第3話 俺達の仕事

 そろそろ、不思議に思っている人も居るかもしれない。

 俺もはじめはそうだった。


 ゾンビと聞くと見境なく人を襲って、噛みつくイメージがあったのだが、現実は違った。


 彼らが噛みつく理由は、だいたい二つの説で語られてきた。


 ひとつは食欲を満たすため、自分で生成できない体の構成を、新しい肉体を取り込むことで維持するためだという説。

 もうひとつは噛みつくことで唾液より感染、増殖させたいという、ウィルス本来の生存本能説。


 現実はどちらも違った。

 いや、後者は半分正解といったところか……


 ウィルスの生存本能が、彼らを突き動かすのは同じなのだが、その感染経路が違った。

 唾液からではなく、正解は飛沫感染だったのだ。


 発症後は人語を介さず、意識が混濁している状態。唸り声をあげ、虚ろな目で徘徊し続ける。

 まるでゾンビのようだということで通称『ゾンビウイルス』と呼ばれるようになった。


 ウィルスに意識があるように、人間にもほんの少しだけ意識が残っていて、発症する直前にやるはずだった行動を繰り返すのが特徴だ。


 きっと公園にいたゾンビは、あの場所に最後にいたか、行こうと思っていたゾンビなのだろう。


 しかも驚くことにこのゾンビ化、致死率が100%ではない。


 ゾンビ化した個体は、生体反応が著しく低下するため、飲み食いをしなくても二週間程度持つ。

 しかし、その二週間で体力を使い果たした体では、ウィルスももたない。体が死ぬかウィルスが死ぬかというわけだ。


 はじめのうちは、ゾンビ化した人間を病院に隔離していたのだが、病床はすぐに埋まってしまった。

 また体が弱らないようにと、輸液を行ったりすれば、かえってゾンビの期間は長くなってしまい、脳や体に深刻なダメージが残る。

 無理やり手枷てかせ足枷あしかせをつけようものなら、手足が折れてでもやりたいことをやろうとするため、手に負えなかった。

 このウイルスの性格を理解するまでに、たくさんの人間が戻ること無く死んでしまったのだ。


 結局、自然に任せる方が一番良いとされ、ゾンビは発症しても放置されるようになっていた。



「おはようございます」

 出勤すると、いつもの顔ぶれがあった。


「おう土方、朝礼に間に合ったな」

 最近の俺は出勤態度が悪かった。

 やる気が起きなかったというのもあるが、態度が悪かったとてクビになる可能性はまずなかったからだ。


「昨日の休みで、少しだけやる気を補充してきたんですよ」


「その代わりに、お前の穴埋めで入った新人は今日は来てないみたいだぞ」


「デスクワークならまだしも、現地人員は怖くて逃げ出したんでしょ」

 俺は苦笑しながら、部屋の入り口にある消毒液で手を揉んだ。後ろをついてきた同僚の山田も、手を揉みながら部屋に入ってくる。


「毎度毎度、消毒が面倒くせーな」

 山田は不平不満が多い。


「やめても良いが、お前までゾンビになっちまうぞ」

「そいつはごめんだな」

「お前、ゾンビになっても仕事場に来るんじゃねーぞ」

「俺は来たくて来てるんじゃないからな、彼女の家にでも行くよ」


 山田はニカッと笑いながら親指を立てる。もちろんマスクで見えはしないが、白い歯が綺麗に並んでいるのが見える気がする。


「それはそれで彼女に迷惑だろうが」

「大丈夫だ、あいつは一回ゾンビになってるからな」

「ばか、再発だってあるんだ、絶対安全とはいえないだろ?」

「いや、どうせ入れてくれないだろ、今仲が悪いし……」


 先程の笑顔が嘘のように落ち込んでしまった。

「おいおい、冗談だ。どっちにしろ行くんじゃないぞ?」


「そのまえにかからないようにするって」

「だな」


「おおい、くっちゃべってんじゃない、始めるぞ」


 上司の声に皆がピリッと締まる。


「はい、おはようございます」

「おはようございます」


「今日の新入職員を発表します」


 俺たちのやっている仕事は罹患率が高く、大変な仕事だ。

 もちろんデスクワークも人手が要るため、多ければ多いほど助かるのだが。

 辞める者もあとを絶たない。


「はい、まずは並んで」


 いかにも冴えない二人の若者が、壇上にあげられた。

 「長野君と、佐伯さんだ。長野君は捕獲班、佐伯さんは管理班に配属される」


「あーあ、かわいそうに……」

 つい漏らしてしまう。

「おい土方、長野が何日持つか賭けようぜ」

 山田がいつもの調子でそんなことをいう。


「一日」

「なんだよ、俺も一日だと思ったのに」

「賭けになんないだろ」

「まーな」


 捕獲班というのはまさに俺たちの部署だ。

 ここが一番怖くてきつい。

 だからこそ勤務態度の悪い俺でも、続いているという一点でクビにならないのだ。




 こう見えても俺は、保健所で働いていた行政保健師。公務員だ。


 それが今では本業とは関係ない新しい部署に配属され、入った当初は想像だにしない仕事をしている。


 そんな俺たちの仕事を簡単に説明しよう。


 病院に収容されなくなったゾンビ達は、二週間のあいだ殆ど同じ行動を繰り返すため、そのゾンビごとに感染リスクの高さを表示したタグをつけ、日付と行動場所を管理する。

 これが『トリアージ班』


 ゾンビは二週間程度で限界を向かえる。

 その時にはウィルスの本能なのか、逆に行動が活発になり、近くの者に襲いかかる事もあるため、注意しながら捕獲する。

 俺たち『捕獲班』の仕事だ。


 その後、ゾンビ病棟、もしくはゾンビウィルス専門医のもと、体の回復をさせるために隔離。

 ウィルスだけが死に、体が回復すれば退院。


 その全ての情報を管理するのが『管理班』という事になる。



 そんな俺たち捕獲班は朝礼のあと、自分のデスクに戻る。

 デスクといっても、ただの物置だ。机での仕事はまず無い。


 暴れるゾンビに破かれないよう、ぶ厚めの宇宙服のような服を着て待機していると、管理班から朝の情報が回ってくる。


「今日は、俺たちの管理地区は7人か、忙しくなるなぁ」

 本日限界を向かえる予定のゾンビだが。傷をつけてしまうと人間に戻った際に困るので、安全に捕獲しなければならない、そのため結構気を遣うのだ。


 早速車に乗り、市街地へと向かう。


 街はゾンビに占拠されているわけではなく、普通の人のなかにポツポツとゾンビが居る感じだ。

 腕に赤や黄色の腕輪があり、トリアージされたゾンビだと確認できる。


「最初のゾンビは自宅待機みたいだ、こりゃ楽チンだな」

 もちろん外を歩くゾンビも居れば、家から出てこない引きこもりゾンビも居るわけだ。


 とにかく安全に捕まえて、回復を促す。

 こんな仕事を、ソンビ保健化が発足してからというもの毎日やっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る