ゲーム

監視はさっきと同じ状態で床に座り込み、頭を下げていた。



「おい」



智道が声をかけるけれど反応はない。

首から流れ出た血が通路に血溜まりを作っている。

監視の手首をとって確認してみると、脈がないことがわかった。



「死んでる」



私の言葉に智道が舌打ちをする。

こんなことになるなら生かしておくべきだった。

これで暗証番号は絶対にわからない。

絶望感が胸に広がっていったとき、智道が監視の面に手をかけた。

一気に引き剥がすと青白い顔をした男の顔が出てきた。

見たことのない顔だ。

年齢は40歳後半くらいに見える。



「持ち物を確認してみよう」



こうしている間にも他の監視が気がついてかけつけてくるかもしれない。

その前にやれるだけのことはやってみないと。

私は監視が来ているグレーの作業服に手を伸ばした。

動きやすいように足元は運動靴だ。

いつでも私達と対決できるようになっているんだろう。

まず目に入ったのは腰につけられている鍵だった。

それは昨日も見た、私達の寝泊まりしている部屋の鍵らしい。

一応確認してみるが、とくに変わったところはない。

次にズボンのポケットを弄る。

後ろポケットには小型のトランシーバーが入っていた。

これで仲間と連絡を取り合っていたのだろう。

今回は仲間に連絡を入れる前に息絶えてしまったようだけど。

次に出てきたのは財布だった。

中身を確認してみると1万円札が一枚と小銭。

それに家族写真だった。

男の隣にきれいな女性が立っていて、ふたりの間には女の子と男の子が写っている。

この人の家族……。

そう思うと胸がチクリと痛くなった。

こんな人間にも心配してくれる家族がいたんだ。

死んだと聞かされたら、子供たちはどう思うだろう。



「余計なことは考えるな」



私の気持ちを察したように智道が鋭い声で言う。

そうだ。

敵のことを心配している場合ではない。

私は今にでも捕まってしまうかもしれない状況にいるんだから。

気を取り直して財布の中身を取り出し、並べていく。

メンバーズカード、クレジットカード、レシート。

当たり障りのないものばかりが出てくる中、指先に硬い感触が触れた。

これもカードみたいだ。

そう思って引っ張り出したとき、緑色のクマの絵が見えた。

カードに印刷されたそれに呼吸が止まりそうになる。

ひっくり返して確認してみると、この遊園地の入場カードであることがわかった。

男のID番号と、遊園地が設立された日付が描かれている。



「10年も前からあるのかよ」



智道が日付を確認して顔をしかめる。

そんなに昔からこの遊園地はひっそりと運営していたことになる。

私達の耳には一切なんの情報も入れないままに。



「もしかしてこの数字!」



設立されたのは今から10年前の8月12日らしい。

ドアの暗証番号は確か4桁だ。

頭の中に0812という数字が浮かんでくる。

智道は大きく頷いた。



「そうかもしれない。行こう!」


☆☆☆


ドアにかけよって数字版を見つめる。

これで間違っていれば、捕まることになる。

緊張で足が震えて手にじっとりと汗がにじむ。



「きっと大丈夫だ。ドアが開いたら全力で走るんだ」



智道の言葉に私は頷く。

走って走って、一体どこに逃げるのかはまた考えないと行けない。

園内に脱出できる場所はないのだから。

だけど私達は機械を壊すことに成功している。

きっと、うまく行く。

私はゴクリと唾を飲み込んで数字版に指を向ける。

まずは「0」。

ピッと小さな音がして汗が吹き出す。

警報機は鳴らない。

セーフだ!

次は「8」。

これもセーフ。

私は指先の汗をジャージで拭って息を吸い込んだ。

あと半部だ。

次は「1」。

これもセーフ!

これなら最後の数字も大丈夫にきまってる!

一気に希望が開けてきて頬がゆるむ。

嬉しくて泣いてしまいそうだ。

最後の数字は「2」!

入力が終わり、決定ボタンを押す。

同時にカチャッと鍵が開く音と「捕まえろ!!」という男の怒号が後方から聞こえてきた。

振り向くとクマの面をつけた3人の男たちが全速力で走って向かってきている。

その手には警棒のようなものが握りしめられていた。



「走れ!!」



智道が叫ぶ。

私はドアを押し開いて足を踏み出した。

走れ走れ走れ走れ!!

外の風を感じ、脳が命令を下すよりも早く足が動く。

外はとっくに夜が明けていて、今日も暑い1日が始まりそうだった。


☆☆☆


走って走って、どうにか監視の目から逃れることができた私達は建物の陰に身を潜めていた。

腹部から電流が流れてくることもない。



「大丈夫か?」



少し落ち着いてから智道が聞いてきた。

私は深呼吸をくりかえして「大丈夫」と、頷く。

でも問題はここからだった。

どうやって園から脱出するか。

今の状態だと自分で軽い労働することもできないから、食事にありつくこともできない。

下手をすれば餓死してしまうだろう。

もしかしたら、死体解体よりも過酷な道を選んでしまったのかもしれない。



「出口、どこにあると思う?」



そう聞くと智道は肩をすくめて「やっぱり、園内にはないんじゃないか?」と、答えた。

「あるとすれば施設内。死体を解体して、それを外へ運び出さないといけないから、外に通じるドアがあるはずだ」



その言葉に私は目を見開いた。



「もう1度施設内に戻るってこと!?」



思わず声が大きくなってしまい「しーっ」と智道が口元で人差し指を立てた。

だって、そんな。

今死ぬかも知れない思いをして施設から出たところなのに!



「だから、ちゃんと準備してから戻るんだ」


「準備って?」


「もちろん、脱出するための準備だ。それでちょっと考えたんだけど――」



そこまで言って智道は言葉を切った。

脱出するための準備があるのなら、早く行動にうつしたい。

それなのに智道は口を半開きにして私の後方を見つめている。



「なに? どうしたの?」



ききながら振り向いて私も同じように絶句してしまった。

そこにいたのは繭乃と尋、その後ろにはクマの着ぐるみが立っていたのだから。


☆☆☆


「逃げろ!」



智道が叫んで立ち上がるよりも先に尋が私の腕を掴んでいた。

繭乃も智道の行く先を塞ぐように仁王立ちをする。

さっきまで走っていた私達の体力はすり減っていて、手を振りほどいたり隙間を縫って逃げることができなかった。

おとなしく捕まることになってしまう。



「驚いたな。どうやって施設から逃げたんだ?」



そう言ったのはクマだった。

関心したような雰囲気が漂ってくる。



「ちゃんと労働しなきゃダメじゃん。逃げたりしてたら、今度は殺してもらうようにするよ?」



繭乃は呆れた口調で、だけど鋭い視線を私達に向けている。

今度は殺される。

そう思うと心臓がキュッと縮み上がる。

ここまで逃げ出してきた私達を遊園地の人間がどうするか、考えただけで恐ろしい。



「お願い助けて。もう1度ちゃんと仕事をするから。今度は絶対に逃げ出さないから」



私はクマへ向けて懇願する。

クマはそんな私の姿をタブレットで撮影していた。

これを見ている視聴者たちは喜んで大笑いしていることだろう。

だけどそんなこと関係なかった。

どれだけ笑われてもいい。

死にたくない!!



「君たちすごいねって称賛されてるよ」



クマがタブレット画面をこちらへ向けてそう言った。

画面の横には視聴者からのコメントがズラリと流れていて、どれもこれも私と智道の行動力を称賛するものばかりだ。

中には大手会社の社長と名乗る人の書き込みで『ぜひ、我社に入社してください!』なんてコメントもある。

てっきり殺されてしまうと思っていた私は智道と顔を見合わせた。

生きていたとしても、これから先どうなるのかわからない。



「そうだ。君たち4人でもう1度ゲームをしてよ」



クマの言葉に驚いた顔をしたのま繭乃と尋だ。



「ゲーム? 何言ってんの? 私達はもうゲームで勝ったんだからやるわけないでしょ!」


「そうだぞ! 早くこいつらを労働に戻せよ!」



怒鳴られたクマは少しも動じた様子を見せない。

と、そのとき言うことをきかない繭乃と尋が同時に「痛っ!」と声を上げてうずくまった。

電流が流されたのだ!



「いいから、ゲーム。それで負けた方が労働に行く。視聴者はそれを望んでる」



クマがもう1度タブレットを見せてくると、たしかにそんなコメントが多く寄せられているようだ。

優秀な人間はどちらなのか。

ちゃんと決着をつけて見せろと言っているのだ。



「ゲームくらい、どってことないよな」



智道が歪んだ笑みを浮かべて呟く。

私は同意して頷いた。

そう、ゲームなんてどうってことない。

私達は死体の解体まで経験したんだから。

もう1体クマの着ぐるみが近づいてきたかと思うと。ゲームのダーツとトランプが入った箱を抱えていた。

中身を確認して、私と智道は顔を見交わせる。

ジャンケンはクレープをかけてやった。

ダーツはダイヤモンドをかけて。

今度のゲームは……。

私は手を伸ばし、箱の中からトランプを取り出す。

そして繭乃と尋にも見えるように掲げてみせた。



「最後のゲームはトランプ。文句はないわね?」



私の質問にふたりとも無言で視線をそらしたのだった。


☆☆☆


私達は隠れていた建物の陰にいた。

建物を背にして立っているのは繭乃と尋。

ふたりの前に立っているのが私と智道。

それぞれの手にはすでに配り終えたトランプがあって、ゲームの種類はババ抜きに決まっていた。



「じゃ、君から時計回りね」



クマに指示されて私はビクリと体を震わせる。

智道と視線を合わせて心の中で頷く。

大丈夫。

これは大きなチャンスなんだ。

ここで勝利すれば私と智道は労働から開放される。

もう二度と、あの施設に戻らなくてもいいんだ。

ここは絶対に勝たないと。

私は目の前に立っている尋へ視線を向ける。

尋はトランプを見つめていて、少しも私と視線を合わせようとしない。

施設から脱出してからずっと私を避けているように感じられる。

あれだけ仲が良かったのに……。

そう思うと胸がチクリと痛むのを感じた。

私を裏切り続けていた相手でも、たしかに好きだった時間がある。

その時間はとても幸せで、偽物なんかじゃなかった。

指先がトランプの前で揺らぐ。

当時のことを思い出せば思い出すほど、胸は苦しくなっていく。



「さっさとしろよ」



尋の冷たい声が飛んできて私の中の思い出は一瞬にして氷つく。

そうだ、こいつは私をはめて労働へ行かせたんだ。

もっと前から繭乃と浮気をしていて、平気な顔をして私と付き合っていた。

こんなヤツに、容赦なんていらない!

ようやく調子が戻ってきて、私はトランプを一枚選んだ。

すぐにペアができて、クマが持っている箱の中に入れる。

尋は一瞬視線をこちらへ向けたけれど、私はもう尋と視線を合わせなかったのだった。


☆☆☆


それから10分ほど経過したとき、私の手持ちのカードはあと1枚となっていた。

これを隣の智道が引けばあがりだ!

思わず笑みが浮かぶ。



「良かった。本当に良かったよ」



智道が嬉しそうに何度も呟きながら、私の最後のカードを引いた。

これで、あがりだ!

しかも一番勝ちということになるから、私がクレジット人間になることは絶対にない!

嬉しさがこみ上げてきて目頭が熱くなっていく。

必死に涙を殺してゲームの展開を見守った。

智道の手持ちのカードはあと2枚。

尋は3枚。

繭乃は調子がよくないのか、4枚残っていて不機嫌そうだ。



「恵利があがったから、今度は俺のカードを尋がひくんだ」


「それくらいわかってる」



尋は仏頂面のまま智道のカードを引いた。

しかし揃わない。

次は尋が繭乃のカードをひく。



「くそっ、ダメか」



最後のほうでなかなか揃わなくてイライラしはじめているのがわかった。

尋のカードは残り3枚になった。



「ちょっと、なんなのよ!」



繭乃が焦りの色を濃くしていく。

ここで勝っておかないと、負けたふたりが労働へ行かされてしまう。

尋へ視線を向けると、なんでもない表情でそっぽを向いている。

自分の彼女や浮気相手がピンチでも、助ける気は毛頭ないようだ。

こんな最低な人間が好きだったなんて、自分でも驚いている。

こういうような状況にいれば、誰だって本性が顕になるものだ。



「やった! 合った!」



繭乃が智道のカードをひき、ペアが揃って飛び跳ねて喜んでいる。

繭乃の手持ちはあと2枚。

今度は智道が尋のカードをひく番だ。

これでペアができればあがれる!

私は胸の前で手を組んでお祈りのポーズをとる。

神様、お願い!

智道が尋のカードをひく。

そして自分の手持ちと照らし合わせ、ガッツッポーズをトルまではスローモーションのように見えた。



「よし! あがりだ!」



智道が大きな声で叫ぶ。

尋と繭乃が目を見開いて愕然とした表情を向ける。



「やった! やったね!」



私は智道と手をとりあって飛び跳ねて喜んだ。

これで開放だ……!



「嘘でょ。ちょっと、待ってよ!」


「こんなのやってられるかよ」



繭乃は青ざめ、尋は手持ちのカードを地面に投げ捨てる。

すぐに逃げ出そうとしたふたりだけれど、近くでゲームを見守っていた2体のクマに捕まってしまった。

それでなくても電流が流れて走ることはできなかったようだけれど。

私と智道は顔を見交わせてほほえみ合う。

うまくいった。

私はチラリと建物の壁に視線を向ける。

そこはガラス窓になっていて、薄暗いこの場所では周囲の景色が鏡のように写り込んでいるのだ。

ふたりの手元が、私達には丸見えだった。

他のチームが不正を行ってババ抜きに勝利していたのを思い出し、とっさにこのポジションを確保したのだ。

智道も、すぐにそれに気がついて私の横を確保した。

私と智道が建物の裏に逃げ込んだのは偶然だったけれど、それが私達に勝利をもたらしたのだ。



「さすがだなぁ。すごいなぁ」



クマが関心したようにぼふぼふと手を叩く。

タブレットで画面を確認しているから、視聴者たちも大いに盛り上がってくれたんだろう。

でも、もうおしまいだ。

私達は動画の視聴者を喜ばせるためのパンダじゃない。

クマが後ろを向き、尋と繭乃を連行していく。

私と智道はもう1度目を見交わせると、同時に駆け出した。

後ろからクマに突撃して、そのまま一緒になって横倒しに倒れる。

突然のことでクマは抵抗できないし、着ぐるみのせいでなかなか起き上がることができない。

私と智道はクマの体の上に馬乗りになっていた。



「なにするんだ!?」



じたばたを抵抗を見せるクマの顔を両手をかけて、着ぐるみの顔を外す。

そこから出てきたのは30代前半と見えるまだ若い男だった。

見覚えはない。



「やめろ! なんで電流がきかないんだ!?」



智道が馬乗りになっているクマも、同じ位の年齢の男性であることがわかった。

智道はポケットから隠し持っていたメスを取り出すと、男の首筋に押し当てた。



「着ぐるみを脱げ。ふたりともだ」



低い声は周囲の気温を1度下げるのに充分だった。

智道が本気だということは、首筋から流れ出た一筋の血でよく理解できた。

2体のクマは蒼白になりながらすぐに着ぐるみを脱いでいく。



「出口はどこにある?」



メスを突きつけながら質問すると、クマの一体が施設を指差した。

やっぱり、出口は施設内にしかないみたいだ。

もう1度施設に侵入することは想定内だったし、やるしかない。

私は大きく頷いて見せた。



「出口のカギは? 暗証番号か?」


「あ、あぁ、そうだ」



男はなぜ私達に電流がきかなくなったのか理解できず、焦っている。

額からは大粒の汗が流れ出ている。



「番号を教えて」


「0812」



その答えに呆れてしまった。

私達が出てきたドアと同じ暗証番号だ。

それではきっと脱出者を他にも出してしまうことになるだろう。

電流さえ回避することができれば、あとはどうってことはない。

この施設は穴だらけだ。

そうとわかるとあとは行動あるのみだ。

私と智道はクマの着ぐるみを身に着けると、尋と繭乃の前に立った。

ふたりは不安そうな表情を浮かべている。



「なにするつもりだよ」



尋の質問に答えるつもりはなかった。

私達がどれだけひどい目に合ったのか、体感させてやるつもりだ。



「歩け」



着ぐるみの中でしゃべるとそれが機械音となって外に流れる。

私は尋を、智道は繭乃を連れて施設内へと向かう。

ふたりは電流で動きを制御されているから、抗うこともない。

ドアの前に到着して暗証番号を入力。

するとついさっき逃げ出してきた通路が現れる。

4人で奥へと進んでいくけれど、倒れた監視の姿はすでになかった。

床の血溜まりもきれいに掃除されている。

複雑な心境になりながらも、私と智道は仕事部屋のドアを開けた。

ドアは音もなく左右に開く。



「なんだよこの部屋! 少しくらい説明しろよ!」



尋が必死で暴れようとしているけれど、口先だけだ。

体はすでに部屋の中に入っていた。



「説明は他の人がしてくれる」



智道はそう言うと、繭乃を部屋に押し入れてドアを閉めたのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る