第7話 狩る者と狩られない者
下生えの草に巧妙に隠れた影がある。
「ふふっ」
思わずこぼれた笑みを慌てて消した。
獲物を前に油断を見せるなど愚者の行いだ。
鈍重そうな大男が1人。
気配の薄い細長い若い男が1人。
油断のならない気配の婆さんが1人。
隙のない爺さんが1人。
姿を見ずともその姿を察することができる。
どこからか美味そうな匂いがする。
「ふふっ」
やはり笑いが漏れる。
「俺たちゃ、バケモンの巣に飛び込んじまったってのか!?」
狼狽する
「ふふっ」
どうしても笑いが漏れる。
ニンゲンを見るのは久しぶりだった。
数年前、人形を連れたニンゲンが現れた時、影の主はまだ子どもで、戦闘には参加できず、遠くから眺めているだけだった。
しかし、あの時の
見た事もない人形はそこそこに骨があり、いい感じに硬く、素晴らしく活きが良かった。
大人達の自慢話を随分と羨ましがったのを覚えている。
しかし、今回はその人形がいない。
多少、使えそうなのはいるが、随分と脆そうだ。
「落ち着きな。狼狽えんじゃないよ、デカブツ。まだ見つかっちゃいないんだ。慎重に行動すりゃ問題ない」
あの婆さん、制空圏はなかなかなモノのようだが、それ以外は話にならない。
いや、そもそもたかがニンゲンに彼等の存在が感じられるワケがないのだ。
平静を装う
心臓が早鐘のようにバクバク大きな音を立てているから。
彼等の大きな耳はどんな音も聞き漏らさない。
下生えに体を隠し、耳だけピョコンと出しておけばあらゆる情報が手に入るのだ。
左からシグナルが届く。
『大男から狩る』
ピョコンと出した耳を動かすことで発生する微かな空気の流れを聞き分けることで会話を成立させるのだ。
立て続けに上がるシグナルにより、音も立てず影が動く。
群生した下生えの中を動くにも関わらず、草すら揺れない。
草に紛れてピョコピョコと覗く耳が、すすすーと獲物を取り囲むように場所を変える。
『行くぞ』
シグナルと同時に、飛び出したのはウサギ。
正確にはウサギの耳を生やしたヒト、兎人族。
5人の兎人族は一陣の風となり飛び掛かった。
☆☆☆
「いや~。流石でございますね、お強いですねぇ」
地べたにはいつくばり、へへへっと愛想笑いを浮かべる兎人族の一人。
今回の襲撃犯のリーダー、ユノだった。
ふわふわの髪は淡く白い。
それに合わせたように柔らかなそうな耳が頭の上にピンと立っている。
少し上を向いた高い鼻。
お尻にはやはりふわふわのポンポンのような白い尻尾が付いている。
「〖カイツェル山脈の〗兎人族だね!」
うわー!っと歓声を上げるフィゴー。
未踏の魔境、カイツェル山脈にて独自の文化を築いているという〖カイツェル山脈の〗兎人族は、絵本でしか見たことのない幻の種族だったのだ。
血のように赤く濁った目。
長袖シャツとハーフパンツの迷彩柄の服に付いた黒い汚れ――暗い色の服にすら付着しているのが分かるほどの汚れ――は変色した血だろう。
地面に付いた膝にはハンマーのようなイカつい膝当てをしており、その大きさは、ゴーレムのベコベコの凹み跡と同じ大きさだ。
さらに、ヘヘッと笑いながら手揉みをしているその指先には、クマデナシのそれよりも長く鋭いダガーネイルが圧倒的な存在感を放っている。
恐るべくは、揉み手をしているにも関わらず、刃がかち合うことなく、余りにも自然に無音で動いていること。
それは刃渡り30cmはあるであろう計10本の爪を完全にコントロール出来ているという証左である。
「「「「兎人族……」」」」
うわぁ…と悲鳴を飲み込むオトモーズ。
『風が吹き抜ければ死んでいる』と言われる蛮族。それが〖カイツェル山脈の〗兎人族である。
大陸のアチコチに小集落を築いている大多数の兎人族は極めて大人しく平和的な種族だ。
中でも、大陸南西にあるコアルの樹林に住み兎人族の総まとめ役とされている兎人族は、緑の良心と呼ばれるほど穏やかな性質をしている。
そう言った穏やかな性質の中にいると気が狂ってしまうハミダシモノが集まり、住処を求めてカイツェル山脈に流れ着き、その獰猛で凶暴でクレイジーな性質を遺憾無く発揮してしまった狂集団。
それが〖カイツェル山脈の〗兎人族である。
カイツェル山脈の兎人族には必ず〖カイツェル山脈の〗という但し書きを付けてくれるようというのは緑の良心からの断固たる主張である。
幻の種族、と呼ばれているのは当然、見た者全てが狩られるから、ではなく、その姿を見る前に狩られるからである。
それを可能にしているのが、兎人族の特性【気配遮断】である。
簡単に言えばルロの天職【忍足】の上位互換版である。
気配遮断を駆使して射程範囲に忍び寄り、風より早いと言われる速力を持って飛びかかり、一飛び20mを超える全身のバネを破壊力に転換した一撃で獲物を仕留める。
ちなみに5年前ゴーレムをベコベコにしたのは、初撃の膝蹴りと、更に首相撲からの膝の連打である。
「いやぁ、流石でございますねえ。いやはや、お強い」
ヘヘッヘヘッと愛想笑いと揉み手を続けるリーダー。
残りの4人の内、3人は青い顔でカタカタ震えている。
残りの1人は敵愾心満載にギッと睨んでいる。
今回も楽な狩りのはずだったのだ。
完璧な連携で持って行われた奇襲が、まさかたった一人の子どもに打ち破られるなぞ考えられなかった。
と言うより、兎人族の針の落ちる音すら拾う聴力にこの子どもの存在が引っかからなかったのだ。
だが、結果として、襲いかかった5人はヒョイヒョイと掴まれポイポイと投げられた。
所作はポイポイだが、その技量が凄まじい。
受け身すら取れぬ勢いで地面に叩きつけられたようでいて、その実、受け身すら必要無いほど、優しく地面に横たえられたのだ。
圧倒的な実力差にリーダーはこうして人生で初めてヘコヘコしているのである。
「とんだ御無礼を働きまして、ヘヘッヘヘッ。何なりとお申し付け下さい、ヘヘッヘヘッ」
「何でも……あ、そうだ!」
「はい! なんでございましょう!」
ビクっと姿勢を正すリーダー。
「よろしければ宿を貸して下さい」
ゆっくり休みたいフィゴーだった。
☆☆☆
【白昼の新月】
習熟すれば、あらゆる干渉から身を隠すことができる。
今はまだ聴覚と嗅覚からの完全隠蔽程度。
【神眼】
無意識下であらゆる隠蔽を看破し、更に適性を見抜く。敵性が高いものに対しては未来予知も可能。
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