」


「県道34号、瑞穂交差点にて、ゾンビの交通事故発生、至急駆けつけられたし」

「了解、現場急行します」


 俺は無線を置くと、右にウインカーをつけてUターンをした。


「事故っすか」


 ゾンビはふらふら出歩くため、事故に遭いやすい。

 一応トリアージ班が、道に出るタイプのゾンビには黒のバンドをつけ、回収してから2週間収監する筈なんだが。


「トリアージ班がミスったか、新規さんか……」

「とにかく急いで現場に行こう」




 現場は悲惨な状況で、普通にパトカーも救急車も来ていた。


「お疲れさまです、ゾンビは?」

 俺は車を降りると警察官に訪ねた。


「瑞穂署の竹中です、事故自体は一般車両の正面衝突ですが、その車体にゾンビが巻き込まれたようですね」


「それはお気の毒に」

 今の会話を聞いていた山田は、急いでそのゾンビの確認に行き、こっちに首を振って見せた。


「わかりました、ではご遺体はこちらで処理させていただきます」

「よろしくお願いします」

 警官は頭を下げると、一般人の事情聴取に向かってしまった。


 俺は残念なご遺体を見に行った。

「ありゃ、これは警備員さんだな」

 赤い光る棒を握りしめ、制服のまま横たわっている、間違いないだろう。


 あとで事情聴取でわかったことだが、仕事中に発症し、そのまま訳のわからない指示を出してしまい事故を誘発。

 それに巻き込まれてしまったということだ。

 なんとも痛ましい、ゾンビあるあるな事件だ。


 上半身は大丈夫だったがお腹から下が酷いことになっていて、目も当てられなかった。


「しばらく内蔵系の肉は食えないな」

 山田はそう吐き捨てながら、挟まった体を引きずり出した。


「顔写真を取っといて、これで家族確認してもらわなきゃ」


 彼らゾンビは、死んでしまっても家族とは会うことが出来ない。

 彼らはそのまま火葬場へ送られ、ウィルスの無くなった状態でしか対面できないのだ。



 俺たちは、死んでしまったゾンビもワンボックスの荷台に乗せると、その場を後にした。

 下手に野次馬でも寄ってこようものなら、感染者を出しかねない。


「うしろがいっぱいだな、病院と火葬場に寄って一旦空にしよう」

 山田が苦々しい口調で提案する。

 俺も言葉には出さずに頷いたし、長野に至っては青ざめて口を効く事もしなかった。


 仕事はこのあと、長野は見学で、俺と山田の二人で進めたため、あっさりと終了した。



 翌日、長野は辞めた。

 やはり初日にしてはハードすぎたかな。


 だがこれが日常なんだ。

 俺は帰りにレバーを買って夕食にした。

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