第3話 入る前から魔境
カイツェル山脈。
左下に流れるえんどう豆のような形をしたゴロニア大陸の北西部にある巨大な山脈である。
海側から見ると、山が途中で裂けたようになっており、その様は天まで塞ぐ壁が反り立っているかのように見える。
単に山として険しいだけでなく、危険な怪物がウヨウヨしており、独自の生態系を築いている。
正直、この山があるからと言って困ることはない。
人が住みやすい環境でもなく、山から怪物が降りて来て悪さをする訳でもない。
放っておけばいい山である。
しかし、ゴロニア大陸の国々は幾度となくこの山の開拓に挑んで来た。
その目的は、この山にあるとされる資源である。
カイツェル山脈には銅や鉄と言った汎用性の高い鉱石はもとより、金やエメラルドなどの貴金属、更にはアディンやグルエストと言った伝説の金属まで大量に眠ると言われている。
しかし、カイツェル山脈への挑戦は、ことごとく跳ね返され、その度に大きな損害をもたらしている。
「はぁ〜てっぺんが見えないねー」
山の麓に広がる樹海の手前で馬車を止めた一同は、遠近感の狂う巨大な山を見上げる。
ため息しか出てこない。
「この樹海に馬車は入れやせん。ここからは歩きになりやす」
少し曲がった腰をトントン叩きながらベッズが告げる。
「なりやすって、5年前ゴーレムが作った道があるんじゃないんですか?」
ルロが尋ねる。
その顔にはフィゴー様を歩かせるのか?という疑惑が見て取れる。
「5年もすりゃあ呑み込まれちまいやす」
「……ゴーレム大隊の通り道がたったの5年で?」
マルキニスが眉を上げる。
「カイツェルの樹海ですからねぇ。常識は通用しねえんでさ」
「「「「………」」」」
☆☆☆
「うりゃあ!!」
斧を振り下ろすドレイク。
ものすごく斧が似合う。
その巨体から繰り出される一撃は凄まじいの一言だが、並の大樹なら枝葉のように払い飛ばしそうな一撃を受けても、樹海の樹は平然としている。
場所は樹海に入って少しした所。
色々諦めて歩き出したのだが、余りにも鬱蒼としていてまともに前に進めない。
馬に乗って進むのすら困難なのだ。
どうやら山にたどり着くまでにすら相当な時間が必要になる、というわけで、まずは樹海を攻略するための拠点を作ろうという話になったのだ。
ドレイクが斧を振るうこと小一時間。
「なんだここは!?」
汗まみれになったドレイクがドサッと座り込む。
「なんだい? もうバテたのかい? 情けないねぇ」
出来たての切り株に座ったマルキニスがボヤく。
「てめえ、座ってねえで、ちったあ手伝えよ!」
「年寄りに何させるつもりだい?」
へっと鼻で笑う。
「僕がやるよ」
「フィ、フィゴー様、ダメです! フィゴー様にそんな真似は!?」
ドレイクの反対側で息も絶え絶えになっているルロが叫ぶ。
「いや、マネも何も無理だろ、お坊ちゃんじゃ」
慌てるルロと鼻で笑うドレイク。
「でも、出来るようにならないとね」
2人に笑いながら拘りなく斧を拾うフィゴー。
人生で初めて持った斧だった。
平和の体現者たる貴族は、斧であれ包丁であれ、刃物というものを持つ機会がほとんどない。
「うわ、重いんだね、これ」
ドレイクが片手で振り回していた斧を両手で持つ。
「こう、かな? こうか?」
振り上げて、下ろす。
振り上げて、下ろす。
を数度。
「もっと重心を下げた方がいいですぜ、坊ちゃん」
体格の近いベッズがルロの斧を拾って隣に立つ。
「こうでさ」
振り上げて、下ろす。
ベッズの斧は老人とは思えない鋭さを持って振るわれている。
「へえ、なるほど。ありがとう」
それを真似るフィゴー。
「こう構えて……こう!」
――フィン!――
「「「「!?」」」」
「こう構えて……こう!」
――フィーン!――
「「「「……」」」」
「こう、あ、いや、こっちの方がいいな。こう構えて……こう!」
――フィーーーン――
「「「「…………」」」」
「うん、なるほど。なんか分かっ……あれ?どうしたのみんな?」
気が付けば4人が斧を振るうフィゴーをポカーンと見ている。
「…坊ちゃん、どこかで斧を使ったことがあるんですかい?」
「ううん。初めてだよ?」
「「「「……」」」」
「さ、切ってみよう」
ふんふーんと鼻歌を歌いながら木に向かうフィゴー。
「おい、坊主」
「ルロです」
「お坊ちゃんの斧、見えたか?」
「光の線が見えました」
「なんだア……
――スコーン!――
「あ、切れた。切れたよ! 細いと柔らかいね、この木」
嬉しそうな声の方を見れば、ドサァっと倒れる木の横で、斧を持ったフィゴーが立っている。
ドレイクが切ったより細めの木だったが、立派な木である。
しかも幾度もドレイクの渾身の一撃を跳ね返したカイツェル樹海の木である。
「こっちもやってみようか……しっ!」
――スコーン――
トコトコと隣の木に近づくと腕が4本に見えるほどの勢いで斧が振り下ろされ、木が倒れる。
「うーん、1本ずつは効率が悪いなぁ……ベッズ、あなたの斧も貸して」
「へ? へ、へい」
慌てて斧を渡す。
渡された斧をヒョイっとつまみ上げるフィゴー。
右手と左手、それぞれに両手持ちの斧を掴む。
そのまま、大樹の生い茂る辺りに進むと、両肩に担ぐように斧を構え、腰を低く落とす。
「何だ…
「黙りな、デカブツ」
「しっ!」
――ヒュン!!――
呼気と共にフィゴーの姿が霞み、閃光が走った。
「だからな…
「だ、黙りな、デカブツ」
――バキバキ――
遅れること数瞬。
フィゴーを中心に10mほどの周りに立つ樹が思い出したように倒れる。
「うん、これぐらい拓けてれば小屋も建てられるね」
「「「「……はい」」」」
☆☆☆
〖剛力無双〗
重さを感じるごとに力が上がる。
〖
あらゆる武器の扱いをすぐに把握し、数回で達人の技量を身につける。
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