第5話 しゃれたサンドイッチ
今週は少し限界ゾンビの数が少ないらしいので、新人と山田に任せて、もう一日休みをもらった。
前回は2ヶ月ぶりの休みだったが、今週は一週間で次の休みがもらえた。
安定しないのは仕方ない、客商売だから。
そんな訳で休日、足は自然と公園に向いていた。
あの子も毎週来ている訳でも無いだろうが、何となくあそこへ行けば会える気がしたのだ。
今回はハンバーガーではなく、質の良い喫茶店の持ち帰りサンドイッチとカフェラテだ。
スモークサーモンとアボカドのクリームチーズサンドという、少し情報多めな奴にしてみた。
一個では足りなさそうだったので、取り敢えず二つ。
公園は相変わらず、ぽつぽつとゾンビが歩いている。
こういった屋外ゾンビは限界が早く訪れやすい、暑い寒いをモロに受け、場合によっては保護しておかないと、限界が来る前に亡くなってしまうケースもあるのだ。
また雨や雪も彼らを容赦なく打ち付ける。
かといって天気予報に合わせて全てを収監しておくような施設も足りていない現状、経過観察をしながら、限界を向かえたゾンビを病院に連れていくしかないのだ。
俺は青い芝を踏みながら、春の良い季節を感じていた。
「先週よりも大分暖かくなってきたな」
吹く風はまだ少し冷たいが、日差しは暖かい。
今の時期のゾンビは温度差でどうこうなることは少なく、緊急で呼ばれる機会も少ない。いわゆる「閑散期」という奴だ。
もうすぐゾンビ達が熱射病で倒れる、繁忙期がやってくることを考えると吐きそうだが。
その分いまは予定調和で回るため安全だ。
先週女の子と出会った場所に来たが、女の子は居なかった。
「まぁそりゃぁそうか」
いくらお気に入りとはいえ、ゾンビがふらつく公園を毎週見に来る物好きは居ないだろう。
俺は良きカフェオレを口にした。
甘さ控えめが最近の主流なのだろうが、俺には少し甘さが足りないなと思える味だった。
結局、ハンバーガーショップの、炭酸抜けかけの氷で薄くなったコーラっていう、チープな味が一番しっくり来るのかもしれない。
そのままサンドイッチには手を付けず、芝生に寝転がった。
「がんばってる、か……」
思い出しながら口にする。
誰かから応援されるって、こんなに残るもんなんだ。
考えてみれば自分は応援される側だと思い、人に感謝を伝えて居なかった事を思い出す。
俺がお世話になっている、いつもゾンビを連れていく病院のスタッフも頑張ってるし。
管理班、トリアージ班も危険は少ないとはいえ、当直まで立てて情報を集めている。
「考えてみれば、誰一人欠けても回らない仕事だよな」
霞がかる雲を見つめて考えていると、不意に寝てしまったようだ。
────次に目が覚めたのは、少し寒くなってきた頃だった。
「やべ、寝ちまった」
寝ている間に少し雲が多くなって、太陽を隠してしまった、そのため少し冷えてきたのだろう。
俺は体を起こし、あることに気づいた。
体の上に、申し訳程度だが布が掛かっている。
「おじさん起きたんだ、もう少ししたら雨降るかもだから、起こそうか迷ってたんだけど」
声のする方を見ると、先週の女の子がいた。
「これ、かけてくれたのかい?」
俺は申し訳程度に掛かっていた布を持ち上げた、それは猫の刺繍のしてあるハンドタオルのようなものだった。
「うん、お腹出てたから寒そうで」
「みっともない物を御見せしました……」
そう言ってハンドタオルを四つに折って返そうとする。
「ごめん、それ除菌できる奴無いから、洗って返してくれる?」
「あ、そうだよね、ちゃんと綺麗にして返すよ」
こういった事に神経質になってしまう時代だ。致し方ない。
ソーシャルディスタンスを取りながら生きていると、心まで距離を置いてしまう気がする。
「今度って、そう言えば、君は毎週ここに来てるの?」
「ううん、最近は毎日来てるよ」
そう言えば学級閉鎖だっていってたな。
潜伏期間を見越して、二週間は休みなのだろう。
「学校の先生やってるうちの母親がゾンビになっちゃって、学校休みになったんだ」
公園の景色を見ながら、女の子が告白する。
「……お母さんだったんだ、大変だったね」
「お母さんが担当したクラスは半分くらい感染しちゃって。すぐに学校閉鎖になったけど、友達がゾンビになちゃうの見るのが辛かった……」
そう言いながら、体操座りの膝に顔を埋める女の子。
彼女の絶望や、否応なしに振り掛かる周囲の目を考えるといたたまれない気持ちになってくる。
感染経路がはっきりする事で、対策を取ることができる、そこから先の広がりを防ぐためには重要な事だ。
しかし、はっきりと
特にゾンビ化したものは、回復するまでの記憶が殆ど無いため、症状が回復したときに自分がどれだけ恥ずかしい行動をしていたのか、人に迷惑をかけたのかを知り、絶望する者も少なくない。
自殺する者もいるくらいだ。
先生という立場なら尚更、教え子にウィルスをばら蒔いてしまったという、自責の念に潰されないかと想像してしまう。
「おじさん、ゾンビを救う関係の仕事をしてるんだけど、そんな時は転校しちゃう家族が多いね……」
「そっか、やっぱりそうなんだ」
顔を上げずに答える女の子に、掛ける言葉が見付からない……
先週元気をくれる言葉を貰ったというのに。
沈黙が流れる。
「あ、そうだ。サンドイッチ食べる?」
俺は流れを変えるために全く関係ない話を振ってみたが反応はない。
どうやらタイミングをミスったようだ。
事務的なもの以外で、人と話す事が殆ど無い。同僚の山田は別だ。あいつとは脊髄反射でやり取りしているだけで、会話とは言えない。
そんな俺だから、深く悲しむ人間に「心から」声を掛ける瞬間なんて、思い出す過去には見当たらない。
──ぐぅっつ。
「あ、君お腹鳴ってるじゃん」
なんだかすごいタイミングで、静寂を切り裂く腹の音。
「いや、ちょっと待って、今のはおじさんでしょ!」
否定する女の子。
「御飯食べてないの?」
「食べました。私じゃないってば」
ふて腐れる女の子に、もしかしたら自分のお腹だったんじゃないか? という疑問が。
考え事してたから、わからなかったのかもしれない。たまにあるどっちの腹が鳴ったの論争。
──ぐぅうっつっ。
また鳴ったよな?
今度は恥ずかしそうに女の子が手を上げる。
「今のは私です」
「じゃあさっきのは俺かな。そう言えば昼にサンドイッチ買ったのに、まだ食べてなかったし」
「じゃあ一回目はおじさんじゃん、なんで擦り付けようとしたのさ」
「気付かなかったんだよ。どっちにしろ二回目は君だろ?」
「それは、そうだけど……」
「じゃあ、お腹鳴らないように食べようか」
俺はエコバッグから、パッケージされたサンドイッチを取り出した。
「美味しそう、何のサンドイッチ?」
「スモークサーモンとアボガドとチーズのサンドイッチかな」
「おじさん、贅沢なの買ってるね」
いつもじゃないけどね。
「まぁね! 働く大人だからね!」
そう言って、サンドイッチを渡そうとする。
ソーシャルディスタンスを保って渡すのは難しいぞ。
食べ物は投げたくないし、包みはあるが芝生とはいえ地面に直接ってのは気が引ける。
一瞬悩んでから、先程お腹に乗せて貰ったハンドタオルを敷いて、そこにサンドイッチを乗せた。
その乗せた手に、彼女の手が触れる。
俺はさっと手を引くが、彼女は当たり前のように、そのままサンドイッチを受け取ると、包みを開けて食べ始めた。
心臓がばくばく言ってる。
ソーシャルディスタンス
ソーシャルディスタンス!
この数年、人と距離を置いて生きてきた。
恋人も作らず……ってこれは、作ろうとしても出来なかっただろうけど。
家族ももう居ない。
手が触れただけでこんなにときめく物なのか……その気持ちを完全に忘れていた。
「あの、手、消毒、しないでいい、の?」
「え? 大丈夫でしょ」
そう言いながら、その手でパクパクサンドイッチを食べる女の子。
「怖かったらおじさんは消毒しなよ」
言われて自分の手を見る。
母親がゾンビになっているご家庭の女の子「濃厚接触者」だ。
しかも、直接手で持って食べるサンドイッチ。元保健所職員として、絶対に避けるべき案件だ。
しかし、俺はその手を洗うことは出来なかった。
消毒してしまうと、この胸の高鳴りも一緒に滅菌されそうで。
俺はそのまま、サンドイッチを頬張った。一口の加減を忘れて、口のなかでモゴモゴしてしまう。
「あはは、やっぱりおじさんお腹減ってたんじゃん」
その様子を見てカラカラと笑う女の子の顔を見た。
食事する際にマスクを外していたから。
俺が見た初めての顔は、満面の笑みだった。
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