第5話 カイツェル樹海のマスコット
カイツェル山脈の麓に広がるカイツェル樹海。
その境目は不確かなものだ。
樹海を進んで行くと、段々傾斜が出てくる。
本来はそのまましばらく登る内に、辺りの植生が少し変わり、『あ、どうやら樹海は抜けたらしい』と気付くのである。
☆☆☆
ノシノシと機嫌よく進んでいた漆黒の毛皮の熊がピタリと止まった。
「あれ?どうしたんだろう?おーい?」
疑問に思い、背中の毛皮を撫で尋ねるフィゴー。
熊のようだが熊ではない。
そのまんま、クマデナシというモンスターである。
手足に生えたツルハシのような太く硬く鋭い爪が地面をかんだように動かない。
「おーい」
ちょいちょいと首元を優しく撫でるフィゴー。
熊がちらりとフィゴーを振り向く。
「きゅぅうう」
背中にフィゴー、ルロ、ドレイク、マルキニスを乗せてなお余裕のあるその大きな体に相応しい厳しい顔にビックリするほど似合わない愛らしい声を上げるクマデナシ。
しかし、このクマデナシは普通と違う白い鼻なので甘え声がよく似合っているかもしれない。
いや、やっぱり似合ってない。
間違いなく。
「こいつぁ、森が終わったんじゃねえですかい?」
クマデナシの馬で並ぶベッズが答える。
「森が?」
「ええ。樹海のモンスターは凶悪ですが、山脈のモンスターはもう一つ恐ろしいって話でさ」
ベッズの言葉に必死に首を縦に振るクマデナシ。
「ああ、なるほど、危ないんだね。そうだよね、ペロタは大人しくて可愛いもんね」
「きゅうきゅう」
フィゴーの言葉に舌をペロペロして可愛らしさをアピールするクマデナシである。
クマデナシ。
あるいは【樹海の暴君】とも呼ばれる。
全長8mを超える巨体。
カイツェル樹海の大樹を腕の一振でへし折る怪力。
それでいて馬より早く走る脚力を持ち、三日三晩走り続ける持久力まで備えている文字通りモンスターである。
不運はフィゴーかクマデナシか。
樹海の中でたまたま遭遇してしまったのだった。
クマデナシは人智を超えた強者だった。
それゆえ、目の前に立つ一見穏やかな少年が自分の想像すら及ばぬ化け物であることを察した。
結果、牙を剥いて威嚇することすらなく服従のポーズを取り、ペロペロとフィゴーの腕を舐めて愛想を振りまいた。
それが功を奏し、フィゴーより『ペロタ』という名前を授かったのだった。
クマデナシは九死に一生を得たのである。
しかし、何の因果か、ペロタの
「そうだ!乗せていってくれない?」
フィゴーの悪意の欠片もない提案に、ペロタは生まれて初めて自分が恐怖で泣けるのだと知った。
逆らうことなど許されるはずもなく、全力で地に伏せて一同を背中に乗せるペロタ。
屈辱などと感じる余裕すらない。
そんなペロタを更なる衝撃が襲う。
「このままじゃ進みにくいよね」
気軽にそう言うなり、手近な大木をめしめしっと片手で引っこ抜き、まるでブーメランのようにブオン!と投げたのだ。
破壊を撒き散らして飛んでいく大木の通った後は、まるで嵐が森を蹂躙したように樹が折れ、道が出来上がっている。
ペロタが、先程全力で媚びることを選んだ自分の慧眼を褒め倒したのは言うまでもない。
ほんの気まぐれで殺されるかもしれないとフィゴーの手が毛皮を撫でる度に、おしっこ漏らしそうにビビり倒すペロタだが、それ以上に恐怖体験をしている者がいた。
そう。
フィゴーのオトモーズだ。
なんせクマデナシの背中に乗れと言われたのだ。
樹海の暴君の背中に、である。
クマデナシがいかなモンスターかは知らずとも、その威容を見れば、人など枯葉を散らすように殺せる存在だとバカでも分かる。
「ワシには馬の面倒がありやすんで!」
一抜け!とばかりに宣言したベッズを睨んだ6つの瞳は殺意に満ちていたという。
「ここから先は縄張りじゃないんだね。じゃあここまでか。ありがとう、ペロタ」
「死んだと思った」
「フィフィゴー様のなされることとに間違うぃなどありへましぇん」
「寿命が10年は縮んだね」
「お疲れでやした」
「「「……」」」
ペロタに手を振って別れを惜しむフィゴー。
二本足で立ち上がり、両手を振ってフィゴーに挨拶をするペロタ。
一行が山脈へ進むのを見届けながらゆっくり1歩ずつ、後退りながら森の中へ戻るペロタ。
そして、フィゴーたちが見えなくなると……
――ドシン――
樹に背中を預けるようにズルズルと座り込んだ。
生き延びたことを確信し安堵の息をつく。
それと同時に必死に抑えていた恐怖が全身を駆け巡る。
「ぐおおおおおおっ!!」
さっきまで「きゅうん」とか鳴いてたとは思えない迫力ある咆哮は、身体を内から食い破ろうとする恐怖を追い出そうとしてのことだった。
吠え続けること数時間。
やっと落ち着きを取り戻したペロタは、フィゴーの作った道から全力で離れ去った。
☆☆☆
カイツェル樹海には白いクマデナシがいるという。
普通のクマデナシより更に大きな体をした白いクマデナシ。
爪先から鼻の頭まで真っ白だという。
その姿はまさに恐怖の体現者。
しかしこの白いクマデナシは人を見ると逃げるという。
だからこそ確認できた白いクマデナシ。
人を見ると逃げるくせに、なぜか人に近付いて来る。
そんな白いクマデナシがいるという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます