34 及川 浬


『えっ... 本当なの?!

リヒルくんが... 』


「うん、そうなんだよ...

探し方も わからないから、呼んでみちゃっててさ... 」


気づくと俺は、大島君の両腕や、菜瀬なせ駅で精気を取られた女の人の足が変形したことだけは伏せて、大方のことは話してしまっていた。


話していて思ったけど、今田は聞くのが上手い。

高校の時、男にも女にも人気あったもんな。

“困っている人を放っておけない” イコール “正義感ウザ”... とかにならなかったのは、上手く言えないけど、こういうところなんだろう。

聞くのが上手くて、親身になってくれる。誰の時でも。


いや そもそも、“正義感ウザ” ってのが おかしいんだけど、大々的に そういうアピールするだけのヤツはウゼェ... とは思う。

自分に酔ってるだけだったり、自分を良く見せようとしてるだけ だったりなら。

今田は違う。


『心配だよね...

及川くんが、大島さん?を追って行った時も、私に すごく気を使ってくれてたよ。

神社の人に相談... っていっても、凪さんのこともあるし、神さまも困っちゃってるくらいだもんね... どうしようか?』


「そうなんだよなぁ... 」


ん? “どうしようか?” って、俺、今田を巻き込んでないか?


「いや、今田は考えなくても... 」


『えっ、どうして?

リヒルくんが取られちゃったんだよ?!』


うん、そうなんだ。心配してくれるのも嬉しい。

リヒル君が知ったら、リヒル君も喜ぶだろう。

でも、今田を巻き込む気はない。危険 過ぎる。


『ね、大島さんって人は、コックリさんみたいなので話してた って言ってたよね?

キシンさんと』


「そうだけど、絶対やったらダメ。

何が来るか分からないらしいぞ。

大神様に 絶対 怒られるし、榊さんは 黒い炎 吹くかも。

だいたい もう鬼神は、背中で合掌してるだけの霊じゃなくなっちまったんだ」


『榊さんって、あの花魁さんみたいにキレイな人?

“黒い炎” って... 』


あぁ。“邪眼” とかくらい強いワードだよな。

笑いこらえてるけど、本当なんだ。


『あれ?

及川くん、ちょっと待ってね』


耳からスマホを離した 今田は

『あ、美希』と、顔を上げると道路の方に向いて、手を振った。

本当だ。原沢がいる。

墓参りとかは来てくれてるけど、こうして会うのは あの時以来なんだよな...


恐る恐る... と いった様子で近づいてきた 原沢は

『及川くん... 麻衣花には聞いてたけど、本当にいるなんて... 』と 凝視している。

原沢にも 視えるのか。


「あ、うん。

あー、その、なんだ? 世話になったよな...

本当に悪かった。ごめん。

実家にも墓にも来てくれて... 」


『きゃあ!ちゃんと元に戻ってるぅ!

やだ、気にしないでよー! 行きたくて行ってるんだし!

っていうか、本当に昔の及川くんじゃない!

普通の!』


“普通の” って、“悪霊じゃなくなった” って ニュアンスじゃなくて、“目立たない男子高生だった” って ニュアンスだったな...


『良かったぁ...

麻衣花から “メッセージで話した” とか、“会った” って聞いた時は、やっぱりまだ心配だったんだけど、全然 及川くんだわ!』


『ね、そうでしょ?』


印象が生前に戻ってて、俺も良かったけど、通りかかる人たちは 原沢を見ないように意識している。


「あのさ、他の人には 俺が見えないから... 」


はた と 止まった 今田と原沢は

『そうだった』と、スマホを耳に宛てたが

『及川くん、もうちょっと詰めてよ。

座れないじゃない』とも 言っている。

耳にスマホでも、ハッキリと俺を見て言ってたら 意味はないだろう。ますます遠巻きにされてるぞ。

しかも、二人並んで 誰かと通話中 ってヘンだろ。


『でも、及川くん。お仕事か何かで、お月さまから降りて来てんの?』

『あっ、今ね、話してくれてたんだけど... 』


だからさ。俺抜きなら、スマホ外して 普通に話せば いいんじゃないか?


とにかく 二人には

「御守り持ってるのか?

まだ、鬼神のことも解決してないから、あんまり出歩かないほうがいいよ。

大丈夫だと思うけど、もし 鬼神... 変な神様みたいなヤツに唆されても、一切 無視しないとダメだからな」と 注意して、ベンチを立った。... のに


『は? 及川くん、どこに行くの?

私、まだ話 聞いてるところなんだけど』


『そうだよ。今から リヒルくんのこと話すのに』


と、二人とも 俺の方に向いた。

耳にスマホ宛てたまま。


「いや、リヒル君を探しに... 」


『でも、当てもないんでしょ?

一緒に探そうよ。

ちゃんと美希に話すまで、ちょっと待って』


何でだよ...


「ダメだって。巻き込む訳には いかないし、相手は... 」と 言っても

『その、キシンっていうのに、お願いしなきゃいいんでしょ?

もう 最恐 及川くんに会ったことあるし、大丈夫』

『待っててくれなきゃ、神社に行っちゃう。

お世話になったし、しめ縄 護らなくっちゃ』って具合だ。


『あっ、そっかぁ!

神社で キシンを待ってて、“リヒルくんを返しなさい!” って言えば良くない?』


「いや、マジで やめて」


... ここで俺が消えて、本当に神社へ行かれる方が、今は危ない気がする。

霊になっても、ため息って出るんだな。


『じゃあ、消えっこナシね』


消えっこ か... 力なく頷いて、今田や原沢の彼氏たちに どう謝ればいいのかを考えるけど、あんな思いさせてて、また こういう... 申し訳なさすぎて、何も浮かばない。


『... でね、青い腕になっちゃってた人、大島さんって人みたいに、女の人が... 』

『えっ?! 奈瀬で?!』


二人が話している間、リヒル君の足の下に出来ていた 水たまりの事を思い出してみた。

あの時、鬼神は まだ近くに居たんだろうか?


でも、榊さんも何も感知してなかったよな...

あの言いぶりだと、黄泉軍の人のことは感知 出来なくても、鬼神本体のことは感知 出来るんじゃないか?

大神様が、神社で感知してたように。


黄泉軍の人が 凪さんと交渉した時に、鬼神を離れて単独で動けることは判ったけど、だったら今も、神社... 凪さんの近くにも居るんだろうか?

それとも、取り憑いてる鬼神から あまり遠くには離れられない... とか?


うーん... 距離 っていうか、結界 ってやつは関係するんじゃないか って気がする。

少なくとも、鬼神には。

大島君に お地蔵さんを捨てさせたくらいだし。


でも、黄泉の人たちが鬼神に憑いてる ってことは、剥き出しでは現世に居られない んじゃないだろうか?

いや、変な言い方になったけど、霊か何かに取り憑いてないと 現世に出れない んじゃないか?

黄泉の人たちに関しては 手しか見てないから、そういう気がするだけなんだけど...

もし そうなら、鬼神から あまり離れることは出来ないんじゃないか?


けど、榊さんは 鬼神を感知しなかった。

堂々巡りだな。

いや... 凪さんの時は、水たまりなんか あったか?

“足が青く”... って ショックで、それ以外 何も見てなかったし、俺らが 凪さんのところへ戻った時にはなかった。

だったら、リヒル君の時の水たまりは、鬼神に憑いた黄泉軍じゃない... ?

別の何か とか?


『... うん。やっぱり、リヒルくんに呼びかけてみるのが いいのかもね』

『うん。何かのカタチで返事があるかもしれないし。

ね? 及川くん』


今田と原沢の話が終わったようだ。

「うん? まぁ... 」と、返事になっていない返事をしてしまった。


『じゃあ、作戦会議しに行こ』

『うん。お腹 空いたしね』


「そうか。じゃあ、気をつけて... 」という訳にもいかず

『行くよ、及川くん』

『消えっこナシよ』らしい。

俺、もう 腹 減らないし、早く リヒル君を探したいんだけどな...


ベンチを立った 二人は

『いつも、どの辺りから 見かけてたの?』

『交差点からまっすぐ行ってね、右側の二つ目の角くらいからは見かけてたから、その辺の お店に入ってみる?』と、俺が消えないかと チラチラ見張りながら歩いている。

普通なら、逃げられる立場だと思うんだけどな。


「“見かけてた” って、大島君と鬼神のことか?」と聞くと、今田が頷いて

『及川くんが言ってたみたいに、“大島さんが どこで キシンさんに目をつけられちゃったか” とか、“キシンさんは 元々 どんな人だったのか” ってとこも わかった方がいいと思って。

大島さんに目をつけたところが、キシンさんのテリトリーだよね?』と言い、原沢に至っては

『“犯人は現場に戻る” って聞くじゃない?』と、何かズレてきているようだ。


『つまりね、リヒルくんを隠すんなら、自分が知ってる場所に隠すんじゃないかな? って考えたの』


おっ、そうズレてもなかったのか。

感心して、少し頼もしくも思いながら、二人の後について交差点を渡った。

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