脱出

私と智道は全力で走っていた。

走りにくい着ぐるみを脱ぎ捨てて、森の中を走って走って走る。

今にも遊園地の人間が後ろから拳銃で打ってくるんじゃないかと気が気ではなくて、足を止めることはできなかった。

だけど私達はここから逃げ出してどこへ行くんだろう。

家には戻れない。

学校にも。

だってそこはもう遊園地側にバレている場所だから。

行く場所はない。

だけど逃げる。

必死で。

明日を掴むために……!!


☆☆☆


ぼふっぼふっぼふっ。

そんな音が聞こえてきて私は目を開けた。

周囲は薄暗くて、ガラスが割られた窓から差し込む朝日によってホコリがキラキラと待って見える。

私が眠っていたのはカビの生えたマットの上で、嫌な匂いが染み付いている。

それも、今はもう気にならなくなってしまったけれど。

私と智道が森の中の廃墟にたどり着いてから半年が経過していた。

日付感覚がなくならないように、ここに来てから1日一筋のキズを壁につけるようにしている。

水は近くの川から。

食べ物は時折街へ降りていって。飲食店などの廃棄を頂いてきている。

時折優しい店主が私と智道にアルバイトをしないかと持ちかけてくれるけれど、私達はそれを断っていた。

もしもその店に遊園地の関係者が来たら?

そのときはまた連れ戻されてしまうかもしれない。

そんな恐怖心が強くて、この生活を続けている。



「嘘だろ」



ここにれば安全なはずだった。

誰にも合わず、誰とも関わらずにいれば大丈夫だと思っていた。

それなのに……。

私と智道の前に姿を見せたのは、緑色のクマだったのだ。

クマは外れて壊れたドアの向こうからこちらを覗き込んでいる。



「なんで……っ!」



咄嗟に逃げ出そうとしたとき、クマがこちらになにかを差し出してきた。

それは窓から差し込む光でキラキラと輝いている。

直視できないほどに美しい……。



「おめでとう。3億円のダイヤを取得したよ!」



クマの声に私は中腰のまま動きを止めた。

ダイヤモンド……?

クマはぼふっぼふっと音を立てながら室内へと入ってくる。

智道が私の前に立ちはだかった。



「あのふたりがちゃんと労働を全うしたんだ!」



尋と繭乃のことだ。

あのふたりは今でも遊園地内に閉じ込められているんだ。



「どうしてここがわかった!?」



クマは着ぐるみの指先を智道の顔へ向けた。

それはスッと下へずらされて、腹部で止まる。

そこには機械が取り付けられている。

私達の動きを制御していた、忌々しい機械だ。



「QPSがついてるんだ」



クマの説明に私と智道は言葉を失った。

位置情報が特定されていた……?

私は震えながら自分の腹部へ視線を落とす。

遊園地から逃げ出してから何度も外してみろうと試みたけれど、外すことができなかった機械。

これは電流を流すためだけのものじゃなかったんだ!



「安心して。今日はこれを渡しに来ただけだから」



クマはそう言うとダイヤモンドを差し出してきた。

だけど私も智道もそれを受け取ろうとはしない。

クマは首を傾げている。



「3億円のダイヤモンドだよ? いらないの?」



3億なんて途方も無い金額だ。

浮浪者のような生活をしている私達には想像もできない金額。

それが今、目の前にある。

私はゴクリと唾を飲み込んで美しい輝きを見つめた。

これだけあれば一生遊んで暮らすことができる。

大きな家を持って、悠々自適な生活を送ることができるんだ。

また、ゴクリと唾を飲みこんだ。



「繭乃と尋はどうした?」



ダイヤモンドへ手を伸ばしてしまいそうになったとき、智道が聞いた。



「あのふたりはもうダメ。使い物にならない」



クマはそう言ってタブレットを取り出した。

画面には遊園地内の様子が映し出されていて、ベンチに座って呆然と空を見上げているふたりの姿があった。

尋は口の端からよだれを垂らし、繭乃はヘラヘラと意味なく笑っている。

あの労働をずっと続けていて精神が壊れてしまったみたいだ。



「それなら、この3億円はすべて現金に返る。それから俺たち4人は遊園地に一千万円ずつ支払って外へ出る」



智道が力強い声で言う。

クマはしばらく無言で智道を見つめていたが「それでいいの?」と、聞いてきた。



「もちろんだ」


「このふたりは外へ出てもどうせ病院行きなのに?」



尋と繭乃のことだろう。

ふたりは私達にひどいこともした。

遊園地から助け出す必要なんてないのかもしれない。

永遠に遊園地の中にいればいい。



「それならそれでいいんじゃないか? 4千万円払っても随分残る。それだけあれば充分だ」



智道は私へ視線を向けてそう言ってきた。

私は頷く。

智道が選んだことなら、私はなにも言うことはなかった。

お金をもらってふたりでやり直すんだ。



「そっか。残念」



クマはまだ面白い展開を望んでいたようで、肩をすくめている。



「それじゃ、その機械は取り外さないとね」



クマが私たちの腹部を指差す。



「取ってくれるの!?」



これが外れる日がくるなんて思っていなくて、思わず声を上げる。



「遊園地から正当に出ていくんだ。取らないとダメでしょ」



クマはまだ残念そうな顔をしている。

私と智道は微笑みあい……次の瞬間腹部にチクリとした痛みを感じた。

そして急速に眠気が押し寄せてくる。



「次に目が覚めたときにはなにもかも終わってるからね……」



そんなクマの声が、どこか遠くに消えていった。


☆☆☆


次に目を覚ましたとき、そこは見慣れた公園内だった。

私と智道はベンチに座って眠っていたようで、こどもたちのはしゃぎ声で目が覚めた。

明るい日差しに目を細めて周囲を確認するとベンチの下には黒いアタッシュケースが4つ置かれていることに気がついた。

ひとつを膝の上に乗せて開けて見ると、百万円の束がぎっしりと詰まっている。

クマは本当にダイヤモンドをお金にしてくれたんだ。

ハッと息を飲んで自分の腹部に触れてみる。

そこにあの硬い感触はなかった。



「全部、終わったんだな」



智道が大きく息を吐き出す。



「そうだね……」


「これからどうする?」


「……ベッドで眠りたい」



とにかく家に帰りたかった。

暖かくて守られているという安心が得られる場所へ。



「そうだな。起きたら一緒に甘いものでもどう?」



その言葉に私は思わず笑ってしまった。

そう言えば甘いものの久しく食べていなかった。



「いいね。お金、沢山あるもんね」


「溺れるほどパフェが食べられるぞ」


「ハンバーグや、ピザも」


「もちろんだ」



私達は手をつなぎ、重たいアタッシュケースを持って歩き出す。



「重たいな」


「そりゃそうだよ。2億円以上あるんだから」


「貸倉庫でも探して置いておかないとなぁ」



貸倉庫に2億円か。

なんだかそれもいい気がしてきた。

こうして生きて外に出ることができて、それだけでいい気がしてきた!

公園を出るときに後方からぼふっぼふっと音が聞こえてきた気がしたけれど、私達はもう振り返らなかったのだった。



END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クレジット人間 西羽咲 花月 @katsuki03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ