第9話 ミラル

「アチは認めんぜ!!」

家の外から叫んだのは少女だった。

襲撃犯の一人で、最後までずーーーーーーっと睨み続けていた一人だった。

耳がまだもこもこしており、幼さが残る歳だと分かる。


「お嬢! 控えて!」

周りの大人が慌てて少女を抑える。

しかし、少女はその手を払い除けて再び叫ぶ。

「そないなニンゲンのノト、アチは認めんへぶぅ!?」

――ドガンっ――

しかし、その途中で吹き飛ばされ、壁に激突する。


「何をほざいとんじゃ、ミラル?」

音速のダッシュからの肘撃ちで少女を弾き飛ばしたグリシアが見事な残心のまま首をひねる。


「アチは認めんぜ!」

瓦礫からぴょんと跳ね起きて三度叫ぶ。

元気である。


「何がじゃ?」

「そがいなノトぉ、こン村に住ますんはアチは認めんぜ!」

グリシアが自分の耳を一撫で二撫でする。


「なんでお前が認めにゃならんのじゃ? ワシが認めたんじゃ。お前がどう思うが関係ないじゃろ」

手についた毛をふっと吹き飛ばすグリシア。


「ないことなかろうや!」

言うなりごうっと風切り音を上げて、ミラルが飛び出す。

――が。

「へぶぅ!?」

それより早く動くグリシアに今度は見事なラリアットで直角に吹き飛ばされ、違う家の壁に激突する。


「……あのご令嬢は?」

事の成り行きを見守っていたフィゴーが遠慮がちに尋ねる。

「おお、すまんの! こっ恥ずかしかひりっ屁みせてもうたな! あれぇワシん娘のミラル言うんじゃ」

「ご息女ですか」

「ワシん娘っちゅうだけで誰ん彼ん甘やかしおるで、あがいなダレコなっちょる。後で足と腕折っとくで、放けといてくれ」

「誰がダレコじゃ!」

瓦礫をかき分けてぴょーいと飛び出すミラル。

元気である。


「お前しかおらんじゃろ。そもそもお前、森ん中でフィゴーに耳千切られとぉじゃろが?」

「あれはウソじゃ!」

腕を振り回して抗議するミラル。

「何がじゃ?」

「あれはユノが一番槍持ったけあがいなったんじゃ! アチがしとったらあがいなひりっ屁見せとらん!!」

気炎を吐くミラル。


そして、1つ大きく息を吸うと、大音声で叫んだ。


「――アチにタマァ握らせぇ!!」


ミラルの啖呵に辺りがざわめく。


「お前、本気で言うとんか?」

がらりと雰囲気の変わったグリシアが、槍のような視線でミラルを突き刺す。


「当り前じゃ! アチぁお母んの娘じゃ!!」

その視線に怯まず再び啖呵を切るミラル。

今度はおおーっと歓声が上がる。


「そこまで言うんじゃったら見届けたる!」

グリシアの宣言で、村の熱気は最高潮に達した。


「……どういうこと?」

後ろを振り向いフィゴーがルロに聞いてみるが、ルロも青い顔でプルプルと首を横に振るだけだった。



☆☆☆



『タマを握る』は平たく言えば『決闘する』である。

譲れないことを掛けて行う決闘である。

ただし、その内容は極めて不穏である。

なんせタマとはたまである。

決闘と言えば聞こえはいいが、要は殺し合いだ。

降参すらない。

決着は、『相手が死んだとき』、か『勝者が勝ちを認めたとき』である。


劣勢になった方は、心が折れようが、気を失おうが、命乞いをしようが、相手が勝ちを認めなければ、ずーーーっと甚振られることになる。

そして、死なずに生き残ったとしても敗者は死者と同義であり、勝者に生涯完全服従することになる。


そして、当然あらゆる武器の使用が認められている。


「そういうことじゃ」

ご機嫌にお茶を飲むグリシア。

「何を勝手に決めてるんですか!!??」

〖カイツェル山脈の〗兎人族への恐怖よりフィゴーへの忠義が勝ったルロがグリシアに詰め寄る。


「腕ぇ折っても、足ぃ折っても、ほいちゃダレコじゃったミラルが、あがいな啖呵切るようになるとはなぁ」

しかし、ルロの非難などどこ吹く風で、しみじみと感慨深そうに茶をすすっている。

はぁーと漏れるため息が恐ろしく酒臭い。



「クサレノトぉ、出てこぉい!」

すでに決闘場と化した村の広場から威勢の良い声が聞こえる。


「……僕が行かなきゃダメなの?」

「フィゴー様以外無理ですぜ」

「一蓮托生でございます」

悲壮な覚悟を決めた老人ズは却って穏やかな表情でフィゴーを送り出した。


「決闘とか、本でしか読んだことないよ」

ぶつぶつと苦笑いを浮かべながらミラルの前に立つフィゴー。


いつものダガーネイルに、ハンマーのような膝あて、さらに体は鎖帷子と耳がぴょこんと飛び出すヘルムを被り、完全武装のミラル。


対するフィゴーは動きやすいいつもの服に、気持ち程度の胸当てを着け、手に一本、短い木の棒を持っているだけだ。


今にも飛び出しそうに身をかがめ力を蓄えるミラルと、ポツンと自然体で立つフィゴー。


「それでは―――はじめ!!」

なぜこうなったのか?

なんの意味があるのか?

誰にも分らない決闘が始まった。



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