36 及川 浬


『この辺りから見かけてたんだよね。

大島さんって人と、背中で合掌霊の人』


『そうなんだ... じゃあ、大島さんの職場が この辺なのかな?

大島さんは いつも、スーツとかじゃなかったんだよね?

だったら、私服でOKの仕事なのか、職場で制服に着替えるのかな?』


今田と原沢は、話し合いながら

『ね、及川くん』と、俺に意見も求めつつ

『とりあえず、ココに入ろうか?』と、角のビル 一階のダイニングバーで食事を取ることにしたようだ。


『ココね、窓際に向いた カウンター席があるんだよ』


今田が言ってるんだけど、道路を眺めながら 飯 食うのって、どうなんだろう?


『そうそう。だから、ヒトリでも入りやすいんだよね』


原沢が添えた言葉で、あぁ なるほど... と理解した。

“ひとりで店の人がいるカウンター” に着いて食うより、気楽なのかもな。

テーブル席にも 背中を向けることになるしな。


この店は、案内なしで 自由に席に着くようだ。

『うん、空いてる』という 原沢について行って、窓に向いたカウンターの端に座った。

一番 奥から、俺、今田、原沢 と並んだので、一番 奥は空席に見えるだろうけど、まだ店も空いているし、カウンター席も たくさん空いている。

まぁ、大丈夫だろう。


『及川くん、何 食べる?』

『うん、選んでよ。お供えしてから、後で私たちが いただくから』


「え?... あ、じゃあ何か、今田たちのオススメで」


お供え なぁ... まぁ、ありがたいし、嬉しいけど。

窓の外には、帰宅中の人や 食事に向かう人、今から仕事なのかな?って人も見かける。


大島君は、何の仕事をしてたんだろう?

聞いとけば良かったな... トモキ君が霊視で視てたかもしれないし。

でも、大島君の お母さんの病院のことを聞きに行った時に、仕事のことを言わなかった ってことは、鬼神と大島君は、職場で会ったんじゃないのかもな...


考えてる間に

『はい、及川くん。ラザニアにしたよ』と、今田が 自分の前に置かれたらしい ラザニアを、俺の前にズラして置いた。


「お、ありがとう」


こういうやつ、久々に食うな。

原沢にも礼を言って フォークを掴むと、実物のフォークは そのままに、透き通ったフォークが 俺の手にある。

これ、何なんだろうな?

フォークの霊とか 使われた記憶 なんだろうか?


ラザニアも同じ。

透き通ったフォークを入れても、ラザニア自体に変化はない。

でも フォークの先には、透き通ったラザニアがあるし、匂いも味もする。美味い。


『へぇ... そんな風に食べれるんだ... 』

『うん、なんか感動... 』


『うん。実家に供えてもらった いろいろも、月の宮に届くから、みんなで いただいたよ。

ありがとうな』


何気なく言うと、今田たちは

『そうなんだ... 』と 逆に喜んでくれて、眼も赤くしたので、こそばゆい気分になる。


実家で 母さんが、夕食のテーブルに、俺の分の煮込みハンバーグも供えてくれたことがあった。

本当に嬉しかったし、美味かったな。

リヒルくんは まだ、自分の家族や親しい人にも 挨拶に降りていないままだ。


『ねぇ、ココの お店も、店員さんは制服だよね?』

『うん。私服OKの会社って少ないかもだし、男の人って、会社でスーツに着替える人も少ないじゃない?

私服通勤ってことは、接客業とかサービス業なのかな?』


そうかもな... 飲食とか ホテルとか。

服屋とかの店員だったら 私服なんだろうし。

トモキ君に聞きに行って来ようかな?

けど、榊さんから 話がいってる恐れもあるしな...

俺が リヒル君を追って逃亡した って。

凪さんも、大丈夫なんだろうか... ?

でも まずは、リヒル君だ。


『及川くん、食べた?

はい、コーヒーだよ。ラテにしちゃったけど』

『ラザニアは、私たちで いただくね!

お供え物 いただくと、元気になる っていうし』


「あ、おう... 」


別に、実物に手を付けた訳じゃないけど、なんか

気恥ずかしくなる。

ラテは、香りだけでも美味い。


ん... ?


立ち上る ラテの湯気と、俺が映っていない 夜の窓の向こうに、白い何かが動いた。

霧... かな?

ぼんやりと、人とか動物の形という形もなく、縦の楕円の霧っぽい何かだ。1メートルくらいの高さ。


「なぁ、あれ、見える?」


サラダの後にラザニアをつついている 二人に、楕円の霧っぽいものを指して示してみたけど

『え? 何かあるの?』

『まさか、及川くん以外のユウレイ?』と 眼を丸くしているので、二人には見えていないようだ。


霧は、ぞろりと動いた。

動くと 体高が沈んで見えたけど、また動くと歪んで伸びた。何だろう?


「俺、ちょっと見てくるよ」


『はぁ? 何を なのよ?』

『及川くん、また?

ちゃんと戻って来るよね?』


本当は、もう帰ってもらった方がいい気がするんだよな... 飯 いただいてて、何だけどさ。


でも聞いてくれないだろうし

「うん。見てきたら戻るから、一応、彼氏たちに 居場所 教えときなよ。“及川おれと居る” とも」と言って

『ヤダ。なんか うるさくなるかもだし』

『だよね。話す必要なんてある?』... とか返されたけど

「ある。霊でも俺、男だから」って答えて、何故か笑われながら消えてみた。




********




白い霧のようなものは、ぞろりといびつに動きながら、一方通行の道を進んで行く。


本当に何だろう?


すぐ近くまで近づいてみて、思わず

「うわっ!」と 仰け反った。

顔が浮かんできたからだ。人の。


じいさんだったような、ばあさんだったような...

どっちか わからない。

ただ、お年寄りっぽい気がした。


これ、霊なのか?

いや でも、霊とか念の集合体みたいなやつとも違う。

もう 一回、近づいてみようかな... ?


また すぐ傍まで移動して、霧を覗いてみる。

ああぁ...  おっさんの顔が浮き出た...

急いで離れる。


白い霧は、ぞろりと這って歪み伸び、建物と建物の隙間へ入って行った。

狭い隙間だ。

生きていたら 入れなかっただろうけど、今は通り抜けられるので、追ってみる。


隙間を通り抜けると、何かの塀にぶつかった。

ぶつかった っていうか、目の前に塀がある ってことだけど。

モルタルに薄いレンガを貼り付けてある塀だ。

高さは 2メートル以上ありそうだ。


霧は 塀に入り込んで行ったので、俺も後を追って、塀の内側へ入った。


明るくなり過ぎないように ライトアップされた、どこかの庭?かな?

庭の向こうには ホテルっぽい建物があって、ホテルの奥の正面入口から この庭までが、広い通路で繋がってる。

このホテルの庭っぽいな...


ライトアップされた庭には、庭園と呼べるほどのものではないけど、新緑の葉の木々や 和風の東屋、石の灯籠のようなものも飾ってあって、あちこちにベンチも置いてあった。

白い霧みたいなヤツは、木々も通り抜けながら、庭の端へと寄って行っている。


あれは、井戸か? ポンプ式の。

なんか、統一 感が 今ひとつの庭だな...

灯籠があるなら、昔話に出てくるような桶で汲み上げるやつの方が似合いそうなのに。

そういう井戸だと危ないし、怖い雰囲気になるからだろうか?


とはいえ、井戸は隅っこにあって、木々に隠れるような場所にあるし、ライトも当たってない。

意図して飾ったものじゃなく、元々 ここにあったのかもしれない。


霧は、井戸の近くに ぞろりと落ち着いた。

あの井戸も、しっかり見ておいた方がいいかな?

蓋がしてあるし、使われている形跡もない。枯れ井戸っぽいよな...


井戸に近づいている時、隣を 別の霧が通り抜けて行った。縮み伸びて歪みながら。

やっぱり、この井戸に落ち着いている。


霧に触らないように 井戸に触れてみたけど、中に水の気配はない。


何か、音がする。


くちゃくちゃ くちゃくちゃ...

嫌な音が。

霧から聞こえてくる。


嫌な音の中に、声が混ざってきた。


「よんだ... 」「ねぇ よんだよ... 」「よんだ... 」

「よんだよねええええ... 」


何なんだよ、いきなり。

この霧みたいの、意識があるのか?

霊でも念でもないし、妖怪とか そういうのなんだろうか?

妖怪... な。まぁ、榊さんたちみたいな化け狐もいるんだから、いるんだろう。


「キオミさん... 」


お...  振り返ると、霊が居た。

袴を穿いた和服姿だ。灰色の肌。男。

かなり昔に亡くなったのか?


「キオミさん、ですか... ?」


俺のことは 見てない。井戸を見てる。

男の足下の地面の色が変わった。濡れてる色だ。

その水は、井戸の下から細く伸びていったもののようだった。

この井戸は、枯れているのに...


「あぁ わたし、私ですよう、キオミです... 」

「よんでた... 」「よんでましたよねええ... 」


霧が ぞろぞろと動いている。細く伸びた水を伝って。

この袴の男の霊が、“きおみ” と呼んだ霊?は、本当に 白い霧の中に居るのか?

話を合わせているだけ という気がする。


「あの、ちょっと 待っ... 」


ダメだ。袴の霊には、俺が見えていない。

ぞろぞろと移動した霧は、男の霊の足から登っていって、口の中に入り込んでしまった。


灰色のままの男は、動画を 一時停止したように動きを止めて、霧が居なくなった 井戸を見つめている。

井戸から男に到達していた水は、薄れ消えていった。


白い霧は、ハク だったんじゃないのか... ?

魂が昇っても、現世に残っていたもの。


「あぁ、キオミさん。キオミさん。

あなたなのですね」


停止していた 袴の男は、両腕を背中に回し、合掌した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る