第2話 出立

「フィゴー様がいなくなるってホント?」

「え? マジで?」

「いや、困るんですけど」

「いなくなるのバゼル様でいいんじゃない?」

「シュナ様もつけちゃおう」

「さんせー」

キャハキャハと盛り上がるのは若い侍女たち。

怖い侍女長に見つかりにくい秘密の一角で噂話に花を咲かせている。


穏やかで人の良いフィゴーは屋敷の召使いから人気が高かった。


長女のシュナのように殴ったり蹴ったりはないし、ヒステリックに怒鳴ることもない。いつもニコニコと穏やかに微笑んでいる。


長男のバゼルみたく無理やり押し倒して来たりもしないので、護身に必死にならなくて良い。


次男のベクトに体調が悪いのがバレると甘えだと倒れるまで説教やお仕置をされるが、フィゴーは優しく察して、さりげなく休めるように手配してくれる。


次女のジーナはどうすればこんなに汚せるのか?と思うほどあっちもこっちもめちゃくちゃにしてしまう。その上、片付けが遅いとものすごく怒る。しかし、フィゴーは身の回りのこともしっかりしていて仕事もしやすい。


それだけではなく、こっそりオヤツを分けてくれたり、なんと誕生日とかお祭りの前にはお小遣いをくれたりもする。


「フィゴー様はどこへ行かれるんでしょうね?」

「フィゴー様ですからね……どこかへ遊学なんでしょうか?」

「将来を見据えて…ですかね。お勉強も相当出来るんでしょ?」

「ベクト様のあの笑い声が聞こえる…」

「来月からフィゴー様の担当だったのにぃ!」

「あ、でも!」

「何?」

「ご遊学なら、侍従も付けるんじゃないかしら?」

「あ! 確かに!」

「何の話ですか、貴女たち?」

「え? 何って、フィゴー様がご遊学に出られるってはな…

ピシリと固まる侍女たち。

そのまま、ギギギギと固い音を立てて新しく聞こえた声の方を向く。


こうして彼女たちは、2つのオアシスを同時に失った。



☆☆☆



「カイツェル山脈ってどんな所なんだろう?」

ガラガラという車輪の音にカッポカッポという馬蹄の音が混じる馬車の中。

青い顔のフィゴーがため息と共に吐き出す。


「……5年前、同盟4国による重ゴーレム大隊を向かわせましたそうですが……」

律儀に答えるのは、白髪の目立つ初老の女性。

今回、フィゴーの死出の旅にお供を命じられた不運な1人、マルキニス。

侍女の下働きをしていた人だ。


総数2000体を越える完全武装ゴーレムによる踏破を目指した第六回カイツェル山脈開拓は、ゴーレム隊の全滅という結論で閉じられた。

知っているが、改めて聞かされると凹む。


「しかし、アンタも運がねえな」

ゲラゲラと大声で無遠慮に笑う大男。

片目が刀傷で潰れている。

名前はドレイク。

平和な世の中にあって腕力を恃みに名を挙げようとした結果、罪人になった男である。

今回、フィゴーへの同行という処刑が行われることになった。


「フィゴー様への無礼は許しませんよ!!」

ドレイクの凶相にも1歩も引かないのは、フィゴーより少し年嵩の青年。

名前をルロ。

色の抜けたツヤのない茶色い髪をした薄い顔をしている。

8年前、ブルーレンス家に送り込まれた暗殺者だった。

当時11歳。

目論見は破れ、処刑される所をフィゴーに救われて以来、フィゴーの番犬を自称し、付き従っている。

今回も当たり前のように付いてきている。


「運が無えのはホントじゃねえか」

ルロに睨まれてもドレイクは平然と笑い返す。

天職ギフトなんてのは、運だ!」

狭い馬車が揺れる程の勢いで笑いながらドレイクは続ける。

「てめえで選べるわけじゃねえ。顔も知らねえヤツに勝手に決められるんだ。そんなことで好き勝手言われちまう。だったら俺もやりたいようにやってやるって話だ!ゴーレムがぶっ壊された? 上等じゃねえか! あんな土塊なんざ目じゃねえんだ。どんなバケモンが出てきたって、この俺様がへし折ってやらあ!!」

フィゴーの腰よりも太い腕にフィゴーの頭より大きな力こぶを作って笑うドレイク。

「はぁ……。〖怪力〗持ちのちからバカはこれだからねぇ……」

底抜けに明るいドレイクにボソリと呟くマルキニス。


「坊ちゃん。見えてきやした」

賑やかな馬車の中に声がかけられる。

馬車を操っているこちらは頭が真っ白なおじいちゃん。見た目はおじいちゃんで歳もおじいちゃんだが、声は張りがあって若々しい。

屋敷では庭師をしていたベッズだ。


馬車の窓からひょこりと顔を出せば、山頂が分厚い雲に飲み込まれた山脈が見える。

ハレルシア王国を含む数多の国がある大陸ゴロニア。その北西部に位置する峻峰。

カイツェル山脈である。


その有無を言わさぬ迫力にドレイクすら押し黙る。

「……あれが未踏の魔境……」

フィゴーの小さな呟きが馬車内に妙に大きく響いた。


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