32 瀬田 理陽


どういうこと? なんで?

鬼神の気配は しなかったし、今も居ない。


でも... スミカくんの両腕が変形した時も、すぐ近くに鬼神が居た訳じゃなかった。


仰向けに倒れている女の人の近くへ移動した。

オレくらいの歳... 20代半ばに見える女の人は、夢見心地な表情カオで 空を見上げてる。


周りには 人集ひとたかりが出来ていて

『大丈夫ですか?!』

『救急車、呼びましたから』と、心配している人も居れば

『何かの病気... ?』と 怖れている人、スマホで撮影している人も居る。

『何なに?!』『うわ、ヤバくね?!』って騒ぐ、明らかなヤジウマも。

どうしよう... ?


「どうする?

大神さまは、タカマガハラってところに... 」


カイリは

「浅黄君、柚葉ちゃん!

ちょっと降りれる?」と、空に向いて言った。


「ふむ。儂でも足りようよ」


んっ?!


女の人の声は、下からした。

キツネ... だよね?

クリーム色で、尾が 三つもあるけど...

首には ぐるりと、赤いラインが巻いてる。


「榊さん、ですか?」


カイリは 知り合いなの?

あっ、サカキさん って、月の宮で聞いた気がするなぁ。


人集りに どよめきが起こった。

倒れていた女の人が、忽然と

「はぁあ?!」

「えっ、鬼神に連れてかれちゃったの?!」

消えちゃって 焦ってたら

「むう... 騒がぬが良い。神隠し よ」って 怒られた。


「カミカクシ?」

「化かした ってことですか?」


「ふむ。

アコよ、里に良かろうか?」


男の人の声が「うん、わかった」って答えたのに、姿は見えない。この人もカミカクシされてるのかな?

それに、どよめいてた人たちも落ち着いてて、どの人も ぼんやりとした表情になってた。ナニゴト?


一人が、“あれ?”って風に我に返ると、他の人たちも たちまち我に返って、“何してたんだっけ?”って感じになったあとに、それぞれ 駅に向かったり、近くの店に入ったりして 散っていってる。

近づいてきていた救急車のサイレンの音も止んだ。


「幻惑じゃ」


それも、化かして ごまかした... ってこと なの?


「あの...  どうして、ここに... ?」


カイリが聞くと、キツネのサカキさんは

「大島なる者が、“誰かの足が取られた” などと騒ぎ出した故、幽世に上ったのだが、月夜見きみ様は まだ戻っておられぬであった。

お前の声がした故、儂が降りたのじゃ」と、白い靄に包まれた。


キツネが居た場所には、小柄な女の人が立ってる。

これ、サカキさん、だよね?

長くてしっとりとした黒髪に、切れ長の眼。

その眼の縁が赤くて、首にも赤いラインが巻いてる。

七分袖のシャツにカプリパンツって格好カッコなのに、妖艶。大人の女性 って感じ。


「大島君が騒ぎ出した って、誰かが鬼神に 精気を取られると、わかるんですか?」


「ふむ、その様であるの。... 何じゃ?」


あっ。カイリは普通に喋ってるんだけど、くちびるに見惚れていてしまった。

怪訝ケゲンなカオされちゃったし

「ゴメンナサイ」って 頭を下げる。

キツネって、すごいなぁ。


「儂は高天原へ報じに上がる故、お前達も幽世へ戻るが良い」


「えっ、何でですか?

鬼神がまだ近くに居るかもしれないのに!」

「うん、オレたち、まだなんにも... 」


「ほう。神隠しすらも出来ぬようであるが、何が出来ようか?」


そんなぁ... だってオレら キツネじゃないしー...

そういえば、オレなんか まだポルターガイストも...


「今みたいに呼べます」


カイリぃ...

真面目に答えてるけど、なんかカッコ悪くない?


「見よ」


サカキさんは、駅の端を指差した。

サビネコが お腹の毛繕いをしてる。かわいい。


「見張りであらば、あの様に足りておるのじゃ」


ウソだ。ネコは お仕事しないよ。

かわいいだけでいい って存在なんだし。


「浅黄や柚葉より、“鬼神が 生前、何者であったか との調査に降りた” と聞いたものだが、何か判ったのであろうか?」


「はい。病院で亡くなったひとじゃなさそうです」


カイリが、南病院に居た看護師さんの霊のことも話したけど

「つまり、正体は知れぬままである と」って返されてる。


「だから調べてるんじゃないですか」


「しかし、この様に近くに、鬼神が現れた事にも気づけぬであった様であるが。

先の女子おなごが 左足の精気を取られたのは、今し方のことであろうよ。

大島なる者の両腕が変形した際も、鬼神が精気を奪って間もなくであった と聞いたが」


「いえ。大島君の腕が変形した時、鬼神は神社の境内には居ませんでした」


眼の赤い縁にも 不機嫌だって見て取れるサカキさんは

「お前達が “気づけぬ故”、危険が及ぶ恐れもある と言うておるのじゃ。

鬼神が雲隠れしておるなり、凪に釣られるなどし、御社おやしろを狙うておる間に、お前達が調査をするのは良い。

だが、この様に 現世を彷徨うろついておるならば、話は別 という事よ。

相手には、黄泉軍よもついくさの方々が憑いておられる。

鬼神だけならば ともかくも、死人である お前達は黄泉に引き込まれる恐れもあろうよ」って、説明してくれた。

オレとカイリを心配して言ってくれてるみたい。


「でも俺らは、大神様の神使なんですよ?」


うわ、カイリ...  でも

「もし黄泉に引っ張られても、大神様に呼ばれたら 月の宮に... 」って 続けてたら

「黄泉軍の方々が離されようかのう?」って返されてる。えぇー... コワ...


「生者の精気を欲しておられるのも、他の神々の神域の境界を曖昧とし、また 御力を借りる為であろう。

黄泉軍の方々が それを為さるは、死人しびと等を黄泉へいざなう為 といった事であろうよ」


うん... 確かに、鬼神から聞こえた たくさんの声は、大神さまが 月の宮に魂を迎え入れることが、気に入らないみたいだった。

魂は黄泉に向かうべきだ って。すべてを産んだ伊邪那美さまの元に。

それに、“伊邪那美様は ただ泣いておられる”... って。


口ごもった カイリと、ついでにオレにも 切れ長の眼を流した サカキさんは

「戻るが良い」って、開いた右の手を肩の位置まで上げた。

アサギくんが開いた あの扉が現れて、中には 月の宮の草原が広がってる。


「はい... 」


うなだれた カイリと扉に向かっている時に、足が水たまりを踏んだ。


あれ? 雨、降ってなかったのに...

ん? なんで、水の感触が わかったんだろう?

死んじゃってからは、現世うつしよで そういう感触は なんにも...


足の下の水たまりが広がっていく。

これ、地面から湧き出てるの?

あ、指... あの白い手だ。足首を掴んで...


「リヒル君!」

「ならぬ! 離れよ!」


ゴオ... と いう音を立てて、真横に走る黒い炎を垣間かいま 見る間に、穴へ落ちるように水底へ沈んだ。

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