第21話 私のヒーロー(琴葉視点)

「……そ、そんな……」


 私———水野琴葉は目の前の光景にただひたすらに狼狽する。

 目の前には片腕を無くし、片手で折れた刀を握っている姫花に、魔力切れで気絶した優。

 無理に《念力》を使ったせいで全身から血を噴き出している会長の姿。

 私自身も魔力切れと出血で今にも気絶してしまいそうな状態。


 しかし———


「「ガァアアアアアア!!」」


 2体の『リヴァイアサン』は既に強力な再生能力によって今まで私達が与えたダメージはほぼ無効になってしまったため、ピンピンした様子で私達を見下ろしている。


「ま、まさか、に、2体に増えただけで此処まで強くなるとは、ね……」


 会長が口から血を吐きながら『はははっ……』と空笑いを上げる。

 

 そう、『リヴァイアサン』は2体になった途端に一気に強くなった。

 片方が海水を操作して自分達を防御しながら私達の牽制を担い、もう片方が雨雲を操って私と相性の悪い雷を集中的に発生させ、会長が耐え切れないほど何度もブレスを放ってきたのだ。

 そのせいで近付こうにも近付かず、仮に海水の結界を破壊しても落雷とブレスが襲ってくる。

 落雷を躱せる者は私達の中には居らず、辛うじて反応できる会長は私達に飛んでくる強力なブレスを打ち消しているため雷まで対処出来ない。


 雷に当たれば感電してしまうので動けなくなり、その間に姫花が刀の半分と共に片腕を食い千切られ、優は常に私達のバフと回復を担っていたため魔力切れを何度も起こして気絶してしまった。


 私も雷に何度も当てられていたし、『リヴァイアサン』の支配力が私の支配力よりも上なため上手い具合に操作も出来ない。

 そのせいで対処出来るはずのブレスや物理攻撃も避けれずに直撃してしまった。


「……此処で死んじゃうのかな……? ———それは嫌だ……!」


 折角15年も探していた神羅を見つけたのに……!


 私は震える身体に無理やり力を入れて立ち、残り少ない魔力で《絶対零度》を発動して攻撃するも、海水の結界に阻まれる。

 更に———

 

「カッ———ッッ!!」


 私に向かって『リヴァイアサン』のブレスが飛んで来る。

 しかし普段なら一瞬で私の下へ到達するはずのブレスが酷く遅く見えた。

 それと同時に私の過去の記憶が一気に脳裏へと再生される。


 あっ……これが走馬灯って言うやつなのかな……?


 私はそんなことをぼんやりと考えていた。






 私は昔、今とは違って弱かった。

 人見知りで誰かに視線を向けられることさえ怖かったから、常にビクビクしていたのをよく覚えている。

 

 そんな私の反応が面白かったのか、幼稚園の時に私よりも大きな男子達に面白半分で何度も悪戯をされた。

 相手にとっては些細な悪戯だったのかもしれないが、私にとっては家で泣いてしまうほど苦痛でしかなかった。


 しかしある日———いつも通り悪戯をされるんだろうなと思いながら幼稚園に入った所、私を虐めていた3人の男子達と言い争っている1人の男子を見かける。

 気になって木陰から覗いてみると———当時は一度も話したことなく、精々隣に住んでいるとしか知らなかった神羅だった。


『やめろよ。お前のせいで水野が来なくなったらどうするんだ? それともあれか? 父さん達が言ってた好きな人こそ虐めるっていう男の子特有のアレか?』


 神羅はとても5歳児とは思えないほど大人っぽかった。

 正直私は何を言っているのか分からなかったし、きっとそれは私を虐めていた男子達もそうだろう。

 明らかに困惑した表情をしていた。

 

『な、なんだよこいつ……! 大人みたいなむずかしいこといってる!』

『なんかこわいよこいつ……』

『うるさいぞお前! ぶっ殺すぞ!』


 リーダー格の体格が大きな男子が神羅を殴ろうとすると、神羅は慣れた様子で自ら拳に向かっていき、頬を殴られた。

 いや、拳を頬で殴ったと言った方が表現としては正しいかもしれない。


 突然の神羅の奇行にリーダー格の男子は狼狽していた。

 しかし神羅は特に痛がる様子もなく、


『あ、殴ったな? これを先生に言えばお前達は怒られるだろうな? ついでに水野のことも言っといてやるよ』

『や、やめろ!』

『なら今後水野に関わるな。そうすれば水野をいじめていたことはいわないでやる』

『わ、わかった……絶対言うなよ!』


 そう言って3人は神羅を不気味なモノを見るような目で見た後、走って逃げていく。

 そして1人になった神羅は、いきなり私の隠れる木陰へとやって来て、先ほどとは全く違う、優しく暖かい声で話しかけて来た。


『そんなに隠れてないで、俺と話そう?』

『……え? で、でも……』

『いいだろべつに。家も隣なんだしさ』

『う、うん……』


 神羅はまるで私が見られるのが苦手なのを知っているかの様に私の方を見ず、空を見上げながら話しかけてくる。


『人と話すのが苦手なんだろ? 目を合わせるのも』

『う、うん……相手が私のことをどう思っているのか解らないから……』


 本当は皆の様に友達を作って仲良く遊んでみかったが、どうしても出来なかった。

 誰かと目が合うと、色んな考えが生まれ勝手に心臓が激しく鼓動し、息苦しくなるからだ。

 

『……なら俺が今から水野の印象を全部言ってやる。基本、これ以外のことは思われてないから』

『??』

『まず声小さいし、オドオドしてるし、常に苦しそうな顔してるから話しかけづらい』

『うっ……そんなに言わなくても……』


 私は若干涙目になる。

 しかし神羅はそんな私の頭をそっと撫でながら言って来た。


『でも、見た目はめちゃくちゃ良いし、声も綺麗だし、必死に皆に話しかけようとしている姿が可愛い。器用だし、笑った時の顔はいつも以上に可愛いな。あと話しはしないが、頑張って手伝いをしているのは凄いと思う』

「ちょ、ちょっとやめて! 恥ずかしいよ!』


 私が恥ずかしさを訴えようと神羅をみると、何故か神羅はそっぽを向いており、耳が真っ赤になっていた。

 どうやら神羅も恥ずかしかった様だ。


『神羅君も恥ずかしかったの……?』

『……そうだよ。頑張って我慢してたんだから止めるなよな』

『え、えへへ……神羅君も恥ずかしがるんだね……』

『当たり前だろ。大人だって恥ずかしくて顔赤くするぞ。この前なんて父さんが———』


 神羅とは初めて話すはずなのにとても楽しかった。

 それと同時にまた話したいと思う様になった。

 それを吃りながらも頑張って伝えてみると、


『———安心しろ。俺は琴葉のことを拒んだりしないから』


 と笑って言ってくれた。


 それが私と神羅の出会い。


 そして私が神羅を好きだと気付いたのは中学2年の時だった。


 中学生になると、私は一気に成長して男子からよく告白される様になっていた。

 でも神羅と一緒に遊ぶ方が楽しいから断ってたら、断った男子の中に、クラスの女王的女子が好きだった子もいたらしく、私は久しぶりに虐められるようになった。

 それは幼稚園の頃とは比べ物にならないほど陰湿で粘着質な物だった。


 また私の心は徐々にネガティブな方向へと沈んでいく。

 神羅には、神羅が巻き込まれてしまうと思い言えなかった。


 そんなある日、女子達に私は校舎裏の誰も来ない場所へと連れて来られた。

 

『わ、私に何の用?』

『アンタムカつくのよね……顔がいいからってスカして。挙げ句の果てには浩介君を振るなんてあり得ない! 私が浩介君の代わりにアンタに罰を与える! やれ!』


 その瞬間に、周りの女子が一斉に私に襲いかかって掴み掛かり、受けない様にした後、リーダー格の女子が突然私の制服をハサミで切り始めた。


『や、やめて……!』

『アンタには裸がお似合いよ! 帰りは無様に裸のまま皆に見られながら帰るのね!』


 そう言ってどんどん私の服を切り刻んでいく。

 今思っても彼女の行動は常軌を逸していたと思う。

 私は人間の狂気を感じて、昔の虐められていたことを思い出してしまい、泣いてしまった。

 逆効果だと分かっているのに。


『や、やめっ……やめて……ぐすっ……やめて……』

『あはは! コイツ泣きやがった! 無様ね! いつも大人ぶってた癖に今では子供みたいに泣いて! ムカつくんだよ!! ……あ、いいこと考えた』


 そう言って女子が私の髪を掴むと、悪魔の様な笑みを浮かべる。


『アンタ……坊主になってみるのはどう? きっと似合うわよ?』

『や、やめてよ……グスッ……いやだいやだよ! も、もうやめて……お願い……』


 目の前にハサミが迫り、私の心が完全に壊れそうになった時———




「『———琴葉、もう大丈夫だ』」

「『!?』」




 世界がグニャッと歪み、一気に昔の記憶から現実へと引き戻される。

 そこはかつての校舎裏ではなく、土砂降りの雨によって暗くなった海岸。

 

 しかし目の前には———昔と同じ様に、でも昔より成長した神羅が私をぎゅっと強く抱き寄せて、相手を睨んでいる姿があった。


 私の心臓が昔と同じ様にドクンッと大きな鼓動を打ち、全身が燃え上がるかの様に熱くなって頭が働かなくなり、他の物が見えなくなるほど神羅の姿に見惚れてしまう。


 神羅は『リヴァイアサン』のブレスを片手で捻り潰すと、私が好意を自覚したあの一件の時と同じ、私の心を安心させる優しくて暖かい笑みを浮かべて———




「『———よく頑張ったな。後は全部俺に任せろ。すぐに終わらせてやるから』」




 昔より大きく、逞しくなった手で優しく私の頭を撫でた。

 

 まるで———フィクションのヒーローの様に。

 

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