31 及川 浬


「キシンさん?

その方が、大島さんの息子さんを騙されたのですか?」


“鬼神の調査のためにきた”... と、鬼神のことや 大島くんのことを 掻い摘んで説明すると、ナース霊は眉をしかめて

「大島さんは、術後に 一度 風邪をひかれたものの、順調に回復されていましたよ。

ご家族も ご存知だったはずです。

息子さんは 何故、騙されてしまったのですか?」と、責めるかのような調子で聞かれてしまった。


「さぁ... 僕らにも、何故なのかは... 」


「あっ、でも!」... と、リヒル君が

「鬼神は、“夢に出た” って言ってました。

スミカくん... あ、大島さんの息子さんの。

だから、“治してやる” って言ったのも、“お母さんの病気は、神さまじゃなきゃ治せない大病なんだぞ” っていう暗示みたいのをかけて、不安にさせたんじゃないかな... とか」と 続けた。


そうなんだよな...

大島君が鬼神を呼んだんじゃなくて、鬼神が勝手に “夢に出てきた” っていうのは、俺も気にかかってた。


「そうだとしても、そのキシンさんは、大島さんが入院しておられるということを知っていなければ なりませんね。

もっとも、入院しておられる方は 他にもいらっしゃいます。それも考慮すると、元々 大島さんの息子さんが狙われていたのではないのですか?

病院ここを調べるより、もっと息子さんから細く話を聞く だとか、息子さんの周辺を調べた方が良い気がしますけどね」


確かに。ナース霊は

病院内ここで、そうした方を お見かけしたことも ありませんしね。

背中で合掌されているのなら 印象に残りますから」とも言っている。

なんか、あの廃病院に居た外科医霊とは大違いだな。

このひとが こう言うんだし、鬼神は、病院ここで亡くなった人の霊じゃないのかもな...


「うん、そうですよね。そうします」


リヒル君が明るく言って、俺も礼を言うと、そのまま病院の外へ移動した。


「お地蔵さんがあった四ツ辻って、あの交差点かな?

向こう側に川もあるよ」


リヒル君は、病院から見て右側を指した。

本当だ。

交差点の向こうに川が流れていて、病院から真っ直ぐ右へ進もうとすると、その川に架かる橋を渡ることになる。

ついでに、鬼神が狙った雨宮神社は、病院から見て左の方向に進む。


右側にある あの川の向こうは、今田と待ち合わせた南駅の方向だ。

... ってことは、鬼神が大島君に目をつけたのは、川の向こう側で ってことになるのか?


大島君に目をつけて、交差点のお地蔵さんを川に捨てさせる。

そうすれば、病院の方向... あの雨宮神社がある方向にも立ち入ることが出来るようになる。


リヒル君と 川に降りてみたり、お地蔵さんが祀られていたであろう 今は空っぽの小さな木のお社を見てみたりもしたけど、何もわからなかった。

お地蔵さんも、お寺で供養されてるところらしいし、不思議と霊も見かけない。

この辺りに居る霊は、あのナース霊に入院させられるんだろうか?


「スミカくんの部屋に お邪魔してみる?

オレ、お邪魔したことないし、何か残ってるかもしれないし」


ピンクブラウンの髪の間の 色素が薄い光彩の眼を見ながら、別に リヒル君が、大島君の部屋に お邪魔することも無いんだけどな... とか思ったけど、一応 行ってみることにする。


「じゃあ、迷っちゃうから」


笑顔で手を差し出している。

慣れてきたので、「うん」と普通に握ると

「頼んだよ、相棒!」と 嬉しそうに言った。

うー... こういうの、どう形容すればいいんだろな?

俺の中では新しくはあるけど、イタめ だよな。


大島君の部屋の玄関内に お邪魔すると、リヒル君は

「ふーん... 男の 一人暮らし って、やっぱ こんなもんだよね」と、キッチンの棚に置かれていた カップ麺を見て言った。

うん、まぁ。俺も こんな感じだった。

ごみ袋の中には、コンビニ弁当のパックなんかが入ってそうだ。


いや、気を取り直して

「コックリさんみたいなことして 鬼神と話してた部屋は、奥の部屋なんだよ」と、ベッドと テレビや棚の間を通って、奥の部屋へ向かう。


ベニヤ板製の引き戸を開けると、畳の部屋だ。

ただし、両側の壁は 黒い布地で覆われている。

ベランダのカーテンは白い。


畳の床の上にも 縦横 2メートルくらいの正方形の黒い布が敷かれていて、そこに小さな机がある。

文机みたいなやつ。


「わぁ... お手製の占いの部屋っぽいねー。

スミカくん、カタチから入るタイプなのかな?」


何かズレてる気もするけど、まぁ、そうなのか?

夢に出てきた鬼神と話す... いや、交信?するために、こういう布を取り付けた ってことだもんな。


「でも、コックリさんの板が ないね」


「あぁ、そうだ。

ルカくんって人が、“板も見たい” って言ってなかったっけ?」


大島君を “里” ってところに連れて行って、板を取りに来たんだろうな。

ついでに、お祓いか何かでもしたのか、見た目にヘンな部屋ってだけで、気になるような念みたいなものも残っていなかった。またハズレか。


「うーん...

あとは、ここから スミカくんの職場までが アヤシイのかな?

マイカちゃんは いつも、羽加奈 南駅の近くで、鬼神と スミカくんを見かけてたんだよね?」


「そうだな... 」


大島君の部屋から、マンションの廊下へ出ると

「とりあえず、ここから最寄り駅まで歩いてみようか?」と、エレベーターの前まで歩く。

大島君の部屋は、このマンションの五階の角部屋だ。


エレベーターまでも何も無いし、マンションの周辺を回っても 何も無い。

最寄り駅まで歩きながら、“今田が降りたのも 同じ駅なんだよな”... と 思い出した。


駅が見えてきて、なんとなく リヒル君に話してみると

「えっ、そうなんだ!

あっ、本当だ... 菜瀬なせ駅。

マイカちゃんは、線路を挟んで あっち側?」と聞いた。

そう。と 頷く。

こっち側の方が、今田が住んでる側より 寂しげな雰囲気だ。

でかい道路が通っているのも あっち側。


「なんか、イヤな偶然だねー。

あ、スミカくんの部屋と近いのが ってことじゃないよ?

鬼神が、マイカちゃんの近くにも来てた ってのがさぁ。

線路で区切られてて 良かったけど」


ん... ? 線路って、区切れるのか?

“川” とか、神社やお寺の “聖域” っていうのは、区切られてる気がするんだよ。なんとなく。

でも、線路は どうなんだろう?

それより、道祖神 っていうのが祀られてる方が確実な気がするんだけどな... 今 供養されてる、お地蔵さんみたいに。


「あっ、カイリ。何か気になるの?

マイカちゃんに、“あれから何もない?” って聞いてみたら いいじゃん」


気には なる。でも、霊である俺の方から?

今田、ビビるんじゃないだろうか?

それに、今田の方から連絡がない ってことは、何も起こってないんじゃないかな?

大島君は隔離されて護られてるから、もう鬼神も見てないんだろうし。


そういうことを言ってみると

「うわ、逃げ?」って 顎 上げて見やがった。


「カイリさぁ、鈍感だし、気が利かないよねー。

マイカちゃんだって、スミカくんが どうなったか気になってると思うよ?

でも、カイリが忙しいかも って、気を使って連絡してこないんじゃない?

自分から連絡して、報告して、謝りなよ」


何も返せねぇ... 「あ、うん」と しか。


ふぅ... 大島君の腕が変形してしまったことは伏せて、報告するか...

気が利かない ってのは、自分でも気づいてたし。

“変わりないか?” って聞いて

“まだ解決はしてないけど、腕が青くなってた人には、透樹君たちが ついててくれてるよ”... とか入れてみるかな。


スマホを取り出して、メッセージアプリの今田のところを開いていると、リヒル君が

「電車に乗って、羽加奈 南まで行く?」と、うきうき気味に聞いてきた。

乗る意味はないだろう。首を横に振る。何が楽しいんだよ。


「えーっ、いいじゃん、乗ろうよー!

マイカちゃん送った時、楽しかったじゃーん」


「リヒル君が何でも楽しいだけだろ... ってか、うるさくて 今田にメッセージ入れられ... 」


ブワッ と、人々が発する何かが増幅した。

駅の向こう側が 騒然としている。


すぐに移動してみると、駅前の道路の向こうに 女の人が倒れていて、スカートから観える左足が変形していた。鳥の足の骨のように。

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