強制労働
私と智道は園の最奥にある大きな灰色の建物の中に連れてこられていた。
長い通路と沢山のドアがついた建物内は裸電球がぶら下がっているだけで簡素なものだった。
「安心して。君たちのことは殺さない」
前を歩くクマが言う。
「ちゃんと労働をしてもらうことになってる」
「労働ってなに?」
問題はそこだった。
3億円もするダイヤモンドを手に入れるための労働だ。
そう簡単なことじゃないことくらい、すでにわかっている。
「この部屋が君たちの労働部屋」
クマが白色のドアの前で立ち止まる。
ドアには『解体室』と書かれたプレートがつけられていた。
解体室ということは、なにかを解体する仕事なんだろう。
壊れた機械とか?
園内にあるあらゆる機械を思い出していく。
そんなものの解体が、知識もなんにもない自分たちにできるんだろうか。
不安が胸に膨らんでいったとき、クマがドアを開いた。
室内は想像していた以上に明るくて目を細める。
壁も床も真っ白で、天井からは廊下よりも明るい電球がつけられている。
一歩部屋に踏み入れてみると床がキュッと音を立てた。
丁寧に掃除されているみたいだ。
床にあるむき出しの排水溝が気になった。
でも一番気になったのは部屋の中央を占領しているベルトコンベアーだった。
それは隣の部屋から、隣の部屋へと続いているようだ。
私はベルトコンベアーの下をくぐって部屋の奥へと移動した。
そこにはラック棚が設置されていて、様々な道具が置かれている。
マイナスドライバー、プラスドライバーに混ざり、電動ノコギリやメスまで準備されていて眉を寄せる。
機械を解体するだけなら、メスなんていらないはずだ。
そう思いながら更に部屋の中の観察を続ける。
ベルトコンベアーの前には保冷バッグが置かれていて、隙間から白いモヤが微かに立ち上ってきている。
手を伸ばして開けてみると、ドライアイスが入っていることがわかった。
蓋を閉めてしゃがみこんでみると、バッグの横にはなにかのイラストが描かれているようだ。
ハートマーク。
なに、これ。
「解体ってなにをするんだ?」
智道がクマへ質問する。
私は身を起こしてクマへ視線を向けた。
クマは着ぐるみの中から2枚のマスクと、手袋を取り出して差し出してきた。
手袋は医療用のものに見える。
「じゃあ、頑張ってね」
「おい! ちょっと待てって!」
なんの説明もせずに部屋を出ていくクマを引き留めようとする。
しかしクマは振り向くことなく部屋を出て行ってしまった。
すぐにドアノブに手をかけるけれど、自動ロックされてしまったようで開かない。
「なんだよ……」
智道は手にしたマスクと手袋を気味が悪いもののように見つめている。
「これからどうすればいいんだろう」
労働すること。
なにかを解体すること。
それだけしか情報がない状態でこの部屋に閉じこまめられたって、どうすることもできない。
もう1度部屋の中を確認してみようとしたとき、低いモーター音と共に天井から大きなモニターが下がってきた。
そのモニターは私達の目線の高さで動きを止めて、電気がついた。
しかし、画面上には誰の姿も見えない。
なんだろう?
と、いぶかしげに思っていると今度はベルトコンベアーが動き出した。
突然動き出したベルトコンベアーに驚き、身を引く。
ベルトコンベアーは低い唸り声を上げながらゆっくり動き、そして隣の部屋からなにかを運んできた。
そのなにかはグリーンのビニールで覆われていて、かなりの大きさがある。
ビニールは下にあるなにかを隠しているけれど、その形状はくっきりと浮き出ていた。
私から向かって右側が足。
左側が頭部であるのは明白だ。
もちろん、人間の。
私は智道と視線を見交わせた。
智道は大きく息を吸い込んで、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
ビニールで覆われていても、血なまぐさい匂いが鼻腔を刺激してくる。
「嘘でしょ……」
このビニールの下にいるのがなんなのか、もうわかってしまった。
同時に足元に置かれている保冷バッグとドライアイスの意味。
そしてバッグの側面にあったハートマークの意味が徐々に理解できはじめる。
それだけで足元が震えだして、立っていることがやっとの状態だ。
全身寒気に覆われているのに、手のひらにはぐっしょりと汗が滲んでいる。
「おい……これをどうしろっていうんだよ!?」
誰もいない部屋の中。
智道が頭を抱えて叫ぶ。
額からは大量の汗が吹き出していた。
その質問に答えるように、モニター上に人影が現れた。
その人はクマの面をつけて、黒いスーツをきている。
一見して男性のようだ。
「今からその子の心臓を取り出して、保冷バッグへ入れる解体作業を行ってもらう」
男の声は着ぐるみのクマと同じ機械的な音声だった。
「嘘でしょ。そんなことできない!」
私は激しく左右に首を振る。
人の心臓を取り出すなんて、無理に決まってる!
「相手はもう死んでいるから心配ない」
「なにが心配ないんだよ!」
智道は叫ぶ。
その目には涙が浮かんできていた。
ろくでもない仕事だということはわかっていたけれど、まさかこんな仕事だなんて考えてもいなかった。
「道具は好きに使ってくれていい。臓器が痛む前に頼むぞ」
男がそう告げるとモニターがブツンッと音を立てて切れた。
「ちょっと! 私達にそんなことできるわけないでしょう!?」
声を張り上げても返事はない。
モニターはまたモーター音を響かせて天井へと引っ込んで行ってしまった。
「こんなのできない。絶対に無理だ」
智道はどうにかドアを開けようと殴りつけ始めた。
しかし、そんなことで開くようなドアではない。
園内からだって逃げることはできなかったんだから。
案の定、智道には腹部の機械から電流が流されたようで、悲鳴を上げてうずくまってしまった。
こうしてもたもたしていたら、また動きを操られるんだろう。
私は大きく息を吸い込んで目の前のベルトコンベアーを見つめた。
隣の部屋とつながってるけれど、荷物が流れてくるときにだけ壁に少しのスペースが開くようになっている。
今はすでに閉じられていた。
私の後ろには道具が並んだ壁があるだけで、出口は智道の後ろにある一箇所だけ。
ここから逃げることは不可能だ。
私は視線をビニールへ移動させた。
こんなことをするならいっそ最初から最後まで体の動きを制御されていた方がマシかもしれない。
自分の手で、人を解体するなんて……。
そっと手を伸ばしてビニールに触れる。
それを見ていた智道が口を手でおおった。
見たくないのか、顔をそむけてしまった。
私はビニールの端をつかんでゆっくりと持ち上げる。
ビニールがズズッと音を立ててめくれ上がっていく。
足が見えた。
青白くて生気のない、もう二度と動くことはない足。
次に腰、両手、胸。
「もう……やめてくれ……」
手首に傷があることに気がついて私は息を飲んだ。
この傷、まさか!
そう思った勢いでビニールを剥ぎ取る。
そこに横になっていたのは大橋くんだったのだ。
青い顔をして目を閉じている。
長いまつげはピクリとも動かない。
今まで冷凍保存されていたのか、ヒヤリとした空気を身にまとっていた。
「大橋くん……!」
私はビニールを手から落として両手で口を覆った。
こんなこと、ひどすぎる!
大橋くんたちのチームはこの遊園地のシステムに踊らされまいとして自殺した。
それなのに、死んだあともこんな風に利用されるなんて!
あまりにも外道なやり方に腸が煮えくり返ってくる。
今ここに遊園地の関係者がひとりでもいたなら、私は躊躇することなく殺していただろう。
「体が腐る前にやらないと」
今はまだ冷えているから、メスで切り裂いても出血は少なそうだ。
だけど完全に遺体が解凍されればさらに困難な状況になる。
私は振り向いて棚からメスを選んで握りしめた。
大橋くんに向き直る前にマスクと手袋を装着する。
「本当にやる気なのか?」
振り向いた私に智道が聞く。
やるかやらないかじゃない。
やるしかないんだ。
じゃないと私達は永遠にここから出られない。
「念の為にマスクと手袋をつけて。病気を持ってたら感染するかもしれないから」
そう言うと智道は慌ててマスクと手袋を身に着けた。
問題はここからだ。
私はメスを右手に持ったまま固まってしまった。
医療系のドラマや映画は何度も見たことがある。
けれど私は医者じゃない。
人の体の作りなんて、子供の頃理科の授業で習っったくらいのものだ。
動きを止めていると智道が手を伸ばして大橋くんが身につけているジャージの前を開けはじめた。
ジッパーを下ろすと白いシャツが顕になる。
「ちょっと、待って」
智道はそう言うとベルトコンベアーの下をくぐってこちら側へと移動してきた。
棚からハサミを取り出すと、また元の場所へ戻った。
ハサミを使って大橋くんのシャツを切っていく。
ジャキジャキという音が室内にうるさいほど響く。
「よし、これでいい」
シャツを切り終えた智道が深呼吸を繰り返す。
「ありがとう」
私は小さな声で礼を言った。
なにもせずにただ見ているだけだったら、さすがに乱暴な言葉を吐いてしまっていたかもしれない。
私はしっかりとメスを握り直す。
人間の心臓はどのあたりにあるんだろう?
やっぱり、胸の辺かな?
手袋をつけた手で大橋くんの胸にふれる。
その体は想像以上に冷たくて思わず手を引っ込めてしまう。
腐らないように保存されていたんだから、当然のことだと自分に言い聞かせて再び手をのばす。
「わからないけど、この辺りかな?」
私は大橋くんの胸板に挟まれている中央辺りにふれる。
心臓はすでに止まっているから、教えてくれるはずもない。
「たぶん、そうなんだと思う」
智道が流れてきた汗をジャージでぬぐう。
私は息を止めてメスを胸部に押し当てた。
そして少しずつ皮膚を切り裂いていく。
人間の体が裂かれていく感覚がメスを通して自分の指先に伝わってくる。
それはスーッと音もなく大橋くんの体に穴を開けていく。
思っていたとおり、出血はほとんどない。
ずっと横になっていたようだから、体の下半分に溜まっているんだろう。
ひとまず安心したものの、中に見える臓器に強烈な吐き気がこみ上げてくる。
これは作り物じゃなく、本物なんだ。
そう思うともう我慢ができなかった。
私は一旦後ろを向いてきつく目を閉じる。
大丈夫。
これは全部作り物で、私は医療ドラマに出ている女優よ。
頭の中で呪文のようにそう繰り返す。
ベルトコンベアーの上に乗っているのは精密に作られたただの人形。
本物の人間じゃないんだから。
どうにか気持ちが落ち着いてきて再び大橋くんへ向き直った。
メスで切り裂いたところが大きく開いている。
この奥に心臓があるはずだ。
「傷口を広げてて」
「まじかよ……」
さすがにここから先はひとりでは難しい。
智道は顔をそむけながら傷口に両手を突っ込み、押し広げてくれた。
「心臓……、たぶん、これかな?」
太い血管がくっついている臓器がある。
これを取り出すためには、まず血管を切断しないといけない。
血液の流れは止まっているから、このままメスを使って切ってしまおう。
そう考えたものの、体液で濡れた手袋のせいでメスを取り落してしまった。
カランッと床に乾いた音が響く。
「あぁ、もう」
勢いで作業してしまわないといけないのに、もどかしい。
棚へ向き直ってもう一本メスを手にとる。
今度は滑られないように気をつけて大橋くんの胸の中へと手をのばす。
メスの先が目当ての血管にふれる。
それは皮膚とは違い、強い弾力があった。
力を込めてメスを突き刺そうとするけれど、うまくいかない。
「早くしてくれよ」
両手で傷口を開いている智道が悲痛な声を上げる。
「わかってるよ!」
だけどそう簡単にはいかない。
自分を女優だと思い込ませても、リアルな血の匂いに何度も吐き気がこみ上げてくる。
それに耐えながら作業をしなきゃいけないんだ。
10分ほど苦戦していると、ようやくメスが大きな血管を切り裂いた。
指先に感じる感触にやった! と声を上げそうになるが、それより先に血が溢れ出した。
とどまっていた血液がどっと流れ出して視界が悪くなる。
「お願い、ガーゼで血を吸い取って!」
切断しなきゃいけない血管はまだあるのに、これじゃ見えない。
「わかった」
智道はすぐに頷いてこちら側へ来た。
棚からガーゼを取り出して、ピンセットで傷口の中へねじ込む。
真っ白なガーゼはすぐに血に染まり、新しいものに取り替えられる。
何度か同じ作業を繰り返すとどうにか心臓が見えてきた。
これからどうにかなりそうだ。
私は再びメスを握りしめて傷口に手を差し入れる。
血管を切るための力加減もなんとなくわかってきた。
しかし、すべての血管を切り終えるまで40分以上は経過していた。
丁寧に心臓を取り出して保冷バッグの中に入れると、全身から汗が吹き出してきた。
ジャージの下はびっしょりとシャワーを浴びたような状態になっている。
「できた……」
へなへなとその場に座り込んでメスを取り落とす。
地面には少量の血が流れていたけれど、気にしている余裕もなかった。
この1時間ほどで何年も年を重ねてしまったように感じられる。
もう、立ち上がることも億劫だ。
座り込んで呼吸を整えていると、ベルトコンベアーの向こう側で智道も同じように座り込むのが見えた。
部屋は遺体が腐敗しないように寒いくらいになっているのに、私と同じように汗だくだ。
呆然と座り込んでいるところも、モーター音がして天井からモニターが降りてきた。
私はベルトコンベアーに捕まるようにして膝立ちになる。
モニターの中にはさっきの黒スーツの男の姿があった。
「おめでとう。この仕事を初日からやってのけたのは君たちが初めてだと」
クマの面をかぶった男は満足そうに何度も頷いている。
「でも、これで終わりじゃないんでしょう?」
私達が購入しようとしているのは3億円のダイヤモンド。
臓器ひとつ取り出したくらいで手に入るものではないはずだ。
「もちろんだ。だけど、今日の仕事はこれで終わり」
今日の仕事は終わり。
ということは、明日もこれと似たようなことをするということだ。
私は保冷バッグへ視線を向ける。
これにはハートのマークが描かれている。
だけど他にも別のマークが描かれているものがきっとある。
心臓だけ取り出して終わりということにはならないはずだ。
そう考えているとベルトコンベターが突然動き出した。
ハッと息を飲んで視線を上げると、遺体が運ばれてきたのとは別の、向かって左の部屋へと移動していく。
そちら側の壁も、コンベアーが動くときだけ10センンチほどのスペースが開いて荷物が行き来できるようになっている。
「私たちは今日の仕事でどれくらいを稼いだの?」
流れていく大橋くんの体。
ベルトコンベアーが流れていく向こうから、悲鳴が聞こえてきた。
隣の部屋で待機させられていた子たちだろう。
その子たちは今から大橋くんの臓器のなにを取り出せと指示されるんだろうか。
「1人につき、10万円だ。悪くない金額のはずだ」
1人につき10万円。
私達は今日20万円を稼いだことになる。
確かに、普通にアルバイトをすることを考えれば果てしなくいい稼ぎだ。
だけどこんなことを毎日続けるなんて、考えただけで精神がまいってしまう。
しかも、ここから出られるのは3億円を稼いだときだ。
「こんな仕事を半年以上続けろっていうのかよ」
智道が絶望的な声で呟く。
「取り除いた心臓はどうするつもりだ」
「それは君たちが知る必要はない」
男はキッパリと言い放った。
余計なことに首を突っ込むと、よくないことがありそうだ。
だけど見る限りこれは臓器売買ではないだろうかと考えていた。
ここで死んでいった子供たちの臓器を違法に販売することで、かなりのお金を手にいれているんだ。
それに加えて生配信の収入。
他にも色々とありそうだ。
遊園地側の収入源が少し見えてきたところで、カチャッと小さな音が部屋に聞こえた。
智道がドアへ視線を向ける。
「もしかして、鍵が開いたの!?」
「そうかもしれない」
智道がドアノブに手を伸ばし、回す。
ドアはなんの抵抗もなく開くことができた。
その瞬間智道は外へ転がり出る。
私もこんな空間にはもう1秒だっていたくなくて、大急ぎで外へ出た。
外は施設内の狭い通路だけれど、それでも部屋の中に比べれば空気を吸い込むことができる。
血生臭さからようやく解放されて、私達は何度も深呼吸をした。
落ち着いてきたところに、クマの面をつけた男がふたり、近くに立っていることに気がついた。
廊下に飛び出してきて苦しんでいる私達を無表情にジッと見つめていたのだ。
「女はこっち」
「男はこっちに来い」
男たちがそれぞれ歩き出す。
私と智道は目を身交わせた。
明日になったらまた同じ仕事をさせられることになる。
そうなる前にどうにかできないだろうか。
相談したかった。
だけど私達はスマホもなにもかもを取り上げられていて通信手段はなにもない。
ここで相談すれば男たちにすべて筒抜けだ。
おとなしく従うしかない。
「また、明日」
智道が私の手を強く握りしめて言う。
私は頷く。
「うん。また明日ね」
少なくてもここには仲間がいる。
それは1人で労働に来た子たちに比べれば心強いことだ。
自分自身にそう言い聞かせて、私はクマの面をつけた男について歩き出したのだった。
☆☆☆
私が連れてこられたのは施設の奥にある宿泊部屋だった。
宿泊といってもホテルや旅館みたいに丁寧な扱いを受けるわけじゃない。
「ここだ」
男が立ち止まった部屋が灰色のドアで、プレートには105と簡素に描かれている。
男はズボンのベルトにつけてあるキーホルダーを手にする。
そこには似たような形状の鍵が5つついていた。
その中の一つをドアの鍵穴に差し込んで、開ける。
促されて中に入ると、そこは10畳ほどのフローリングだった。
地面に布団が並んでひかれていて、四方の壁に窓は見えない。
けれどどこからか換気扇の音だけは聞こえてきていた。
「ここは?」
質問するために振り向いたのに、男はなにも言わずにドアを閉めてしまった。
そして鍵がかけられる音が聞こえてくる。
視線を部屋の中へ戻すと、布団の上には3人の女の子たちが座ったり寝転んだりしていた。
みんなやつれた顔をしていて、服も体も汚れている。
微かに漂ってくるすっぱい匂いは汗の匂いだろうか。
部屋の奥へ進んでみると衝立があり、その中には水洗トイレがあった。
換気扇はその上に取り付けられている。
トイレの横にはシャワーが設置されていたけれど、タオルや石鹸といったものは見当たらなかった。
更にトイレもシャワー室も衝立で遮られているだけで、段差もなにもない。
小さな排水口はあるけれど、ここでシャワーを浴びたら床は水浸しだ。
試しにシャワーの蛇口をひねってみたけれど、冷たい水が微かに流れてくるだけだった。
これじゃ体臭がきつくなっても仕方ない。
「最低でしょ?」
突然後ろから声をかけられて悲鳴を上げそうになってしまった。
振り向くとショートカットで背の高い女の子が立っていた。
「私は香菜。チームの子に裏切られて一週間前からここで働いてる」
「チームの子たちは今どうしてるの?」
聞くと香菜と名乗った子は首をかしげて「知らない」と答えた。
他の2人も似たようなもので、数日前から労働をしているみたいだ。
「みんな、この遊園地にどうやってきたの?」
その質問の答えも似たようなものだった。
気がついたらここに居た。
目が覚めたらここにいた。
いつものパジャマ姿ではなくジャージに着替えさせられていて、スマホも財布も持っていなかった。
なにもかも、私と同じだ。
「みんなここへ来た時期は違うんだね」
「多分、定期的に補充してるんだと思う」
香菜が答える。
「補充?」
「そう。私達みたいな生贄をね」
香菜の言葉に他のふたりは笑ったけれど、私は笑えなかった。
生贄ということばがあまりにもしっくりきていて、寒気が走る。
「脱出しようとした?」
その質問に香菜は左右に首を振った。
「私は元々家にも学校にも居場所がなかったから、どうなってもいいんだ」
明るい声からは想像できない暗い感想だ。
「でも、みんな心配してるかもしれないじゃない?」
「どうかな? 学校では友達なんていなかったし、家は冷めきってたし。唯一好きだったのは近所の公園でブランコに乗ること。そこに座ってるとね、夕方鳥たちが自分の家に戻っていくのが見えるの。それを見てると、なんとなくあぁ、私もそろそろ帰ろうかなって思える。帰ったところで、待ってるのは誰もいない家なんだけどね」
香菜は一気に話してははっと笑う。
こんなに自分のことを話したのはここへ来てから始めてだったようで、頬が少し赤くなっている。
誰にでも色々と苦労や思う所はあると思う。
香菜はそれが少し大きいみたいだ。
でも、少なくてもここへ連れてこられる前は家に帰ろうと思えていたらしい。
それが、ここでの生活を続けるうちにどうなってもいいに変化したんだ。
毎日死体を解体していれば、そんな風にも思うだろう。
「他の人たちは?」
残りのふたりに視線を向けると、ひとりは連れてこられた当日に脱出しようとしたらしい。
けれど腹部から激しい電流を流されて気絶してしまった。
それ以来自分から脱出を試みることはないという。
気絶するほど激しい電流を流されれば誰だって抵抗する気持ちを失ってしまうだろう。
私は自分の両手を見下ろした。
私はいつまでここで頑張ることができるんだろう。
血に濡れた手はなかなか乾きそうになかった。
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