第10話 タマぁ握らせえ

「もういんじゃないかな?」

息も切れていない、汗すらかいていない、始まった時とまるで変わらないフィゴー。


「まだまだぁ!!」

叫びはするが、その顔は泣きべそでぐしゃぐしゃになっているミラル。


自慢のダガーネイルは一本も残っていない。

ハンマーのような膝あてももうない。

鎖帷子もヘルムも、顔も足も手も土だらけである。


「負けな、ひくっ! まだ負け、ぐしっ、ないのぉ!! うわあーん」

泣きながら、飛び込むミラル。



☆☆☆



「それでは―――はじめ!!」

初撃、ミラルが開始と同時に放った電光石火の一撃は、あっさりといなされた。

「まるで霞じゃな。ワシの飛び込みも、すり抜けおった」

開始の号令以外は仕事がないグリシアはかちんこちんに緊張したドレイクに酌をさせながら、フィゴーの動きを評した。


「お? ミラルも新しい技ぁ覚えちょるの!」

不思議だった。

ミラルが2人に見える。

〖カイツェル山脈の〗兎人族に伝わる必殺の歩法。名を残滓という。


左右同時にフィゴーに襲い掛かるミラル。

「じゃがまあ、二匹になっても変わらんじゃろなぁ」

グリシアの言う通り、フィゴーは本体を見抜きするりといなす。


「くそぉ」

早くも隠し玉を見切られ、慌てて距離を取るミラル。


「えーっと? こう?」

「は?」

フィゴーがぎこちなく体を動かしたと思えば、その姿が突如として消えた。

鉄肘てっちゅうじゃ!」


グリシアが叫ぶと同時に、パキーンという甲高い音が鳴り響く。


「ありゃ、ワシより早ぇぞ」

キラキラと陽光を弾き、宙を舞う5本の爪。

兎人族の脚力で考えて取った距離をそれ以上の速さで詰め、肘撃ちを決めたのだ。


「しかも、当身じゃなし、爪ぇ折りよった。はえー」

感心するグリシア。

「ガンザクに真横からはつられても、あの爪ぇ折るんはむりじゃけえのう。あン鉄肘が喰ろたら、頭ぁパンテの種じゃろなぁ」

ガンザクは山脈に住むゴリラのようなモンスターだ。先の開拓ではその腕力でゴーレムを投げ飛ばし、ゴレミストを震え上がらせた。


パンテはでっかいホウセンカみたいな花だ。うっかり種袋に触ると、バーンと音がするほどの勢いで種が飛び散る。

その時、抉りとってこびりついた肉を肥料に大きく育つたくましい植物である。


爪がなくなり、茫然とするミラル。

が、我に返ると、残心を決めるフィゴーに反対の手を突き出す。


が、貫いたはずの爪は幻を刺したようにすり抜ける。

「ふぇ?」

ぶんぶんと振り回すが、すり抜けるだけだ。


「――空蝉うつせみか!?」

「うつせみ?」

勢いをつけるために茶をあおったおかげで、恐怖心が薄れたドレイクが尋ねる。

飲まずにやってられるか。


「おう! ワシも親父が使つこぉとんを見たことがあるだけじゃ。ワシぁ残滓はレキチョじゃけえ、よう使わんが、ありゃ残滓の奥義・空蝉じゃ。残像を作るんが残滓。残像だけを残して本体は消えるんが空蝉じゃ。ミラルの不出来な技を見ただけでその深奥に辿り着きおった!?」


「どこじゃ!?」

幻は相手にしても意味がないと、きょろきょろとあたりを見渡すミラル。

「アホぉ! それから目ぇ逸らしたらしまいじゃ!!」


思わず叫んだグリシアの声が引き金になったように、幻のはずのフィゴーの手がにゅっと動き、爪の残った右手を掴む。

「空蝉はそのまんま抜け殻。抜けた殻にはまた戻れるんが道理じゃ」


「ほわっ!?」

ミラルが驚くが早いか、フィゴーの手が動くが早いか。

「あ! アチの爪!」

するりとダガーネイルを外される。


「なんじゃ!?今のは!?」

「貴族の嗜みでございます」

達観したマルキニスはいっそ堂々としている。

「たしなみ?」

「はい。レディの手袋を滑らかに外すのはジェントルマンの嗜みでございます」

大貴族の三男。マナーも完璧である。

「なんじゃ、ようわからん話じゃの!」

しかし、嬉しそうである。


ぽいっと放り捨てたダガーネイルは、ビュンと風を切り、近くの岩に根元まで刺さる。

「こン!」

ミラルは握られた手を軸に体をひねると、渾身の膝蹴りを見舞う。

しかし、フィゴーは空いた手の――そう言えば持ってたねという――短い棒をその膝に添える。

「ふぇごぉう!?」

それだけで奇怪な悲鳴を残し、あっちの方へ吹き飛ぶミラル。


空中でなんとか姿勢を整え、足から着地する。

「もうまじないの域じゃのぉ」

はぁーと感心しきりのグリシア。


「ん? あれ?アチの膝は!?」

膝蹴りを放った膝についていたはずの膝あてはいつの間にやらフィゴーの手にある。


「レディの靴下を滑らかに脱がすのもジェントルマンの嗜みでございますからね」

マルキニスが目を細める。


「こらぁもうどう足掻いても無理じゃろ。こっちからは触れられん。あっちから触れられたらしまいじゃ」

ご機嫌に笑い飛ばすグリシア。


「うぐぅ」

武器を失った両手と右膝を見て唇を噛むミラル。

しかし、闘争心は衰えない。

「うりゃあ!!!」

気合を入れると再び飛び出す。



☆☆☆



「ガキん頃、アクガエルに紐くくってあっちこっち跳ばしてオモチャにしたん思い出すのぉ」

「アクガエルでやる遊びですか?それ」

アクガエルは大型犬ぐらいの大きさがあり、表面が毒でヌラヌラしているカエル型モンスターである。


泣きながら飛び掛かっては反対側に弾き飛ばされるミラル。

それでも必死に手を変え品を変え、フェイントを入れて飛び掛かっているがほとんど意味はない。


「残滓が三匹になったがのぉ。フィゴーはもう見てすらおらんけえのぉ」

驚異的な成長を見せるミラルだが、それ以上のフィゴーはもう、早く決闘を止めてくれとばかりにミラルではなく、グリシアを見ながらサインを送り続けている。


「フィゴー、もうガツーンと殴って落としちゃれ!したら仕舞じゃ!」

グリシアからのアドバイスにええーっと顔をしかめるフィゴー。

しかし、もうキリがない。


覚悟を決めたフィゴーは、いよいよ受け身すら怪しくなったミラルに近づくと、その首に『そっ』と手を添えた。

「な…」

それだけで『なんの真似だ』と言おうとしたミラルがすとんと気を失う。


「はあ……どうもこういうのはなぁ」

想像以上の終わり方に言葉を失った沈黙を、フィゴーのやるせなさに満ちた声が破った。



☆☆☆

【武神】

あらゆる武術の理を即座に理解し体現することができる。


【神速】

誰よりも速く動ける。

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