第21話 大人の対応

所変わって、フィゴーの家。

丸太を切っただけの椅子っぽいものと、机だと言い張る平たい岩。

その上のコップ的な竹には、マルキニスの淹れたお茶が入っている。


若干の躊躇いを見せたオズワルドだが、優雅に腰を掛けた。

「農具、ですか?」

「ええ」

フィゴーの説明に、改めて驚くオズワルド。


「この辺りは、農地としてとても優れています」

フィゴーの隣には、〖カイツェル山脈の〗兎人族のテクノクラートこと、ディアガが所在なく座っている。


「土が強く、水も多い。動植物にも偏りがなく、日当たりもよい」

「ふむ」

「子どもたちが数人で、畑とも言えない程度の農地にカチホを育てるだけで、とりあえず村の中の食糧に困らない、これは相当に異なことです」

「半分は茶ンするで、なおさらじゃ」

ちなみにグリシア族長は仲間を引き連れて狩り遊びに出かけた。


『ワシんおっても分からんじゃもん』とのメッセージを残して。


平和で良いことだ。


「私はカイツェル山脈の開拓を目的として、派遣されています。この村近辺を農地として整備すれば食糧事情が大きく改善されます。食料拠点が作れれば、開拓民も受け入れやすくなります」

フィゴーは語る。


フィゴーの身上は疑いようもなく、流刑だ。

しかし、フィゴーは諦めていない。

死ぬつもりはなく、使命を蔑ろにするつもりもない。


彼は王国の名家に生まれた貴族であったから。


『若い……』

オズワルドはフィゴーの目をまっすぐに見据えた。


『開拓』と一言でいえば簡単だが、そんな温い環境ではない。

おおよそ文明というものに興味がないウサギはともかくとして、オズワルドたちは、自分たちがこのまま未開の魔境で朽ちていくことを良しとしていない。


それは、この地へと逃げ落ちてなお引き継がれている矜持である。


しかし、オズワルドの住むのは、村。

家を建て、内装を整えたが、所詮は村。


強大な魔法を操り、先代より受け継いだ技術を備えていてなお、この魔境に村を一つ維持することしかできていない。


拓けども拓けども、次々と生え変わる木。

それどころか、切るたびに木は硬く、太く生え変わる。


狩れども狩れども、全く数の減らないモンスター。

その上、戦うたびにこちらの手を覚え、強敵になっていく。



何も知らない子どもの夢物語。

フィゴーの言葉にそう思うオズワルド。

少々の食糧があったことろで、開拓民など来ようはずがない。

なぜなら流刑地なのだ。ここは。


魔術を持つ自分たちですら生きることに苦しむ魔境。

平和な世の中で食い扶持をなくすような人物が住める場所ではない。


フィゴーを見る。

才気はあるのだろう。

特に魔術に関してはどれほどの化け物になるか想像すらつかない。

しかし、所詮は個の力。

子どもの夢に引きずられて、多くの人が苦しむことは許されない。


施政者として一族の命運を担ってきたオズワルドは思う。

フィゴーの言葉には力がある。


思わず、うなずきたく力が。


しかし、だからこそ止めなければならない。


畑を広げれば、モンスターの縄張りを荒らす。

怒れるモンスターの相手など……喜んでしそうなウサギしかいないが、……いや、それでも群れで襲われれば、死ぬことも……それはそれで喜びそうな狂人集団だが……いや、狂人を喜ばせてはいけないのだ。

そうだ。


厳しい言葉になるとしても、自分が言わなければ。


オズワルドはお茶を一口飲む。

そして、口を開いた。


「山脈の開拓が成った暁には、我々の汚名を雪ぐことがかなうでしょうか?」

しかし、オズワルドの口から出てきたのは、全く違った言葉だった。

子どもに縋るような自分の言葉。


自分の言葉に驚き戸惑うオズワルド。


「必ず」

対するフィゴーは迷いなく頷いた。



☆☆☆



少し時は進む。

フィゴーが過去の人となり、そのずっと先の話。

後の歴史家はこう語る。


・・・・

脈泉王みゃくせんおう〗フィゴー・ルー・クリムゾンが不出世の才人であったことは間違いない。

それでもやはり、当時魔境と評されたカイツェル山脈の開拓を行い、一国を興したのは、この三人との運命的な出会いがあったことは間違いない。


白舞はくぶ〗こと、グリシア・ティ・ホワイトレッグ。

黒岩こくがん〗こと、オズワルド・ティ・ブラックロック。

蒼空そうくう〗こと、アルセム・ティ・ブルーブレス。

カイツェ王国興国の御三家と言われる三賢人の存在である。


山脈に入ったフィゴーの第一の幸運は、森の暮らしに精通したグリシアとの邂逅があったことである。


グリシアは、道に迷ったフィゴーをその聴力で発見し、自身の住む村――今の穀倉都市ミラルア――へと案内したとされている。


そして、武人として誉れの高かったグリシアはフィゴーの才を見抜き、臣下の礼をとったとされる。

その背景には、血の制約により衰退の道を歩むしかない村の将来を憂いていたためだと言われる。

事実、グリシアは次期族長たる娘・ミラルをフィゴーの妻として差し出し外部の血を取り込もうとしていた。


更にグリシアは、武人としての高名はあれど、施政者としての才覚に乏しい自分では、フィゴーには足りないと判断し、盟友・オズワルドへ使者を送った。

ここで用いられたのがかの有名な『白舞の一遍』である。


【樹自ら道開き、獣自ら導く。王器に満ちる露、これ命脈の源泉。】


グリシアより使者を受けたオズワルドは、すぐに配下を率いてフィゴーの元へ進み、臣下の礼を取ったとされる。


フィゴーのカリスマと、それを受け入れた二将の度量があればこそ、カイツェ王国はその第一歩を踏み出すことが出来たのだ。



・・・…かくして歴史は創られる。

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野蛮人認定を受け、婚約破棄され追放された公爵家三男。追放先の魔境を武力の平和活用で発展させます。 石の上にも残念 @asarinosakamushi

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