第19話 武神から見ればただのケンカ

暴風が吹き荒れ、稲妻が光り、火柱が上がる。

爪がきらめき、轟音が響く。


「くたばれえええぇぇ!!」

「舐めるなぁ!!」

そして、暴言。


フィゴーたちが駆け足で辿り着いた村の前は、大騒ぎだった。

ウサミミと黒い服が大乱闘を繰り広げている。


「何が…?」

いつも泰然としているフィゴーも流石に困惑を隠せない。

「「「……」」」

良識派のオトモーズは地獄の再現か、と言わんばかりの光景に言葉を失っている。


「角ツキじゃあ!!」

そんな中、興奮しているのはミラル。

「角ツキのカチコミじゃあ!!! 」

腕やら耳やら振り回して大興奮だ。


「ってああ!? おい!!縄をほどくんじゃあ!!」

自分も吶喊したくて、ギャーギャー文句を垂れている。


「角ツキ?」

そんなミラルのテンションを無視してフィゴーが尋ねる。

「あン黒い服ンいけ好かん奴らじゃ! 旦那様ぁ早ぅするんじゃあ!!」

風の壁により一か所に誘導されたウサミミの塊に向かって巨大な火の玉が投じられる。

しかしウサミミたちは逃げ惑うことなく、なんとその火の玉に向かって突っ込み、そのまま突っ切ってしまった。

服のアチコチが焦げているが、大きなケガはなさそうである。

それどころか益々戦意逞しく、目が真っ赤にギラギラしている。


「あのー…」

フリーズから回復したルロが恐る恐る発言する。

「もしかしてですが、あの黒い服って、〖ツェラルドの悪魔〗では…?」

「あー…なるほど?」

全員あわただしく動いているが、確かに頭には角、背中には羽が見える。


〖ツェラルドの悪魔〗。

かつてゴロニア大陸北部に小さな自治領を持っていた異形の種族。

その頃は、妖角族ようかくぞくと呼ばれていた。

その特徴は、種族全員が五元魔法を使えたこと。


火、水、風、土、雷。

自然の脅威を魔力で再現する五元魔法は戦乱の世の中、長く戦場を支配していた。その一流の使い手である妖角族は少数ながら恐れられる存在であった。

そのため多くの国が不可侵の証として高貴な子息、令嬢を差し出していた。


しかし、時は流れ、ゴーレムが台頭すると妖角族への畏怖は下がり、それどころか、五元魔法は蛮勇の証とすら呼ばれるようにまでなった。


かつて、友好の証として結ばれたはずの婚姻はいつの間にやら、魔法の武威により無理やり簒奪したと言われ、やがて迫害の対象となった。


妖角族とすら呼ばれなくなり、淫魔族、悪魔と呼ばれ人外の魔境、北西部にあるカイツェル山脈へとその居住地を移さざるを得なくなったのだった。



「とりあえず、この騒ぎを止めないと、話も聞けないね」

肩を竦めるフィゴー。


「アチも!! アチも行くんじゃあ!!」

「アンタは黙ってな」

「ぐえっ」

興奮冷めやらぬミラルがマルキニスに締められている。


「ど、どうやって、止めるんですかい?」

目にも止まらぬ速さで動き回る凶爪と、天災のような五元魔法が飛び交っている。



「どうって…普通に?」

言うなりとてとてと戦場に近づくフィゴー。

「フィゴー様!?」

ルロが慌てて止めようとする。


「すいませーーん」

しかし、フィゴーは気にせず声を掛ける。

「フィゴー様! 危ない!! 危険です!!」

「すいませーーーん。ちょっと止まってくださーい」

街で道を聞くぐらいの軽さのフィゴー。


そんなフィゴーに火の玉が飛んでくるが、ひょいっと首だけひねってその火の玉を避ける。フィゴーを追いかけようとしたルロの足元で爆発が起こる。

『ひえっ』と悲鳴を上げて尻もちをつくルロ。


「グリシアさーん。 おーーい」

フィゴーはまるで野道を散歩するような気軽さで、ひょいひょいと戦場に乗り込んでいく。

「おーーい。一回止まりましょう。ストップです」

「フィゴー様あっ!!」

そんなフィゴーに巨大な岩が降り注ぐ。ルロの悲鳴が響く。


――バガン!!――

そんな心配をよそに、自分よりも巨大な岩をタンっと左手で殴ると、岩が真っ二つに割れる。

「え?」

戦場に素っ頓狂な声が上がる。


「グリシアさん。お話しましょう」

言って、無造作に右手を伸ばす。

「ごえっ!?」

フィゴーに空中で左足首を掴まれたグリシアが、頭から地面に墜落する。


「一旦、落ち着きましょう」

戦場にできた妙な空白の中、フィゴーが左足を上げ――

――ドーーン!!――

――強く踏み抜くと、フィゴーを中心に同心円状に衝撃が走り、ウサミミも黒服も区別なく吹き飛ばした。


「はい。ケンカは後です。お話しましょう」

舞い上がる土煙と、ひっくり返ったウサミミと黒服。

朗らかなフィゴーの声。


騒乱は終わった。



☆☆☆



「これはどういうことですか?」

フィゴーを中心に、村側と森側にズラリと正座させられたウサミミと黒服。


各々の首長は、列の真ん中でぶすっとむくれている。


「こんゴッチバリぃがケンカ売ったんじゃあ!」

先ず口を開いたのはグリシアだった。

周りのウサミミからそうだそうだと追従の声が上がる。


「喧嘩など売っておらん!」

「角ォ並べて立っとったじゃろがあ!!」

いきり立つグリシア。


「はい。そこまでです」

ピッと手を広げてグリシアを止める。

「「「「!?」」」」

それだけでグリシアが止まったことに驚く黒服集団。


「何の用事で来られて、どういう話がきっかけでケンカになったんですか?」

「……用事? ……話?」

フィゴーに問われ首を傾げるグリシア。

同じく周りのウサミミも傾いている。


そのまま、腕を組んで首をひねることしばらく。

思い出したようにポンと手を打つ。


「知らんのじゃ」


これでも族長が務まるのが魔境カイツェル山脈であった。



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