23 及川 浬


「さて。今後の事であるが... 」


その身から発せられている白い光を纏う 大神様に向くと、まだ何も解決していないのに、脱力するほど緊張が拔けた。


あぁ、怖かった...

悪魔って、本当に実在してたのか...

ルカって人は、なんで あんな恐ろしいものを呼んで、簡単に契約なんか結んだんだろう?


でももう、大島君って人は、腕以外は取られないし、死んでしまうこともない。

その点だけは 安心だけど、今田には話せないな。


「あの、大神さま」


リヒル君だ。


「どうして、悪魔との契約を、黙って... 見て たんですか... ?」


質問の最後の方は、口の中で喋ってるんじゃないかってほど 尻窄みになった。


「うむ。

あの ハーゲンティなる者は、地界の賢者なる者であり、契約を交わした ルカなる者とは、友であるのだ」


“友”? 悪魔と?


「凪が言うておったが、大島 澄夏なる者に 自身の行いを見つめさせ、また 鬼神より護る為の措置であった。

此度は、日本神こちら側が借りを作った形には なったが」


そして大神様は

「その昔は御使いであり、堕天した者だ。

異国の悪魔ではあるが、俺も荒御魂に傾いた際は、同じく悪魔として見られようの。

あちらでは “退しりぞけ” と祓うが、こちらでは “怒りを鎮められよ、祟ってくれるな” と祈る。

生者の対応の差はあれど、対する相手は そう変わらぬものよ。

ハーゲンティなる者は、信用して良い」と言った。


大神様が言うのなら 大丈夫なんだろうけど、正直、あの悪魔と 荒御魂に傾いた大神様に 大した差はない... っていうのは腑に落ちない。


リヒル君は、“そうなんだ” って顔になったけど、まだ

「でも、ルカくんの魂は、ハーゲンティさんのものになるんですか?」って聞いてる。


『だから、鬼神のことが解決して 大島って子に心配がなくなったら、あの契約は破棄されるの。

言ってたでしょ? ハーゲンティが。“茶番を” って』


凪さん、大神様の代わりに説明してくれたんだろうけど、面倒くさそうだな...

リヒル君は

「そうなの?! ハーゲンティさん優しい!」って感動してる。

でも そろそろ、“今後” のことを聞いた方が良さそうだ。大神様を待たせちゃってるからさ。


「大神様。

鬼神と、大島君の腕については... ?」


俺が聞くと、リヒル君は ハッとした顔で黙った。

やっと、大神様の話の腰を折ったことに気付いたみたいだ。


「うむ。

黄泉軍よもつの者等さえ抜けば、鬼神は月で何とか出来ようが... 」


鬼神は、はくか人霊だもんな。

腕を橋から現世うつしよへ戻して、鬼神だけ 往くべき界... 罪過を払う界になりそうだけど、そこに送ればいい。


問題は、黄泉の人たちなんだよな。

伊耶那岐命いざなぎのみことが追われて逃げたくらいなのに、どうするんだろう?


「伊耶那美は、“返せ” と申しておるからのう。

鬼神ごと処分する訳にもゆくまい」


あれ? “処分” って、大神様なら黄泉の人たちを やっつけられるんだろうか?

大神様たちを生んだ 伊耶那岐命は逃げたのに?


「あの... 」


辿々しく その辺りを聞いてみると

「父、伊耶那岐は、“黄泉に囚われる” ことより逃げたのだ。

死す事により、黄泉の神となる事 よりの」ってことらしくて

「俺や須佐、天照は、“その後のみそぎにより” 生まれておる。

伊耶那岐が “死国のけがれを禊いだ事” により、禊いだ穢れの中に生まれたのだ。

よって、黄泉の者に対し 力が及ばぬという訳ではない」ってことみたいだ。


伊耶那岐命に 黄泉の穢れがなかったのなら、大神様たちは生まれなかった。

だったら、伊耶那岐命ひとりから生まれていても、伊耶那美命が母になる ってことなのか?

みそぎで清められて生まれたけど、黄泉のけがれも継承している... だから、太陽や月、根国... 海の底 っていう、生きた人間の手が届かないところの神様になったんだろうか?


「黄泉の者等が、鬼神の内に隠れておることが問題であるのだ。

そう簡単には離れぬ。また、離さぬであろうの」


鬼神が、精気を持つ “神にも等しい” 奴になったからか...


『で、やっぱり鬼神は、生きてる人から精気を奪って パワーアップしていくつもりなの?』


大神様は、凪さんが言ったことに 息をついてるけど、更に

『でも、最初に鬼神が狙ってたのは “あめのみやのけっかい” だったんでしょ?

伊耶那美命の聖域じゃなくて、この拝殿... つまり、伊耶那岐命か 月夜見様の聖域だったんだよね?

なんでなの?』と聞いた。

これ、鬼神に聞くべきなんじゃないのか?


『お地蔵さんを川に投げさせた時みたいに、単に結界を破って、自分の行動範囲を拡げるため?

それか、伊耶那岐命の聖域を冒して、禊がれても祓われないような力を得るため?』


「恐らくは、結界破りであったのであろうが。

凪が言う様に、あわよくば 祓いを受けても誤魔化しが効く様 との思惑があった とも考えられる」


『じゃあ、月夜見様の聖域だったら?』


えっ? 幽世... 月の宮に侵入されることも考えられたんじゃないか?

大神様の眉間にしわが刻まれた。

リヒル君も空気 読めてるくらいだ。黙って 話を待つべきだな。


けど 大神様は何も言わず、凪さんが

『あの鬼神になった霊さ、最初から ちょっと妙じゃなかった?

常夜とこよるの闇も出してなかったし』と言ったから、思わず

「あっ!」って声を出してしまった。


そうだ... 現世に留まっている霊の大半は、あのくらい靄を出している。

強い怒りや怨み、未練で 残ってしまっているからだ。俺も そうだった。

リヒル君は

「うん。死んだって知った時に、ちょっと “やだ” って思ったくらいで出たのに」って言ってるけど。うん、出してたな。嫌がらせのように ガバガバと。


今の俺や リヒル君から あの靄が出ないのは、もちろん、大神様から加護を授けられてることも 大きな理由だと思うけど、幽世の住人になってから 改めて現世に降りているからだ。

自分の死を受け入れてる。

鬼神からは、あの闇が出ていなかった。


... 魂魄こんぱくの、“はく” ってやつかな?

生物が死ぬと、魂... 精神は天に昇るけど、魄は地上に留まる。

この魄の正体って、漠然としてるんだよな。

行き倒れになったりして人知れず死んだ人の霊だったり、幽世に昇っても 現世に残してきてしまった念だったり。


身体が滅びて 魂は天へ昇っても、地上に残ってしまう何か って感じだ。

でも鬼神を最初に見た時は、ひとりの人霊だと思ったんだけどな...


あ...  亡くなった時に、生前の記憶を失ってしまってる人なんだろうか?

だから、怒りや怨みも忘れてて 闇が出ない... とか?


または、俺らのように...


「伊耶那美の聖域を冒した後の鬼神の声は、複数人が 一度に話す声であった様だが、黄泉軍よもついくさを取り入れる前は どうであった?」


大神様に聞かれて、リヒル君と顔を見合わせた。

そういえば、大島君に付きまとってた鬼神が話すところは聞いてない。


そのまま答えると

「一人の声であったか、複数であったかは はっきりしておらぬ、という事であるな」と確認された。


でも 大島君に付きまとっていた時の鬼神は、一人の人霊 っていう印象だったんだ。

そのことを添えると、リヒル君が 俺に

「一人だったけど、変な霊 って思ったよね。最初から。話が通じなさそう... っていうか、オレは、“あの霊、話せるのかな?” って思ったよ」と言った。

確かに、普通の霊 って印象でもなかったけど...


「俺は 常夜とこよるあるじでもあるが、底に在る闇は くらい欲望や 恨みつらみの念などであり、はくでは無いのだ」


大神様が言ったことに、リヒル君は 微かに首を傾げて “わかりません” って感じだけど、そうか...

人や霊からも離れてしまって 地上に留まってる魄は、常夜に送られるものだとは限らない。

あの冥い靄になるほどの強い念ではなく、人や霊から溢れ出ているものでもないからだ。


「大島なる者の精気を取り入れる以前は、力無き者であった事は 確かであろう。

だが、現世にて魄を取り入れた者 であった恐れはある」


ハク

それを取り入れると、どうなるの?』


凪さんも、魄に対する理解は 俺やリヒル君程度みたいだ。

大神様は

「個人の霊の記憶や意思が、魄の記憶や遺志と融合し、混濁する。

しかし 融合しておるが為、一人の霊と見えようが」と言って、開いた右手に 大神様の背丈を越える大きな三ツ又のほこを握られた。


大神様は「凪」と、拝殿に眼を流して 凪さんを誘導しながら、右手に握った矛を投げた。

滑空する矛は 俺とリヒル君の頭上を過ぎ、鳥居の上に居たものを刺し貫き落としている。


「当人に聞くが良かろうの」


「凪。お前は 拝殿内に居れ」と言った 大神様が、鳥居に向かって歩き出した。

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