第20話 どっちもどっち
時を遡ること少々。
フィゴーたちが製鉄のために火口に臨んでいる頃。
薄暗い部屋に二つの影があった。
広くはないがとても上品な部屋だった。
真ん中には磨かれた一枚板の大きなテーブル。
椅子は優美な猫足がついている。
壁や、ランプの装飾も見事なものである。
一人はきっちりとした黒い服。艶のある黒髪をオールバックに撫でつけたダンディな男性、グリシアと一騎打ちを果たした妖角族の族長、名前をオズワルドという。
土魔法の達人である。
もう一人は年若い女性。背が高く、ぴしりと立つ姿には隙がない。オズワルドと同じ艶やかな黒髪を長く伸ばしている。名前をドロシー。オズワルドの姪にあたる。
「ウサギの採掘場に大穴が?」
「はい」
「あのウサギが採掘に精を出したと?」
「そうとしか」
部屋の中には困惑が満ちている。
困惑も当然である。
〖カイツェル山脈の〗兎人族と言えば、怠惰の代名詞であり、勤勉とか勤労とかいう言葉とは無縁の存在だ。
子どもを労働力にして食料を作らせ、大人は酒と暴力に明け暮れる。
やたら武器の材質研究だけ進んでいるが、それ以外の文化はモンスターと変わらないほど。
そんな兎人族が持っている鉄の採掘場が大きく掘り進められていた。
未だかつてそんなことは一度もなかった。
「何が起こっている?」
オズワルドの心地よいバリトンボイス。
「実際に見てみないことには何とも」
答えにならないドロシーのアルト。
「見に行く……」
光沢があるまで磨き上げられた一枚板のテーブルに肘をつき、オズワルドが頭を抱えた。
「……私が行かないとダメかな?」
ドロシーへ悲しい目を向けるオズワルド。
「伯父上様しか、グリシア殿を止められないかと」
「……行きたくない」
本音がこぼれる。
見掛けただけで襲い掛かって来る狂人に会いに行きたい変態などいないだろう。
「しかし、もし、今回の大型採掘が武器の増産と侵略の準備であったならば…」
「……確かめるしかないのか……嫌だなあ……」
オズワルドの苦悩を察し、腰を折るドロシー。
しかし、そこは族長としての責任がある。
オズワルドは覚悟を決めて顔を上げると宣言した。
「お前たちも来るんだよ?」
「え゛っ!?」
「当り前だろう!! なんだ『え゛っ!?』て『え゛っ!?』って!? 首長だからって私だけあんな狂人の村に行くのは嫌だからな!!」
結局、『え゛っ!?』の大連鎖が次々と巻き込み、20人ほどの大所帯となったのである。
☆☆☆
妖角族は上品な種族である。
元々各国の王侯貴族が婚姻を結ぶほどで、身形や礼儀にもこだわりがある。
それは、山脈への追放を受けた後でも変わらない。
普段からぴしりとしわのない黒い服を身にまとい、髪も整えている。
子どもには文字の読み書きや、計算の教育も施している。
着の身着のまま、乱雑で子どもに労働を押し付け好き勝手やっている粗暴な〖カイツェル山脈の〗兎人族とは、真逆である。
妖角族もウサミミを嫌っているが、ウサミミも妖角族を嫌っている。
ケンカっ早さにおいて他の追随を許さない上にやたらめったら強いグリシアと、自覚はともかく内実は結構ケンカっ早く、個人戦闘力では大陸でも随一の実力を持つオズワルド。
穏健な話し合いなど成立しようはずがなかったが……。
「来村した人に対して、理由も聞かずにいきなり殴りかかるのはダメですよ。族長なんですから」
フィゴーがメッとグリシアを叱ると、グリシアがぷぅっと頬を膨らませる。
仕草は流石に母娘である。
「コイツらが来るンじゃ、戦争しかあらんじゃろん」
ブチブチと文句を垂れるグリシア。
「いや普通、突然戦争なんて仕掛けて来るワケないでしょう。大体、戦争の理由はなんなんですか? 戦争しても何にもならないでしょう?」
「そりゃあ、楽しいからじゃろぉ」
「楽しいのは皆さんでしょう?」
「タマん取り合いじゃ、コイツらだって楽しいじゃろ?」
「普通の人はノリと勢いと暇つぶしで殺し合いなんてしないんです」
「普通のヤツは、こンとこに住まんじゃろん!」
「理由があって住まざるを得ないだけです。普通の人はこんな所に望んで住みません」
「なんでじゃ!? ええとこじゃ! ガッチイのがアホほどおるんじゃ!」
「だからですよ!!」
信じられんとばかりに、耳と爪を振り回すグリシア。
その向かいでは誇り高き妖角族の首長であるオズワルドが地面にちょーんと正座させられている。
本来であれば大人しくなどできるはずがない。
しかし、オズワルドは背中から湧き水のように吹き出す冷や汗を押さえられず、ただちょーんと座っている。
『なんだこの男は!?』
それは声にならない悲鳴だった。
柔らかな表情。
穏やかな立ち居振る舞い。
威圧感はない。
しかし、全く隙がない。
背を向けているはずなのに、一挙手一投足を間違いなく読まれているという予感。
更に、自分の放ったロックフォールをあっさり砕いたあの一撃。
オズワルドは自分の土魔法に絶対の自信がある。
そのロックフォールは質量、硬度ともに通常のそれより倍以上の威力がある。
それを叩き割れるグリシアの膝蹴りが如何に異常なのかをオズワルドはよく知っている。
それを可能にするのは、圧倒的な速力と、尋常ならざるバネの強さ。
しかし、この男のそれは全く違う。
あの一瞬で、ロックフォールの魔核――魔法の中心点――を見抜き、そこを一撃で砕いた。
ただの武術ではない。
自分が束になっても敵わない圧倒的な魔法の才能があるからこその所業。
「それで、どう言ったご要件でこちらへ? 妖角族の皆さんと兎人族の皆さんとは、互いに不可侵という不文律があるそうですが?」
くるりと振り向いたフィゴーが、オズワルドに柔らかく尋ねる。
「はい!」
びくっと姿勢を正すオズワルド。
そんなオズワルドに驚く黒服軍団。
「先日より、鉄の採掘場が、大きく採掘されてまして……」
ここに至る過程を説明するオズワルド。
「ほら!普段の行いが悪いから!」
オズワルドの説明を聞いたフィゴーが、グリシアを睨む。
睨まれたグリシアは『知らんじゃもーん』とそっぽを向いている。
一斉にそれに倣うウサミミ。
連携は完璧である。
「不安にさせてしまい、申し訳ありません」
フィゴーが頭を下げる。
「侵略などではないです。農具の刷新を図ったんです」
「「「「農具!?」」」」
まさかのワードに声が揃う黒服軍団であった。
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