第8話 〖カイツェル山脈の〗兎人族
森の中、ぽっかりと拓けた広場に立ち並ぶ粗末な家。
石を組み合わせて作った壁に、木の葉の屋根が被せてある。
〖カイツェル山脈の〗兎人族の集落である。
その真ん中に位置する一回り大きな家。
そこにフィゴー一行は案内された。
「ここン生きたニンゲンが
目の前に胡坐をかいて座る兎人族の女性。
その手にはユノのつける爪よりも更に長いダガーネイルが嵌っている。
眼光は鋭い。
鋭いを通り越して石に穴が開けられそうである。
むしろ、ここまで連れてきたユノはお腹に穴が開いたように、油汗まみれで、胃のあたりを押さえている。
「たった5人のニンゲンに奇襲を掛けて返り討ち。それが無傷でバンザイ。そんままヘラヘラ、ワシん前におるんは、大した度胸じゃ、ユノ」
粗末な服の上からでも分かる鍛えられた体つき。
長い耳にはキザキザした動物の牙を使ったピアス。
口元から覗く歯は研いであるのか、鋭く尖っている。
女性はフィゴーたちのことなど目に入っていないかの如く振る舞う。
「ベルガ、そこのゴミぃ片付けとけ」
色を失ったユノにはもう用はないとばかりに吐き捨てると、がっしりした体格の兎人族の男がユノを連れ出す。
悲鳴を上げるユノを問答無用で引きずり出すベルガ。
「ユノさんには無理を言って連れてきて頂きましたので」
そのとんでもない空気に平然と割って入るのはフィゴー。
ユノを掴むベルガの腕を掴む。
腕を掴まれたベルガから殺気が噴き出す。
「おい、ガキィ?」
それ以上の圧力を持って発せられる女性からの警告。
「お前の首は、もうワシん手ン中にあるのぉ、お前分かっとんけ?おお?」
それを受けてにっこりと微笑むフィゴー。
「初めてこちらを見て頂けました……
その刹那、ベルガの足がかすんだ。
いや、かすんだほどの勢いで蹴りが繰り出された――。
――が。
「初めまして。ハレルシア王国にて公爵の位を頂戴しております、ブルーレンス家が三男、フィゴー・ティ・ブルーレンスと申します」
ベルガの豪脚を音もたてずに受け止め、まるで何事もないかのように挨拶をするフィゴー。
その優雅な所作に却って圧倒されたのは兎人族の女性。
「……てんめぇ!?」
女性は怯んだ己を恥じるように、爆発的な音を立てて、フィゴーへと飛び掛かった。
☆☆☆
「ハッハッハッハー」
呵呵大笑の兎人族の女性。
「いやあ、お前、大したもんじゃのお!」
ひどくご機嫌だが、家の中はもうしっちゃかめっちゃかである。
誤爆を受けたユノとベルガが石の壁からポンポンのような丸いしっぽを生やして気絶している。
「まさかケガすらさせて貰われんほどっちゅうんは初めてじゃ! おい! フィゴー言うたのぉ! ワシは気に入ったぞ!」
「ありがとうございます」
バンバンと肩を叩こうとする凶器が付いた手を捌きながらニコニコと返すフィゴー。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
「お! そうじゃのお! ワシはここをまとめとるグリシア言うんじゃ」
「グリシア殿」
「やめえやめえ! 呼び捨てでええんじゃ! 畏まるのはなしじゃ!ワシより強いんじゃけえの!」
ハッハッハッハーと大喜びである。
「おい! 誰ぞ! お客人に茶ァ出せえよ!」
家に空いた大穴を全く気にすることもなく、なんならその大穴から人を呼ぶグリシア。
いつの間にやら家を取り囲んでいたたくさんの耳が困惑したように揺れていた。
☆☆☆
「宿じゃなんやケチくせえこと言わんと、なんじゃれ好きんしてええんぞ」
女性は上機嫌に液体の入った竹筒を一息で煽る。
『茶じゃ!』と出された竹筒からは強烈な酒精の香りがする。
フィゴーはニコニコと受け取って、そのままの顔でするりと後ろに座るドレイクに竹筒をパスしている。
全力で『俺はただの岩』と自分に言い聞かせていたドレイクがギョッとしたのは言うまでもない。
家の外から血のように赤い目が『まさか飲めんとは言わんよな?』とばかりに突き刺さっていたから。
「ありがとうございます。ところで少々気になっていたのですが……」
「なんじゃい?」
「あの奥に飾ってある骨なんですが……」
「ああん?」
フィゴーが指さしたのは、家の奥に並べられたドクロ。
トカゲっぽいのとか、馬っぽいのとか、よくわかんないのとかが並ぶ中にある、明らかに人の物。
その人のドクロは眼窩に2本、棒が突き刺さっている。
「あの、頭蓋骨はもしや……」
「おお! これか! これは、あれじゃ! 何年ほど前かのお! ニンゲンがガシャガシャオモチャ引き連れてカマしてくれおった時にのお!」
「やはり…あの2本のタクトはバルクフェルト将軍」
「なんじゃ? 知り合いか?」
「2つ名をして〖ダブルタクト〗。我が国で最も勇敢にして勇猛な将軍でした」
「ほぉ。なるほどのお! ガキの連れションベンみたいなノト共ん逃げとんを、コイツが
「バルトフェルト将軍が…」
フィゴーは物言わぬしゃれこうべに、幼い頃に見たバルトフェルトの不器用な笑顔を思い出した。
ハレルシア王国最強のゴレミスト、バルトフェルト将軍。
ゴーレムを操る為の魔道具をタクトという。
通常1本のそれを2本操ることにより、一度に30近いゴーレムを操った一人戦術兵器。
自身も陣頭指揮用のゴーレムに乗り込み戦ったバルトフェルトは、国内は元より、大陸中に名を馳せた傑物だった。
「ワシん
そう言って笑うグリシア。
グリシアがドクロを見る目は心底楽しそうだった。
グリシアの笑い声を聞きながら、フィゴーは静かに目を閉じ、英霊に瞑目を捧げた。
「村ん中ぁケツの拭きようも知らんボンダンばっかやが、好きぃしたらええけえの! 空いとる家んあるで、好きぃ使え」
やたら上機嫌で、酔いが回った赤い顔のグリシアが叫ぶ。
「ありがとうござ
「アチは認めんぜ!!」
フィゴーの返事をかき消すように新しい声が響いた。
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