自殺

目の前でどんどん人が死んでいく。

自分と同い年くらいの子たちの命が消えていく。

それでもなにもできなかった。

駆け寄ることもできず、見ていることしかできない。

絶望感が胸の中に広がっていき、すべてのやる気が失われていく。



「とにかくさ、もう1度遊園地内を調べてみない?」



平気そうな声色で言ったのは繭乃だ。

繭乃だって何人も無残に死んでいくのを見ているはずなのに、さっきから顔色ひとつ変わっていない。



「そんな気になれない……」



小さな声で返事をすると尋が肩に手を置いてきた。



「ずっとここにいても気分が滅入るだけだろ。少し歩こう」



視線の先にはゴンドラから落下して死んだ男の子の死体が転がっている。

地面にはバスに引きずられていた女の子の血も残っている。

風が吹けば生臭い血の匂いが鼻腔を刺激する。

軽い吐き気を感じた私は尋の言葉に素直に従い、立ち上がったのだった。


☆☆☆


遊園地内を歩いていてもあちこちから悲鳴が聞こえてくる。

こうしている間にも沢山の命が失われて、それが生配信されているのがわかった。

その一方で、園内にあるホテルから出てくるチームの姿も見られた。

彼らは4人全員が揃っていて、更にホテルの制服を着ている。

ここで働きながら生活をすると決めたのかもしれない。

誰かひとりを犠牲にするくらいなら、全員でここに残る。

その決意だって相当なものだったに違いない。

私はまだそんな決意はできていない。

ずっとこの園から出られないなんて、考えただけでも気分が悪くなってくる。

じゃあ誰かひとりを犠牲にして自分が脱出するのかと言えば、それはできない。

絶対に。

あんなむごい殺され方を見た後だから余計にそう感じられた。

「あいつらあんなところで寝てるのか?」

私の前を歩いていた尋が木陰へ視線を向けて言った。

植木の根本に4人の男女が横になって目をつむっているのが見える。

彼らはどうやらみんな同じチームのようで、胸のバッヂは三角だ。



「あれ? 三角のバッヂってたしか大橋くんのチームだよね?」



ここに来てすぐのとき、フェンスを登って逃げようとしていたチームのことを思い出した。

あのチームとなら話が合うかもしれない。

誰も傷つけずに脱出する方法を探してみるんだ。

そう思って近づいていったとき、妙なことに気がついた。

みんな同じように目を閉じて、胸の上に手を重ねて眠っている。

肌の色がやけに白くて、まるで生気がないように見える。



「ねぇ、大丈夫?」



膝をついて声をかけるけれど反応はない。

大橋くんの肩を揺さぶってみると、胸の上におかれた腕がダラリとたれた。

その手首からは赤い血が流れ出していて息を飲んだ。



「手首を切ってる!」



よくれば近くに血のついたカッターナイフが転がっているし、他の3人のジャージにも黒っぽいシミができている。



「だめだ。死んでる」



智道が女の子の首に指を当てて脈を確認し、そして左右に首を振った。



「嘘でしょ、なんで!?」



大橋くんは積極的に脱出しようと試みていたし、行動力もあった。

それなのに……!



「わからなくもないけどな」



尋が静かな声で言う。



「こんなところに連れてこられて、脱出もできない。絶望しても当然だ」



でも、貴重な仲間が減ってしまった。

大橋くんと再び会えたのに、こんな姿で会うなんて……!

こらえていた涙が溢れ出してきて視界が滲んだ。

ほんの少し仲良くなっただけのチームだけれど、一緒にいた時間は大切なものだった。



「この子はまだ生きてる!」



男の子の脈を確認していた繭乃が叫ぶように言った。



「本当に!?」



見ると男の子は顔色は悪いけれど微かに呼吸音が聞こえてくる。

助けられるかもしれない!



「今すぐ医務室に運ぼう!」


「それよりも医務員を呼んでくるほうがいい。手首を切っているから、動かすと出血が増えるかもしれない」



智道の的確な判断で私は走り出していた。

医務室の場所は大橋くんのおかげでわかっている。

ここからは少し遠いけれど、走ればすぐだ。

体力はほとんど残っていないはずだけれど、両足には自然と力が入った。

誰かを助けたいと思ったとき不思議と力がわいてくるものだ。



「助けて!」



医務室に到着した私は勢いよくドアを開いて叫んでいた。

しかし医務室の中に医務員の姿は見えない。

デスクには『外に出ています』とメモ書きが残されている。



「嘘でしょ、こんなときになんでいないの!?」



周囲を見回して必要そうなものを探すけれど、包帯や消毒液くらいしかわからない。

あの子に必要なのは血液だ。

医務室の棚を引っ掻き回して輸血パックがないか調べてみるけれど、それらしいものは見当たらない。

そもそも、ここでは怪我の処置とか、簡単なことしかしていなかったのかもしれない。

どうしよう。

まだ生きてる。

今度こそ助けることができるかもしれないのに!

消毒液と包帯だけを握りしめて外へ出たとき、クマの着ぐるみがスキップしながら園内を歩いているのが見えた。

なにかあるのではないかと一瞬身構えるが、クマは見回りをしているだけで特になにもなさそうだ。

それよりも、助けを呼ばないと……!

でも、誰に?

医務員はいなかった。

それなら誰に助けを求めればいいの?

ここにいるのは遊園地側の人間と、私達とおなじ境遇にいる子供たちだけだ。

助けを求めるなら……。

私はクマへ視線を向けた。

たとえば、助けてくれたらクレジット人間になって視聴者を楽しませてあげるとか、そういうことを言えばどうだろう。

もしかしたら動いてくれるかもしれない。



「お願い助けて!」



気がつけば私は叫んでいた。

クマが動きを止めて振り返る。



「死にそうな子がいるの、助けて!」



その言葉にクマが自分のことを指差して首をかしげる。



「そう、あなたに助けてほしいの! もちろん、その分のお金は労働で支払う! だからお願い!」



クマがこちらの味方をしてくれるかどうかなんてわからない。

でも、今は私も必死だった。

クマは思案するようにその場にとどまっていたけれど、すぐに近づいてきた。



「案内して?」



いつもの気味の悪い機械音だったけれど、その言葉に心底安心する自分がいた。

少なくてもなにかができるかもしれないのだ。



「こっち!」



私はクマを促して駆け出したのだった。


☆☆☆


クマを連れてきた私を見て他の3人は驚いた表情を浮かべていたが、医務員がいなかったことを説明すると、納得してくれた。

クマは浅く呼吸を繰り返している男の子の隣に膝をついて座ると、タブレットを取り出した。



「早くなんとかして!」



男の子の顔色はさっきよりも悪くなっている。

出血量も増えたかも知れない。

私は持ってきた包帯を男の子の手首に巻きつけていく。

できるだけきつく、これ以上血が流れないように。



「ねぇ、なにしてんの?」



繭乃がクマへ向けて声をかける。

しかしクマは「しーっ」と、口元で人差し指を立ててみせた。

タブレットでどこかへ連絡を入れて、対処してもらうつもりなんじゃないだろうか?

そう思っていたけれど、横から覗き見たタブレットを見て私は絶句してしまった。

タブレットに表示されていたのは配信画面で、今死ぬかも知れない男の子の姿を撮影していたのだ。



「な……なに考えてるの!?」


「少し黙って。呼吸音がどんどん小さくなっていくよ。こういうの、視聴者さんはとっても好きなんだ」



吸って、吐いて、吸って、吐いて。

トクンッ、トクンッ、トクンッ。

そのリズムは徐々に間が飽き始める。

吸って……吐いて……吸って……吐いて。

トクンッ……トクンッ。

それをクマは黙ってみている。

今なら助かるかも知れないのに、配信している。

怒りがこみ上げてきて呼吸をすることも忘れてしまいそうになる。

吸って……吐いて…………吸って……。

トクンッ……トクンッ………トッ。

スーっと呼吸音が消えていくのがわかった。

苦しげに歪んでいた表情が弛緩して柔らかくなる。

クマはそのすべてを撮影するとゆっくりと立ち上がった。

そして振り向く。



「弱い者が死ぬのは普通だ。企業は腹黒くても強い人間を求めている」



そう言うと歩き去ってしまったのだった。


☆☆☆


「お願い。お願い生き返って」



今呼吸を止めてしまった男の子の胸を押す、押す、押す。

学校で習った心マッサージだ。



「まだ死んじゃダメ。絶対みんなで脱出するんだから!」



体重をかけて懸命に心拍を再開させようとするが、男の子は目を開けない。



「恵利。もうやめよう」



尋が横から止めようとするのを振り払って続ける。

だってついさっきまで生きていた。

1分前まで呼吸をしていたんだから、きっと助かるはずなんだ。



「今息を吹き返したってどうせ無駄だ。血液がないんだから!」



尋が叫ぶ。

そんなことわかってる。

今自分がしていることが無意味なことだって、わかっている。

でも……でもっ!

体から力が抜けていく。

だめだ。

これじゃ心マッサージができない。

また力を込めて押そうとするけれど、うまくいかない。

まるで体が自分のものじゃなくなったような脱力感がある。



「恵利!!」



尋の腕が私の体を後ろから抱きしめた。

同時にその場にへたり込んでしまう。

心マッサージを続けていた両手は小刻みに震えていて、自分が泣いていることにようやく気がついた。



「よく頑張った。もう、いいから」


「うぅっ……」



ダメだった。

結局助けることができなかった。

今回は助けられると思ったのに!



「恵利のせいじゃない。大丈夫だから」


「あああああああ!!」

耳元で囁かれて私は大きな声で叫んだのだった。


☆☆☆


「結局、選択肢はふたつしかないよ」



木陰に座り込んでいたとき、繭乃が誰にともなく言った。



「一千万円を手にして外に出るか、それともこの園内で仕事をして暮らし続けるか」



その言葉には誰も返事をしなかった。

もう心身ともに疲れ果てていて、とにかく休みたい。

私は膝を抱えてうなだれたまま顔を上げることもできないでいた。



「意外とさ、悪くないかもしれないよね」



繭乃はまだひとりで話続ける。

誰でもいいから、自分の考えを伝えたいのかも知れない。



「学校行って勉強するよりも、ここで働いた方が将来的な勉強にもなるしね」


「ここで働いても外には出られない」



智道が答える。



「働いて生活しながらお金も貯める」


「一千万円をか? 何十年かかるかわからないぞ」



その言葉に繭乃は軽く肩をすくめる。

外で働いている人たちだって何十件もかけてお金を貯めている。

中には何十年かかっても一千万円というお金を貯めることができない人だっているだろう。

それくらい難しい金額だ。



「私さ、行ってみたいショップがあるんだよね」



急に話の内容が変わって私はようやく顔を上げた。

気がつけば太陽は傾き始めていて、園内はもうすぐオレンジ色に包まれるだろう。

風が吹くと心地よく汗が乾いていく。

でも、そうなるとまた問題が浮上してくる。

今日どこで眠るかだ。

ホテルで眠れば必ず労働がついてくる。

それは遊園地側の思惑通りということだ。



「ショップ?」



繭乃の言葉に答えたのは尋だ。

繭乃はひとつ頷いて遊園地の地図を開く。

どんなことがあっても、繭乃はこれを大切に持っているようだ。

広げた地図の一角を指差すと、そこにはジュエリーやブランドのチョップが並ぶ通りだった。



「そんなの見たって腹の足しにもならないだろ」



智道が呆れたように言う。

繭乃はムッとしたように智道を睨みつけた。



「ジュエリーやブランドは女の子の夢なのに。ねぇ? 恵利ちゃん?」



突然名前を呼ばれて咄嗟には返事ができなかった。

繭乃の言うようにジュエリーやブランドには興味がある。

大人になったら身につけてみたいブランドだってあった。

だけど今はそんなこと少しも考えられない状況だ。

黙っていることで否定されたと感じたのか、繭乃は触れ腐れた顔になって立ち上がる。



「私ひとりで行ってみるから、みんなはここで待ってて」



私達は慌てて立ち上がって繭乃の後を追いかけた。



「こんなところでひとりで行動するのは危ないよ」



後ろから声をかけると繭乃が一旦振り返り、そしてニヤリと笑ってみせた。

みんながついてきてくれるとわかっていて行動にうつしたのだろう。

歩いている間にも悲鳴や鳴き声が聞こえてきて耳を塞いでしまいたくなる。

だけど実際にはなにもしなかったのは、きっと私自身がこの異様な状況に順応しつつあるからだろう。

重たい足を無理やり動かしてたどり着いたのはジュエリーショップの前だった。

世界的に有名なブランドショップで、指輪ひとつ10万円は下らないはずだ。

こんな場所、学生の私達には縁遠い場所だ。

しかし繭乃は今目をキラキラと輝かせてそのショップのショーウィンドーを見つめている。

その視線の先にあるのは3億円という値段がつけられた大きなダイヤモンドだ。

宝石なんて滅多に見たことのない私でも、その輝きが本物であるとわかるくらいきらびやかだ。



「こんなもの、今手に入れても意味ないだろ」



智道はそう言うが、繭乃はその場から動こうとしない。



「だけど今なら手にいれることができるんだよ。外に出たら一生無理かもしれない」


「今なら手に入れられるってどういうことだよ?」



智道の質問に繭乃は返事をしなかった。

チーム内でゲームをして、負けた人間を犠牲にして宝石を手に入れる。

そう考えているんだろう。



「この大きなダイヤが無理でも、10万円くらいのでいいの」



繭乃の声が懇願するように変わる。

本気で今ダイヤモンドがほしいと思っているんだろうか。

信じられなくて何度もまばたきをする。



「10万円のダイヤモドならさ、普通のの労働で手に入ると思わない? クレープを食べたり、自販機で飲み物を買ったときと同じだよ?」


「そうかもしれないけど、今必要ないだろ!?」



智道が徐々に苛立っているのが伝わってくる。

繭乃はどうしてそこまでして宝石を手に入れたいんだろうか。



「そんなに欲しいなら、自分が働いて10万円を手に入れればいい」



智道が続けて言う。

チーム内でゲームをしてクレジット人間を決める必要はない。

自販機でジュースを買ったときだって、自分たちで簡単な仕事をして小銭を手に入れたんだから。



「数時間で10万円を貰おうと思ったら、どんな労働だと思う?」



繭乃の言葉に私は目を見開いた。



「たった数時間じゃ無理だよ!」



私たち学生がアルバイトで10万円稼ごうと思えば一月は必要だ。

それなのに繭乃は数時間で10万円を手に入れようとしている。



「でも、それができるのがこの遊園地の強味でしょう?」



チームのひとりが死ねば何千万円も手にして外へ出ることができる。

だけど繭乃の場合は外へ出ることではなく、宝石を手に入れることにお金を使おうとしている。

繭乃の考え方は危うい。

この遊園地のシステムを最大限に利用しようとしているのがわかる。

短期間で高収入。

そんな甘い罠にハマって抜け出せなくなってしまうかもしれない。



「見てよ!」



繭乃がなにかを見つけたように明るい声を出す。

今度はなに!?

呆れながら視線を向けると、宝石店の隣には質屋と書かれた小屋があるのがわかった。



「購入した商品は現金に変えられるんだよ! 途中で脱出したくなったら、購入した宝石をお金にできるってこと!」



繭乃の目は更に輝きを増している。

これ以上はまずい。



「そんなのダメだよ。宝石も現金も今は必要ない。とにかく寝る場所を確保できればそれでいいから」


「それなら恵利ちゃんはどこで寝る気? 寝る場所だって結局労働して確保するんでしょう? それって私が宝石を手に入れるためにすることとなにが違うの?」



早口で言われて言葉を挟む隙がない。



「それとこれとは全然違うよ。だって……」



寝る場所や食事は最低限の人として活動するために必要だ。

だけど、大金や宝石はまだ必要ない。

そう続けようとしたとき、宝石店からひとりの女の子が出てきた。

女の子は茶髪の髪の毛をくるくるに撒いていて、ポニーテールにしている。

見るからに派手系だ。

手には宝石店のマークが入った大きな紙袋を持っていて、店内からはクマの面をかぶった女性店員が「ありがとうございました」と、出てきてお辞儀をしている。



「やった! これで脱出できるし、お金も残る!」



女の子が宝石店から出てきたのを見て2人の男女が駆け寄ってきた。



「買ったよ、1億円のダイヤモンド!」



女の子が自信満々に袋を掲げでみせている。



「やりぃ! これを現金に変えて三人で脱出しても、7千万円残るってことか」



男の子の言葉に「そういうこと!」と、頷く。



「他のチームは脱出するお金のことばっかり考えてひとりを犠牲にしても三千万円しか受け取ってなかったんだよね。でもどうせ命を張ってもらうなら高額商品と引き換えにしないともったいないじゃん!?」


「さっすが佑美! 天才!」



もうひとりの女の子が佑美と呼ばれた女の子を囃し立てる。

その一方でこのチームはすでに誰かひとりが犠牲になっていることがわかった。

チームのひとりが死んでいることなんておかまいなく、はしゃぎながら質屋へ向かっていく3人。

尋がその様子をジッと見つめている。

きっと呆れているんだろう。



「気分が悪くなってきた。もう行こう」



私はそう言うと、歩き出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る