37 及川 浬


「ここに居られたとは... 」


背中で合掌した霊は、井戸から視線を外すと、少しの間 ぼんやりとして、ふいに

「あぁ、よばれている... 」と零すと、俺が

「あの... 」と 話しかけている途中で、消えてしまった。


“よばれている”?


あの白い霧のことを、探していた “キオミさん” だと思ったんじゃないのか?

でも あの霧も、“よんだ” と言っていた。


袴霊が呼んでいたのは、“キオミさん” だけど、白い霧は、袴霊が呼んでいるのは自分 だと思ったんだろうか?

白い霧は、元々人霊だったのかどうかも判らない。

念とも違う... というか、いくつもが混濁している気がした。

誰かが誰かを呼んでいて、それを察知したら、自分を呼んでいる と反応してしまっている気がする。まぁ 全然、推測だけど...


推測が当たっている とする。

だったら 今、袴霊は、誰に呼ばれているんだ?

袴霊からしても、キオミさんに会えた と感じているはずなのに。


いや、何より気にかかるのは、背中で合掌したことだ。鬼神と同じ。


これは、“鬼神が増えた” ってことになるんだろうか... ?

けど袴霊は まだ、神の聖域を冒した訳じゃない。

鬼神を最初に見た時と同じで、何の力も感じなかった。


“よばれている” って、大島君みたいに、何か願いがある人に... ?

というか、そそのかせる隙がある人を見つけたのか?

なんとなくだけど、袴霊が というよりは、あの白い霧が。


... 大神様に、報告するべき だよな?

大神様が まだ、高天原に居るとしても、榊さんか、浅黄君に。


でも、リヒル君は...


そうだ。トモキ君なら、勾玉で大神様を呼べる。

雨宮さん宅か 神社に... いや。榊さんが居るかもしれないし、凪さんに取り込まれてしまうかもしれない。


あっ、今田達は、透樹君や凪さんとも知り合いなんだよな。

よし。今 見たことを、今田にメッセージで入れて、透樹くんや凪さんに伝えてもらおう。


スマホを取り出して、“白い霧を追ったら”... と 入力しながら、ついでに このホテルを見ておくことにした。

白い霧は、この枯れ井戸に集まってきてたんだ。

何かあるのかもしれない。


中庭を 一周して、ホテル内へ入った。

ロビーに客がいないからか、フロントカウンターの中に立っている 二人... 女 一人と 男 一人が何か話している。暇そうだな。


“霧が入った霊が、背中で合掌して”... と 入力していると、フロントの女の方が

『大島さん、しばらく お休みされるそうですね。

ご病気なんですかね?』と、心配そうに言った。

大島さん って、大島君のことか?


『さぁ... 最近、変な時間に早退してたみたいだし、なんか様子も おかしかったらしいけど』


大島君っぽいな...

従業員名簿とかあるかな?

見てみるか。


『病気 ってか、病んでるっぽかったよな。

トウシツか何か とかー?』


『えっ... そうですか?

何か悩んで、ストレス溜まっちゃってるのかな... 』


男の方おまえは ヤなヤツっぽいな。

すぐ “トーシツトーシツ” って そんなもん、いつ誰がなっても おかしくねぇだろ。

何でも “他人事ひとごと” と思って、簡単に口にするヤツ増えたよな。聞く気なくても聞こえちまうと 気分 悪い。

カウンターを無視して中へ入ると、左奥にある扉も すり抜ける。

多分、従業員が出入りする部屋だろうし。


『大島さんに、連絡とか... しない方がいいですかね?』


『えっ、ユナちゃん、大島と メッセージやりとりとかしてんの?

やめときなよ』


カッコ悪ぃな、コイツ。

事務室らしき部屋には、ドアが 二つ付いている。

今すり抜けたやつを合わせると 三つ。

別の部屋に抜けるやつと 従業員用の通路に抜けるやつ。


フロントの方からは

『あいつさ、他の人のシフトも考えずに早退とか欠勤とか、いい迷惑だよな。

その おかげで、俺が ユナちゃんと入れるのは いいんだけど』

『え? はい... アハハ』とか聞こえてきて、脈ねぇな... って、何故か ニヤっとした自分を 軽く戒めた。俺もカッコ悪い。


従業員名簿... は、パソコンいじってりゃ 出てくるかな?

あ、いや。タイムレコーダーがある。

出退勤時にスマホをかざすタイプのやつだ。

これの記録って、いつまで遡れるんだろう?

とりあえず、“大島 澄夏”... と考えながら、レコーダーのタブレットに触れてみる。


あった。4日前まで。

今田と駅で待ち合わせた日のやつだ。

ホテルここの従業員だったのか。


鬼神も、あの井戸のところに来た霊に 白い霧が混ざってしまったもの... だったんだろうか?

そして、入院中の お母さんのことを考えていた 大島君に、呼ばれた気がした... とか?


大島君に憑いたのは、“精気を取るため” だよな?

まだ黄泉軍の人たちは憑いてなかったのに、なんで欲しいんだろう?

神域を冒して 神の力を借りようとするのも 何でなんだ?


考えながら、“今田が見た大島君も このホテルの従業員だった。

白い霧や袴霊のことと合わせて、雨宮さんに伝えてほしい” と、今田に入れると

“及川くん、一人で あぶなくない?” と 返信がきて、原沢からまで

“そこまで判ったんだから、とりあえず戻ってきなよ

リヒルくんって人のことには関係なさそうだし” と 入ってきた。


関係ない、と いえば ないかもな...

リヒル君を引っ張ったのは、黄泉の人っぽかった。

でも、リヒル君は 湧いてきた水たまりに引っ張り込まれたんだ。

あの枯れ井戸の周りにも、水が湧いてきてた。


“それに、キシンって人だけじゃなくて、袴の霊の人まで うろうろしてるかもしれないんでしょ?

怖いよ”


今田から、震えている ウサギスタンプも入ってきた。

原沢からは、“帰って来い” と 太い筆文字で書かれていく男前なスタンプだ。

原沢あいつ、こんなの 彼氏に入れたりするんだろうか?


“及川くん、戻ってくるって言ったのに”

“消えっこナシだったよね?”

“戻って来ないんなら、雨宮さんに伝えないよー”

“どうせ虎太こたしか、雨宮さんの連絡先 知らないしね”


虎太って、原沢の彼氏だ。

なんか、言い返す気には ならないな...

“戻らない” とか言ってないのに、これだしな。


“ごめん、わかった”... と返信して、ホテルから カフェの窓の前に移動すると

『きゃあ!!』

『ちょっと! 予告してよ!』と 叱られ、また謝った。


窓をすり抜けて入ると、今田の隣、隅の席に着きながら

「彼氏には連絡した?

さっきメッセージに入れたやつ、雨宮さんに伝えて欲しいんだけど」と 言ってみると

『うん。言ったんだけどね... 』

『“は? 何の話だよ それ? 今どこ?” って聞かれちゃって... 』と、二人して 肩をすぼめている。

これは、俺も 二人の彼氏に怒られそうだな...


『でも、キシンって霊と 大島さんの話はしてたし。

絢音あやと、イヤそうな顔しただけだったクセに... 』

『そうだよね。大島さんが無事って知れたし、及川くんには たまたま会っただけなんだし... 』


まだ、二人の彼氏達は登場していないにも関わらず、こんな感じだ。

大変だよなぁ... 絶対 口にはしないけど。

それにしても、リヒル君は 本当に無事なんだろうか?


『おぉ?!』という声に、窓の外へ 眼を向けると、原沢が

『あ、虎太』って言った。

うん。原沢の彼氏だ。仕事帰りのスーツ姿。

この人にも憑いたから、よく覚えてる。


椅子から立って、謝罪と挨拶のために 窓の外へ移動すると

『フぅあっ!!』と、余計に驚かれてしまった。

しっかり 視えてるみたいだ。


「あの、本当に すみませんでした...

なのに、墓参りにまで... 」


『ふえ... ? いやいや、あら... ?

本当に、及川くん?』


「はい。勘違いで あなたにまで取り憑き... 」


『あっ、いいよいいよ もう! そのことは さ。

いやぁ... 変わるもんだね... 』


感心 という顔になっていた 原沢の彼氏は、周囲の “見てはいけない” 風の反応に気づいて、一瞬 我に返ってたけど

『じゃあ、とりあえず 店 入ろっか?

雨宮に伝えることが あるんだよね?』と、姿勢を崩さなかった。やるなぁ。


店に入って、店員に

『おひとり様ですか?』と 聞かれると

『そう見えますか?』って 返してるしな。

原沢達を指差してて、原沢も手を振ってるから 事なきを得たけど。


原沢の隣に座った 彼氏の虎太郎君は

『おまえな、いきなり

“雨宮さんに コレ伝えて” って、内容 箇条書きじゃ、訳わからんだろ。説明しろって。

あ、チーズハンバーグお願いします。ライスで』と ネクタイを外して巻き、ジャケットのポケットに仕舞った。


原沢が 虎太郎君に

『私も そんなにわかってないんだけど、雨宮さんなら わかるんじゃない?

とりあえず そのままの内容で送信したら』と、説明にならない話をしている間に、今田の彼氏が来たら、俺が隣に座ってるのは 良くないんじゃないだろうか?... と 気になって、今田に言ってみる。


『そうかなぁ? カウンター 席で隣ってくらい 別に...

んー、でも、今日は全然 いてるから、絢音が来たら、席 一個ずつズレたらいいんじゃない?

今 ズレるのも、ヘンだと思うし』


まぁ、それでいいのかもしれんが...

今田は

『霊が居る店って、空いてるって聞いたことがあるよ。あはは』と 笑って

『あれ... ?』と 窓の外へ眼を向け、顔を強張こわばらせた。

そこには、あの袴霊が立っていた。

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