ダイヤモンド
「彼はさっきゲームに負けたんだ」
まだ呆然と立ち尽くしていたところに、緑色のクマの着ぐるみが近づいてきた。
その足取りは軽く、スキップをでもしているようだ。
私も、誰も返事をしなかった。
「彼はダイヤモンドと引き換えになった」
ダイヤモンド……?
そういえばこの遊園地内にはブランド品やジュエリーショップもあったんだっけ。
「同じチームの子が、何億もするダイヤを欲しがって、ゲームした。そして負けて、一括払いをすることになったんだ」
「一括払い?」
そう聞いたのは智道だった。
何億する商品だろうが、この遊園地内では労働で支払うことができるはずだ。
でも、一括払いとは……?
「そうだよ。何億もするダイヤを一括払い。だから、ああなったんだ」
クマが原型をなくした男の子へ視線を向ける。
男の子の体の下半分はジェットコースターの下敷きになってしまっていて、見えない。
しかし、頭部も完全に破損して脳症があちこちに飛び散っているので、すでに死んでいることは明白だった。
「あれがダイヤモンド?」
そう言ったのは繭乃だ。
繭乃の視線の先を追いかけると、さっきまでジェットコースターに並んでいた3人が立っていた。
その中のひとりが大きなダイヤモンドを箱から出して確認している。
「そうだよ」
クマが大きく頷いた。
あれだけの大きさのダイヤ、一体どれくらいしたのか見当もつかない。
園内では通常よりも値段が安くなっているようだし、それでも億を超えているのだから。
「あれのために人をひとり殺したの!?」
つい、声が大きくなってしまう。
確かにダイヤモンドを手に入れられることはすごいかもしれない。
だけど、それのために人命を失うなんて!!
それでもダイヤモンドを手にした女の子は嬉しそうに笑っている。
その周りにいるチームのメンバーも、みんなが笑顔だ。
まだ仲間の死体が目の前にあるのに……。
その異様な光景に吐き気を感じたとき、クマがクレープ屋のお兄さんに近づいた。
「なんだよ」
お兄さんがクマに手を掴まれて不満そうな声を上げる。
「君、バイトなのに自分の仕事さぼっちゃダメでしょ?」
「は? なに言ってんだよこんなときに!」
目の前で人が死んでいるのだ。
ジェットコースターに轢かれるという、以上な状況で。
お兄さんはクマを睨みつけて手を振り払おうとするけれど、簡単には振りほどけないでいる。
着ぐるみの上からでも相当な力が加わっているみたいだ。
「自分の仕事だけしてなきゃダメでしょ?」
クマはあいかわらずの声色で話かけているから、それが余計に恐ろしい。
「ちょっと事務所まで来てくれる?」
「嫌だよ! 俺もうバイトやめるから! 離せよ!」
お兄さんもクマの異様な雰囲気に気がついたのか、さっきよりも更に暴れ始める。
「全く、世話がやけるなぁ」
クマはそう言ったかと思うと、着ぐるみの中からなにかを取り出した。
それが注射器であるとわかるまで数秒の時間が必要だった。
針の部分が怪しく光り、中の液体は見たことのないグリーンだ。
お兄さんがその注射器に気がついたときにはすでに遅かった。
クマはなんの迷いもなくお兄さんの首に張りを突き立てていたのだ。
グリーンの液体が体内へ注入されていく。
「それ……なに?」
質問する声が震えた。
こんなに恐ろしいこと、映画の世界でしかみたことがなかった。
「君たちは気にしなくていいよ。思う存分遊んで、好きな買い物をしてね!」
クマはそう言うとお兄さんを荷物のように肩に担いで歩き去ってしまった。
クマの後を追いかけたいのに体がいうことをきかなかった。
今、見たことがどれも衝撃的すぎて頭がついていかない。
風に漂って流れてくるのはジェットコースターに轢かれて死んだ男の子の血の匂いだ。
強い吐き気を感じて咄嗟に両手で口元を覆っていた。
すべての出来事がほんの数分間で起こったなんて信じられなかった。
「少し休憩しよう」
智道が静かな声でそう言ったのだった。
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