第7話 初仕事
「———暇だ」
俺は協会のソファーに座りながらそう溢す。
あの空間の中は娯楽もなかったし、そもそも脱出すると言う目標があったので暇ではなかったが、今は琴葉に会う事以外に目標がないし、この世界は娯楽に溢れているので、非常に暇に感じてしまう。
「あはは……まぁ数時間ずっと何もせずに待つのは暇だよな……スマホも持ってないんだろ?」
「……ほら」
「うわっ……これは完全に逝かれてるな。どうやったらこうなるんだよ」
俺は若干力無く笑う綾人さんに、もう狂って電源が付かなくなったスマホを渡す。
綾人さんは意外にも機械系に強いらしく、俺のスマホが完全に終わっていることを一瞬で見抜いた。
「……少し特殊な所に居たせいで中がバグったんだ。その中には琴葉の連絡先も入ってたんだが」
「それを先に言えよな。少しの間借りていいか? 必ず直してみせる! その代わり、直ったら一度でいいから琴葉さんと電話させてくれ!!」
綾人さんが俺のスマホを宝のように何処からともなく取り出した保護ケースに入れて土下座をする。
琴葉のファンって皆こんな感じなのだろうか?
俺は取り敢えず土下座する綾人さんを立ち上がらせる。
「別に土下座はしなくていい。直してくれるなら電話させてやるから」
「おおおおおお!! ファンクラブ会員第10番までしか許されない通話をファンクラブ会員第123番の俺が出来るなんて!! 此処最近で1番最高の日だッッ!! よし、任せとけ神羅。ついでに神羅名義で契約もしておくから!」
「それは自分でやるから結構だ。直してくれたらそれでいい」
俺はテンションのバグっている綾人さんから視線を逸らし、洋介さんに話し掛ける。
「洋介さん、依頼の受け方は15年前と変わっているのか?」
「15年前がどう言った感じで受けてたのかは分からないけど……最近はこのライセンスでのやり取りが主流だ。受けたい依頼を受付で言えば、ライセンスを通して依頼受注が出来る」
成程……これは昔と変わっていないな。
どうせ暇だし、適当な依頼でも受けてみるか。
俺は先程とは違う受付に向かい、ライセンスを受付に渡す。
「すまないが依頼を受けたい。数時間で終わるもので何かいいものはないか?」
「はい分かりまし———って神羅様!? 先程SS級になられた!?」
受付嬢が俺のライセンスを見た途端、驚きで椅子の上で何度か体を跳ねさせ、まるで壊れ物を扱う様な様子でライセンスを受け取る。
若干彼女の手が震えているのは指摘しないほうがよさそうだ。
「え、えっとですね……神羅様の実力で数時間で済むと言うのは……これなんてどうでしょうか?」
少し落ち着いた受付嬢が出した半透明のボードにはこう書かれていた。
——————————————————
A級依頼
制限・A級以上(ソロならS級以上)
依頼内容・日本の瀬戸内海に現れたA級巨神獣(魚類型)首長竜の討伐。
報酬・5000万&素材買取費
備考・首長竜は水中に住んでおり、体長約120メートルのA級巨神獣。水中では時速数百キロで泳ぎ、水の中では主に超音波や波動を使用し、外ではビームを放出する。
——————————————————
「首長竜の巨神獣は再生能力が無いですし、海から出れば弱くなるので比較的倒しやすく、同ランクのパーティーであれば余裕で討伐出来るほどです」
「受けよう」
「承知致しました。…………はい、依頼が完了しました。ライセンスを返還致します」
「ありがとう」
俺は丁寧に渡されたライセンスをポケットにしまい、そのままの向かおうとすると、『要塞』のメンバーに引き止められる。
「神羅くん! 俺達も一緒に行かせてもらえないか?」
「わ、私も実戦の神羅さんが見てみたいです!」
「私も〜」
「俺は早くスマホ直したいん———ひっ! お、俺も見たいなぁ〜?」
どうやら綾人さんだけは早くスマホを直して琴葉と通話をしたかったらしいが、他の3人から———洋介さんの睨みが1番怖い———睨まれて怯えながら意見を変えさせられていた。
「別についていくのはいいが、俺は空飛んでいくが大丈夫か?」
「え? ま、まぁ俺達も一応空飛ぶ車はあるから大丈夫だよ?」
「なら別にいい。それじゃあ行くか」
「え!? 今すぐに!?」
そんな驚いた洋介さんの声を聞きながら協会を出た。
「……どうやったら空飛べるんだろうねぇ〜」
「……さぁ?」
心さんが空飛ぶ車に乗って空を飛んでいる俺を見てそう呟く。
その横では運転している洋介さんを除いて綾人さんや咲良さんも何か達観した様な感じで此方を見ている。
「神羅くんは飛行系の異能を持っているの? そう言えば全く異能使ってる所見てないけど」
「いや、持ってない。これはただの技術だ」
今は落ちる前に高速で空中を蹴って移動しているが、異能を使えば副次効果で普通に飛べる様になる。
「これが技術……次元が違うな」
「それより、着いたぞ」
呆然と呟く綾人さんの声を掻き消す様に洋介さんが声を上げる。
確かに目の前には地図でよく見た中四国地方の地形があった。
「何処でおりる?」
「取り敢えず第13番安全地帯に降りよう!」
そう言うと洋介さんが先導する様に速度を上げたので、俺はそれについて行く。
洋介さんは昔で言う広島辺りに降りた。
今の世界では瀬戸内海の近くには第13、14番安全地帯があるらしく、日本でも有数の巨大な安全地帯らしい。
瀬戸内海沿岸は巨神獣が多発する太平洋には接していないのが主な理由だろう。
そしてその第13番安全地帯の中心が元広島辺りなんだとか。
「で、神羅くんよ。まずどうやって見つけるんだ? まさか手当たり次第とか言わないよな……?」
綾人さんが瀬戸内海を眺めて少し顔を顰める。
まぁ海を手当たり次第で探すとなれば、幾ら瀬戸内海が狭いと言ってもキリがないし、勿論そんなことはしない。
「あちらから来てもらう」
「??」
皆顔に疑問を浮かべていたが、さすが1番覚醒者をやっているだけあって、洋介さんだけはすぐに納得した様な顔に変わる。
「成程……縄張り争いを申し込むんだな?」
「ああ」
「縄張り争い〜〜? ライオンとかがやるあれ? 私はそんなの見たことないけど巨神獣もするの?」
「勿論する。アイツらも立派な生物だからな」
現にまだ人間に強力な覚醒者がいなかった頃、S級巨神獣同士の縄張り争いで沖縄の3分の2が消滅した。
その縄張り争いに勝った巨神獣は、43年経った今でも倒されていないらしく、今はSS〜SSS級まで成長しているらしい。
「で、でもそれは巨神獣同士の事であって人間と巨神獣では出来ないんじゃ……」
咲良さんが自信なさげに結構鋭いが的外れな指摘を飛ばして来る。
これには綾人さんや心さんもうんうんと頷いていたが、洋介さんだけは顔に手を当てて「……後でコイツらには歴史を学ばせないと……」と嘆いていた。
「巨神獣に相手にされないのは人間が弱いからだ。要は———強ければいい」
俺はふわっと浮き上がって海上まで移動すると、大きく振りかぶり———
———ズドオオオオオオオオオ!!
海を割る様に拳を振り抜いた。
———瞬間に轟音が響き渡り、海水が半径2キロ程の範囲から遥か上空に弾き飛ばされぽっかりと海に穴が空く。
そして弾き飛ばされた海水が時間差で雨の様に辺りに降り注いだ。
「うわぁあああああああ!?」
「「キャアアアアアア!!」」
「…………っ! く、来るぞ!!」
洋介さんの警告と同時に、海から巨大な首長竜型の巨神獣が現れる。
その巨神獣の身体は海にいるはずなのに焦茶色で岩の様にゴツゴツしていた。
巨神獣は俺を睨み、開戦を告げる咆哮を上げる。
「グオォオオオオオ!!」
戦闘態勢に入ったからか、至る所から真っ赤に染まった筋が現れ、落ちてくる海水が蒸発して蒸気が上がる。
一方で俺はと言うと。
「五月蝿い」
「「「「えぇぇぇぇ……」」」」
普通に五月蝿かったので顔を顰めながら耳を塞いでいた。
勿論戦闘態勢になどこれっぽっちも入っていない……と言うか入る必要性を感じないと言った方がいいかもしれない。
「ガァアアアアア———ッッ!!」
全身の真っ赤な筋が更に輝き口だけでなく全身から真っ赤なビームが放出される。
それは四方八方に走り、無差別に破壊を起こす。
「チッ、面倒なことしやがって」
俺は様々な所に向かう全てのビームを一瞬で巨神獣に向かって跳ね返す。
そして巨神獣の遥か上空から落下しながら回転を加えた踵落としを繰り出した。
ズゥゥンンンンンン……ザバァァン!!
地に響くような重低音と共に巨神獣と俺は海の中に落ちて行く。
水の抵抗と俺の攻撃の圧力に板挟みになった巨神獣はコンクリートに打ち付けられたかの様に潰れた。
俺は予め借りていた空間圧縮ウェストポーチに巨神獣を収納すると、『要塞』のメンバーが居る砂浜に戻る。
そこには唖然とした『要塞』メンバーの姿が。
「———終わったぞ。帰るか」
俺がそう声を掛けてみるも、暫くの間は誰も動くことがなかった。
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