26 瀬田 理陽


「落ち着いたか?」


カイリと 一緒に大木の下へ走って行くと、大神さまが聞いてくれた。優しい顔で。


「ハイ!」って返事を返した カイリに続いて、オレも頷いた。ちゃんと伝わるように真剣に。

月の宮は不思議な場所で、ここに戻るだけで落ち着いて、穏やかな心で考えることが出来る って知った。


「浬さん、理陽さん。大変でしたね」


ユズハちゃんが小さく傾げて、おかっぱの毛先を揺らしてる。

鬼神のこと... スミカくんや凪さんのことも、大神さまから聞いたみたいだ。


「いや、何も出来なくて... 」


カイリが答えてて、オレは また頷くだけだった。

足元に揺れる柔らかい草を見ながら。

不甲斐フガイないよね...


「仕方ないですよー!

だって、月さまも負けちゃったんだし」


わあぁ...

思わずユズハちゃんに眼を上げると、大神さまが ユズハちゃんに眼を流してて、ユズハちゃんは「アハハ」って笑ってる。


「でも、月さまは引き下がる神さまじゃないから、大丈夫ですよ。負けずキライだし」


ユズハちゃん...

白い神御衣の袖から片手を出した 大神さまは、緩く握った手の人差し指側を口元に宛てると、軽い咳払いをして「うむ」って言った。

大丈夫そうだけど、こっちがハラハラするよ。

カイリも何も言えてないもん。


「俺は これより、今 一度 高天原へ上がり、先刻の話をせねばならぬ」


大神さま、行っちゃうんだ...

その間、月の宮ここも 凪さんたちも、大丈夫なのかな?

「はい」って返してる カイリの声も不安だし、てんで無力なオレも不安。

凪さんのこともあるし、もしここに鬼神が来ちゃったりしたら、オレとカイリだけで ユズハちゃんを護ったり逃したり出来るのかな?

月の宮に居る 他の人たちも...


「案ずるな」


大神さまは微笑って

「凪には、サマエルや朋樹が付いておる。

ここには浅黄を置いて行く」って言った。

アサギ?


「浅黄」


大神さまが呼ぶと、ユズハちゃんと向き合う形で立ってるオレとの間の空間が 切り裂かれた気がした。下から右上に。

でも そこには、なんか艶やかで豪華な二枚の扉が現れて、一枚が引かれて開いていく。

ナニ これ... ?


月夜見きみ様」


長い黒髪の男のヒトが立ってる。

眼、でか。口元は引き締まってるけど 優しそう。

歳はオレより ちょい上に見える。カイリくらいかな?

黒い着物?に、黒い袴。右手には黒い薙刀。

なんか、時代錯誤っていうより、タイムスリップしてきた人っぽい雰囲気。

でも、頭の上には何故か、黒くて犬っぽい三角耳が載ってるし。

かわいいけど、コンセプトがイマイチわからないなぁ...


「これは、狐であるからな」


大神さまに向いたら、オレの方を見て言ってた。

あぁ... たぶん、頭の上の耳を見てたからだ...

初対面なのに、失礼だったよね...

けど、“キツネ”?


「これは俺の下で働かせておる、浬と理陽よ」


大神さまに紹介してもらってしまって

「はじめまして。及川 浬です」って挨拶したカイリに続いて

「あ! あの、瀬田... 」って モゴモゴ言った。


「うむ、浅黄と申す」って微笑った アサギくんは、白い霧のようなものに包まれたようになって、なんか よく見えない。

ん... ? と、目を細めている内に、アサギくんが立っていた場所には、黒い毛に銀毛が混ざる キツネが座ってて...


「えっ?! 本当に?!」


カイリも驚いてるけど、オレは声も出ない。

だって、キツネに変身した ってこと?

いや それとも、本来の姿に戻った の?... っていうか、黒いキツネって いるの?


でも、なんだろう... ?

キツネにしたら、ちょっと大きめ。かわいいなぁ。

つい、アサギくんに近づいてしまう。


「うむ。人化けをして参ったが、この様に... 」


そして しゃがみ込むと、黒い狐のまましゃべってる アサギくんの顔... 両方の頬を、両手で包んでみた。短くても柔らかい毛と、ヒゲが当たってる。


「リヒル君! 何やってるんだよ?!」


後ろから カイリの両腕が、オレの脇の下をくぐってきて、草の上をズリズリと引きずって離されながら、あーあ... 仲良くなりたいのに... って しょんぼりな気分になる。


話してた形のまま口を開けて、呆然としてるように見える アサギくんの背後... 開かれてる扉の向こうには、桜が咲いているのに モミジも紅くて、ユズハちゃんの笑い声で、我に返った。


本当ホントに、何やってるんだよ?!」


上を見上げると、オレから手を離した カイリが焦った表情で言ってて、うんうん頷いて見せる。

うん、オレ、なにしてるんだろ?

なんで あんなこと...


「気にせぬで良い」


大神さまは、オレにも アサギくんにも言ってて、ユズハちゃんは まだ笑ってる。頬が熱い。気がする。


また白く霞がかる中で、黒い着物に袴のヒトの姿に変身した アサギくんは、大神さまに

「はい」って頷いて、オレにも微笑ってくれたけど、オレは、聞こえるか聞こえないかってくらいの声で

「ごめん なさい... 」って 言っただけだった。


「鬼神の事は?」

「はい。ルカより連絡が入り、聞いております。

大島 澄夏すみかなる者を、里にて 共に見ておるところで... 」


何もなかったかのように、大神さまと アサギくんが話してる。

ルカ って、悪魔が友達の騒がしい人のことだよね?


鬼神のことがあってから、全然 会ったことがない アサギくんが

「しかし、伊邪那美命の結界を... 」って、しっかり状況を把握してるみたいだし、すごい伝達力 っていうか、チームワーク?っていうか... とにかく、一丸となって それぞれが分担、対処するのがツネ って感じする。


「理陽さん、浅黄さんと 仲良くなりたかったんですか?」


「わぁっ!」


上 向いたまま、オレに呆れてる カイリを見てたら、すぐ前に ユズハちゃんが立ってて、悲鳴を上げてしまった...

ビクつきもしたし、謝ろうとしたら

「驚かせちゃいました?」って、気にさせちゃってるし。ダメだね、オレ。


小首をかしげた ユズハちゃんに謝ろうとしたら、カイリが

「柚葉ちゃん、気にしなくていいよ。

リヒルくんは、だいたい挙動不審だから。行動も対応も」て。

うん。フォローとかじゃなくて、本気で言ってるね。


「浅黄さんも、月さまの神使なんですよ。

他にも 狐ちゃんなら、さかきさんって人とか、白尾ハクビさんって人も。

あ、白尾さんは、狐ちゃんと人間のハーフなんですけど」


そうなんだ... うん、そういえば なんかで聞いたことがあるかも。

神さまの お使いには動物もいる って。キツネとかイノシシとか、えーっと... あと、トリとか?

キツネと人間のハーフには、もう追いつけないや。


「えっ? 榊さんも?」


カイリが また驚いてる。

知ってるのかな? サカキさんってヒト。


頷いた ユズハちゃんは

「榊さんは 界の番人だから、月の宮ここと現世だけじゃなくって、いろいろな幽世の界の扉を開かれるんです。

あ、外国の神様の界は、許可を得られたトコだけみたいですけど」って教えてくれてるんだけど、サカキさんも知らない人... いや キツネ?だし、界とかも よくわからない。


「... 大島なる者が川に落とした という、地蔵尊像の事ですが、桃殿と引き上げ、沙耶夏さやかゆかりある寺にて供養しております」


話がわからないからか、アサギくんの声が耳に入った。

スミカくんが川に落とした っていう お地蔵さま、ちゃんと引き上げられたみたいだ。

みんな、動くの早いなぁ...

お地蔵さまには、オレも謝りに行こう。


「うむ」って ねぎらうような表情かおで、アサギくんに頷いた 大神さまは

「俺は、高天原に昇らねばならぬ。

後に 伊邪那美にも報じねばならぬであろうが、戻るまで... 」って、アサギくんに 留守を任せてる。


「御意」


アサギくんが、まぶたを伏せて “承知しました” って示したら、月影... 大神さまの愛馬が 悠々と歩いて来た。

いつの間に こんなに近くまで来てたんだろ?

もしかしたら、大神さまの意志が伝わるのかな?


月影のたてがみの下をひと撫でした 大神さまに、月影が甘えるように鼻を鳴らして応えて、乗りやすいように四肢を折って 体高を低くした。すごいなぁ...


大神さまが乗ると、月影が立った。

オレらに「では」って言ってくれた 大神さまに、ユズハちゃんが

「はい、月さま。行ってらっしゃい」って 手を振ってて、焦って立ち上がったオレも、アサギくんや カイリにならって、頭を下げれた。


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