第2話 久し振りの会話

 五年前、中国を中心にあるウイルスが発見された。

 対応策を立てるも、予想外に感染力強いウィルスは、知らぬ間に世界全国に蔓延まんえわしていった。


 すぐに日本も海外からの渡航を禁止、入国者は二週間の隔離を経てようやく日本に入れる、完璧な対策を取ったはずだったが。

 やはり、このウイルスを甘く見ていた。

 隙間をくぐり、瞬く間に日本にも広がった。


 このウイルスは飛沫感染、また接触感染を主にした感染経路を辿るため。

 マスクや除菌を徹底すればかからない。


 しかし、このウイルスの厄介なのが「無症状」で罹患りかんしている場合があるということ。


 このため不安に駆られた国民は、人間不信になるものも出るほどコレを恐れた。


 街からは一気にマスクがなくなり、除菌グッズも姿を見なくなった。


 政府は緊急事態宣言を発令。

 店の対応や営業時間に制限をかけると共に。

 国民全員に対して出歩きを控えさせた。


『三密』『ソーシャルディスタンス』というキャッチーな言葉で国民に注意喚起をする事で、感染の拡大を抑制させようとする。


 事実、これは効果を発揮し、一度は緊急事態宣言を解除するに至る。


 しかし、このウイルスとの付き合いはまだまだ続くのだった────。




「あれから五年か」


「もう、この光景も見慣れちゃいました」


 俺は久し振りにこの公園に来たため「見慣れてる」とは言いがたいが、言いたいことはわかる。


「どこもこんな感じですからね」


 俺は除菌した手でようやくハンバーガーにありつくと、お茶を濁す程度に答える。


「好きだったんですけどねここ」


 女性はカフェで買ったであろう、少し質の高いカフェラテらしいものに口をつけている。

 対して俺は、炭酸が抜け、氷で薄くなったコーラだ。


「そう言えば平日だけど学校は?」

 完全防備の顔からは年齢が分からないが、先程小学生から5年と言ってたから、中学か高校生だろう。


「学級閉鎖! サボってるわけじゃないの」


「そっか、じゃぁ学校でゾンビ出たんだ」


「おじさんも平日にこんなところに居るって……」


「2ヶ月ぶりの休みだよ」

 自分から吹っ掛けた感じになったが、ついふてくされた感じで返してしまう。


「そっか、だね」

 女の子は体育座りをするように膝を抱え込みながら呟く。


 しかしその何気ない一言が、胸に突き刺さった。


 大人だったら仕事をするのは当然で、俺が頑張らなけりゃ誰がやるって気持でやってきていたが、改めて「頑張ってる」って言われるとこんなに嬉しいものかと、つい心に染み渡る。


 俺は勢いに任せ、ハンバーガーの最後を頬張る。タレが染みたバンズが頬にくっついたので、それを指でぬぐう。

 急いでエコバックの中を探したが、例の紙が見つからない。そう言えば最近は持ち帰りじゃない限り、紙は自分で取らなきゃいけないんだった。



 久し振りにドライブスルーではなく店内で食べようとしたのだが、ゾンビが店内に座っているのを見つけてしまい、怖くなって出てきたのだった。

 室内でなければ、それだけでも感染率は低くなる。公園だったら気持ちも良いはず。と意気込んできたのだが。


 今日は除菌グッズを忘れている、ティッシュも通勤鞄の中だ。

 口をぬぐった手の行き場に困っていると。


「はい、おじさん」


 女の子がポケットティッシュを取り出しながら言う。


「ティッシュ……は除菌できないか」


 言いながらこっちの芝生の方に投げて寄越した。


「ありがとう」

 一枚とって返そうとすると。


「持ってて良いよ」

 といって、また視線を景色に戻し、カフェオレを飲んでいる。


「最近は紙、自分で取らなきゃなんだね」

 女の子からティッシュを巻き上げたような気になって、言い訳をするようにそんなことを口走る。


「こんな状況なのに、エコ、エコってそっちもやらなきゃいけないお店の人も大変ですよね」


「マックって何の略か知ってる?」

 俺の悪い癖だ、ついつい会話に豆知識を挟んでしまう。


「マクドナルドの略でしょ?」


「それ、実はドナルドの息子って意味なんだよね、マックって部分だけを訳すとって意味になるんだ」


「わたしらみんな、息子、息子って呼んでんの? ウケる」


 そう言いながらマスクと帽子の隙間から見える目を、細くしながら笑ってくれた。


「だからマッカーサーはアーサーさんの息子って意味になるんだ」


「……へぇー」


 悪い癖、第二段。

 せっかく盛り上がったのに、次の蛇足で盛り下がる会話!


 もともと話が苦手な俺が、どこかで読んだ「話を膨らます方法」で紹介された、豆知識を増やしましょうってのを、実践でやってしまうとこんな風になるのだ。


 気まずい訳ではないが、無言の時間が過ぎる。静寂から逃れるように、残ったコーラの飲むペースが早くなった。

 そして「ズズズズ」っというストローの音と共に、俺は持ってきた食事を終えてしまい、手持ち無沙汰になってしまった。


 久し振りに同僚以外とちゃんと話をした、しかもこんな若い女の子と。

 少し気持ちは高ぶっていたが。


 彼女にしてみれば、きもいおじさんに話しかけられているだけなのだと、ふと現実に戻ると急に冷めてきた。


「ティッシュありがとう、除菌も」


「ううん、気にしないでください。気を付けて」


「君も気を付けてね」



 俺は立ち上がり、緑の芝生の上を歩く。

 ゾンビがうろつくこの公園が、子供たちの溢れる公園に戻る日は来るのだろうか?


 俺はため息をつきながら。

「息抜きにはならなかったな」

 と呟いたが。


 彼女の「頑張ってるんだね」という言葉に励まされて、また明日からの仕事に向き合える気がしていた。

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