第6話 琴葉のこと

「それでは此方が『SS級覚醒者ライセンス』となります。無くさない様にして下さい。再発行時に費用が掛かりますので」


 受付人———夕薙昴ゆうなぎすばるがキラキラと光を反射するプラチナ製のカードを渡してきた。

 そこには俺の名前と顔写真に登録日、それと等級が書いてある。

 確かにコレを無くすと費用が掛かりそうな程素晴らしい出来だった。

 F級の紙のようなライセンスとは全く違う。


「ありがとう」

「いえ、神羅様の様な強者が居てくれればこの安全地帯の安全性もより向上するので、私達の方がありがたいくらいです。第10安全地帯初のSS級覚醒者である神羅様には、協会からの手厚い支援が受けられますが……いかがいたしますか?」

「それは……法を犯さなければどんなことでもか?」

「勿論です」


 SS級覚醒者は、15年経った今でも物凄い権力を持っているらしい。

 協会が無償で支援をするのは例外を除けば基本A級以上である。

 しかしA級程度だと毎月のお金の支援位しかないらしく、その支援額も大して多くないんだとか。

 それに比べてSS級だと、毎月数千万から数億円まで支援してくれ、更には協会が所持する装備を無償で提供してくれる。

 まぁその代わり指定依頼を受けないといけなくなるが、その程度であれば問題ない。


「今俺は諸事情でお金がない。それに家もないので、支援してほしい」

「分かりました! 今すぐ5000万円と一戸建てを用意いたします! 約数時間掛かると思われますので、その間は自由にしてもらって結構です」


 夕薙が物凄い速度で何かを打ち込んだかと思うと、バンッと机を叩きながら立ち上がり、協会の奥へと消えていった。


「…………忙しないな」

「まぁ受付とはそんなものだ。それより神羅くんには敬語を使った方がいいかな?」

「いや、洋介さん達にはそのままで居てもらって大丈夫だ。今更変えるのも変な感じだしな」

「それはありがたい。なら今度からも今と同じ様に———」

「おめでとう神羅くん! まさかあんなに強かったなんてね!」

「心の言葉を肯定するわけでないけど、まさかあんなに強かったとは……これでこの地帯は安全だな!」

「わ、私、感動しました!」


 洋介さんが何か言おうとした瞬間に、『要塞』の3人が俺の周りに集まって口々に称賛の嵐を降らせる。

 今まで褒められた事が殆どないので少し照れ臭いが、悪気はしないな。


「皆ありがとう。それと、1つ聞きたいんだが……水野琴葉と会うにはどうしたらいい?」

「「「「えっ?」」」」


 俺がそう言うと、4人全員が驚いた様に声を上げた。

 そして綾人さんがガシッと俺と肩を組むと、耳元で囁く。

 

「まさか……お前も琴葉様のファンなのか?」

「は? ファン? 別にそうではないが」

「あれっ?」


 綾人さんがガクッと肩を落とし、誰が見ても分かるほどに落ち込み出した。

 一体どうしたのだろうか?


「気にしなくてもいいよ。アイツは水野琴葉ちゃんの公式ファンクラブの会員なだけだから。私達は別にファンではないから、新たに語れる人が出来ると思ったのよどうせ」

「随分と辛辣だな心。お前は琴葉様が美しいとは思わないのか!? しかも美しい上にとてもお強い! まさに戦女神! 彼女の虜にならない者は人間じゃない!!」


 綾人さんのいつものチャラチャラした雰囲気はなりを潜め、完全に推しについて語るオタクになっている。

 

「そ、それでどうして神羅さんは琴葉さんにお会いになりたいのですか? ファンではないみたいですし」

「ああ……琴葉とは幼馴染でな。15年前までは俺の両親が死んだから居候させてもらってたんだ」

「…………え?」

「ん、あれ?」

「はぁあああああああああ!? 神羅が琴葉様の幼馴染だとぉおおおおお!? それに同居していただとぉおおおおおお!?」

「五月蝿いッッ!!」

「グハッ!?」


 俺の言葉に皆(特に綾人さん)が先程とは比べ物にならないほどの驚きの声を上げた。

 まぁ最後に綾人さんが五月蠅すぎて皆の困惑を全部掻っ攫っていったし、五月蝿過ぎて心さんに数メートル以上吹き飛ばされたが。

 しかし綾人さんは吹き飛ばされてもすぐに回復し、俺に詰め寄ってくる。


「ど、どどどどどう言う事だ!? 神羅が琴葉様の幼馴染で元同居人と言うのは本当か!? 嘘だよな? 嘘だと言ってくれ!!」

「すまないが、嘘ではない」

「クソォおおおおおおお!! 我が女神に男の影は無いと思っていたのにぃいいいいい!!」


 完全にキャラ崩壊を起こしながら地面に膝を突き慟哭を上げる綾人さん。

 しかしすぐにまた復活して俺に訊いてくる。


「じ、じゃあ昔の琴葉様はどんな感じだった!? それに神羅くんは琴葉様のことをどう思っているんだ!?」


 昔の琴葉……俺が琴葉のことをどう思っているか。

 そんなことは考えるまでもない。


 数億年もの間唯一忘れなかった記憶。

 既に俺の中には両親の顔も友達も誰もない。

 

 ———でも、琴葉だけは鮮明に覚えている。


「琴葉は———」


 ———泣き虫で、メンタル弱くて、常に俺や両親の後ろに隠れるほどに人見知りで、ドジで、それなのに何故かお姉ちゃんぶって。

 それで泣き虫と虐められているのを俺が助けると、


『ありがとしんらぁぁ……!』


 泣きながら安心した様に顔を緩めると俺の胸の中にすっぽりと収まる。

 

 しかし、年齢を重ねるにつれ、俺は弱く、琴葉は強くなった。

 そして今度は俺が虐められていると、琴葉はまるでフィクションの主人公の様に現れて助けてくれる。


『私は絶対に神羅を見捨てなんてしないからね。だって私のヒーローなんだもん』


 と、どんなに俺の心が重くても此方が不思議なほどに元気が出る、向日葵の様な笑みを浮かべて。

 俺の両親が死んで心が病んでしまった時も、その明るい笑顔で俺を照らしてくれた。

 だから、彼女は……琴葉は俺にとって———


「———命と同じ位大切で愛しい人だな」

「「「「……」」」」

「どうした? 何で黙っているんだ?」


 俺は自分の気持ちと昔の琴葉のことを話してみたのだが、何故か皆からの反応が全くない。

 俺が不思議に思っていると、心さんがポツリと呟く。


「……神羅くんも笑うんだね」

「それは俺も思った。ずっと無表情で何処か冷めた目をしてたもんな。戦闘中もそれは変わってなかったし」


 俺はそう言われて初めて自分が笑っていることに気づく。

 近くの窓に映る俺は、小さく口角を上げて、何処か過去を懐かしむ様な優しい笑みを浮かべていた。

 

「…………早く会いたいな」


 もしあったら何を言おうか。

 その時の俺は、琴葉はどんな感じだろうか。

 笑っているのか、泣いているのか、それとも……忘れているのか。


 俺は窓の外を眺め、そんなことを頭の中で思い描いていた。


 

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