第14話 フィゴーの提案

村の周り。

雑草が広がっている。

これでも畑である。

その証拠にその中に、ひょんひょんと背の高い草が生えている。葉の先に、ミニコーンのような小さな穂が付いている。

この背の高い草をカチホという。

〖カイツェル山脈の〗兎人族たちの主食である。

草からウサミミをピコピコ出して、子どもたちがカチホを刈っている。


「1つ気になるんですけど?」

その光景を見ながらフィゴーが呟く。

「なんじゃ?」

隣でお茶をすするグリシア。

この原料もカチホだ。


「みんなが使ってる爪って、すごい技術力で出来てますよね?」

「当たり前じゃ。ワシらん生き様じゃあ託しとんじゃけのお!」

手に嵌めた爪を持ち上げ、カラカラと笑うグリシア。

その目は誇らしげだ。


「……農具は、見事にボロボロですよね」

子どもたちが振るう鎌は、刃が錆び、欠け、グラグラしていて、持ち手も不揃いだ。

とても使いにくそうだ。


「そりゃそうじゃ。鍬ぁや鎌じゃ動かんもん切るだけじゃけえの」

何を当たり前のことを、とグリシア。


「農具にもその技術を転用したら、もっと作業所が楽になると思いませんか?」

「??」

ウサミミが地面に着きそうな程、首を捻るグリシア。


「なんでわざァ爪んことを鎌なんぞに使うんじゃ?」

「だから、そうすれば農作業が楽になるからですよ」

「草ァしか切らんじゃけ」

「いや、草が切りやすくなったら仕事が早くなりますよね?」

「爪はガッチイヤツん狩るためんもんじゃけの!鎌っちゃ別んもんじゃ!」

「だからですね?……」


会話が成立しない。

とにかく、この村の技術は歪つだ。


モンスターを突き刺す鋭さを持つ武器があるのに、鍬や鎌はまともに切れない。


ゴーレムの装甲をベコベコにする硬さを持つ膝当てが作れるのに、腐りかけた木槌を使っている。


ミラルが着けていたヘルムや鎖帷子は、公爵領でも一部の人間しか身につけられない程、よく出来た代物だった。

しかし、服や靴は粗末で粗悪だ。


強敵の頭蓋骨を取り出し、キレイに洗い、保管する技術は高いのに、食品の保存方法は雑だ。


「戦う為の物と、それ以外で扱いが違いすぎます」

「??」

グリシアのウサミミがみょんみょんと揺れている。

眉間には深い皺が刻まれる。

目線は初めて聞いた言葉を理解しているように、あっちこっちへと動いている。


腕を組み、首を捻ったグリシアが大きく頷く。

「ディアガ! ディアガはどこじゃ!?」

周りに大声で怒鳴る。

すると傍に控えていたウサミミがぴょこぴょこっと現れる。

「すぐ連れてきやさぁ!」

そのうちの1人が脱兎のごとく走り出した。


ディアガは、この村における文官のような立場の男性である。理由はこの村で唯一、文字が読み書きできるから。


『殺し合いで解決しないことはディアガに』というのがこの村のルールである。



☆☆☆



フィゴーの家の台所。

「アチの方が、役に立つじゃき!」

ぷぅぷぅ文句を垂れているのは、ミラルである。

「いいから、さっさとお茶を汲みな」

「これ、めんどくさいンじゃ」

茶葉にお湯を注いで作るお茶は、この村では見ない。

お茶という名の酒しかない。

マルキニスとベッズが頑張って、茶葉に使えるハーブを探したのだ。


「フィゴー様はお酒は飲まないからね。ディアガさんもだろ?」

「あがいなヘッチリに気ぃ使う必要ないんじゃ」

「農作業の効率を上げるって話が、アンタに出来んのかい?」

「なんでそんなことせにゃならんのじゃ?」

「だからだよ」

「何がじゃ!? アチの方がガッチじゃ!」

「ほら、さっさと持って行きな。ディアガさんにも丁寧に渡すんだよ」

マルキニスに釘を刺されて、またぷぅぷぅ膨れるミラルだった。


ちなみに、全ての会話は、フィゴーの所に聞こえている。

狭い家だから。


「……ワシが座っててもええんじゃろか?」

「座らないと話ができませんから」

「はい…」

耳が短い中年の兎人族、ディアガは強くない。

ということは、扱いが悪い。

強くはないが頭はいいので、自然、雑用係となっている。


「農地の整理と、効率の改善が必要です」

「……はい」

本人も扱いの悪さに慣れているので、グリシアと対等以上に話すフィゴーと対等に話すことは居心地が悪い。


「井戸の拡充も必要でしょう」

フィゴーはここ最近で気になったことを話す。

「農具に武器鍛造の技術を活かせれば、周辺の開拓、開墾も進みます。食料の保存方法なども、そのノウハウは十分にあると思うのです。ただそういう使い方をするつもりが全く無いというだけで」

フィゴーはそう言って苦笑いする。


「旦那様ぁ!お茶です」

そのタイミングでミラルがお茶を持ってくる。

机がないので、床に直置きだ。


「……茶ぁじゃ」

「は、はい! ありがとうございます」

ディアガの前にフェイっと雑に置く。

「ふん! ありがふぇごっ!?」

――ゴチン――

「丁寧にって言っただろ!」

音もなく現れたマルキニスがゲンコツと同時に怒る。

「大変、失礼致しました」

「す、すまんじゃきぃ」

――ゴチン――

「ほら、戻るよ」

そのまま首を掴まれズルズルと引きずられ退散する。


「「―――」」

その様を沈黙で見守る2人。

気弱そうなディアガを見て、フィゴーは違和感を覚える。

「……」


「何か、構想があるのではないですか?」

フィゴーはニコリと笑いかけた。


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