22 瀬田 理陽
ハーゲンティさんは、そっけなく
「こちらは構わんが」って ルカくんに頷いて、ジェイドくんは
『ルカ。尊い精神だ』って きれいに微笑ってる。
『... って、ください』
男の人が声を出した。
震えながら 絞り出すみたいに
『この人は、悪魔なんじゃないんですか?』って。 えぇー...
悪魔なの? だから こんなに怖いんだ...
でも ルカくんは
『うん、そー。だから、契約の願いは確実に叶えるし』って、男の人に微笑った。
ジェイドくんも
『それで 羊飼いである僕には、契約の代行が出来ないんだ』って 申し訳なさそうに添えてるし。
羊飼い? 本当に何なんだろう、この人たち。
「それでも、その者の名は 契約書に記さねばならん。
誰の
『名前は?』って、ジェイドくんが聞いてる。
男の人が答えないでいると、ルカくんが
『ごめん。読むね』って 男の人を見つめて
『大島
男の人は ルカくんに顔を向けて、ぽかんとしてるんだけど、これ、当たってる ってこと?
「では、スミカ・オオシマ。
契約書に名を記しておく」
スーツの腕を伸ばした ハーゲンティさんの赤い手の指先に、ルカくんが 皮の紙を差し出して触れさせると、皮の紙に書かれた文字が動くのが見えた。
男の人の名前が、本当に書かれたみたいだ。
『ジェイド、ナイフー』
ルカくんが言うと、ジェイドくんは 後ろに回した手で黒柄のナイフを取って、ルカくんに渡した。
ベルトにつけてる革の小物入れに挿してたみたいだけど、あんな物騒な物を持ってて 捕まらないのかな?
オレの視線に気づいて
『仕事道具なんだ。一応ね』って 穏やかに微笑ったけど、神父さんなんじゃないの?
ますます怪しさが募るよ。
『本当は、神社じゃ ご
ルカくんが 左手に持ったナイフで、右手の指先に傷を付けてる。
玉のような赤い血が 灯りに照らされて光った。
『あの、待ってください!』
男の人... スミカくんが止めてる。
『俺、自分で 契約します。
どうして、他人の あなたが... 』って。
でも ルカくんは、最初から そのつもりだったのかも。
だって スミカくんの手じゃ、サインは出来ない。
わかってたことだと思う。
そして たぶんこれが、“茶番” なんだ。
ハーゲンティさんは 大神さまと知り合いなんだし、ルカくんが呼んだんだから。
『だから、大島くんは 手が、さぁ』
「いいや。
スミカ・オオシマの血液を その枯れた指の先に付け、契約書にサインさせれば良い。
本人と我との契約は成る」
ハーゲンティさんは、漆黒の眼で スミカくんを見つめてる。
「
今更、一つ 二つ 契約が増えようと... 」
それから「さて。
赤い肌の顔の鼻や頬が ぐうっと盛り上がり伸びるように変形して、黒い動物の顔に変わっていく。
牡牛の顔に。
頭には 長い 二本のツノが 緩くカープしながら後ろ向きに伸びて、その先はゴールドに輝いた。
身体は、人型だ。
黒い身体の背には 黒い翼が生えてきて、背は 2メートル以上。
少し長くなった腕の先、手の指の爪も伸びてる。
畏れ って、こういうものなのか... 怖い っていうのも越えて 神々しくも感じる。
胸の中まで ぞわぞわと震えるのに、ただ静かだ。
「我が名は、ハーゲンティ」
『彼は その昔、ソロモン王に使役されたんだ。
自身の軍数は 33 だけど、地界... 彼らの世界の軍 全てを動かすことが出来る 総裁だよ。
序列は 48。錬金術が得意で有名みたいだね』
ジェイドくんが紹介している間、スミカくんは 悪魔の姿になったハーゲンティさんを見上げて、泣いてしまった。
もちろん、怖いのもあると思う。
人間じゃない悪魔になんて、会ったことがある人の方が少ないだろうし、オレも初めて会った。
でも スミカくんが、“お母さんの病気を治してあげる” って 甘い囁やきに乗って、降霊術みたいなことをして呼び寄せてしまった鬼神は、ハーゲンティさんみたいに 自分の姿を見せることもなかった。
鬼神のことに後悔もしてるんだろう と思うけど... 騙されたのは かわいそうだって、まだ思ってしまう。
「契約を」
牡牛の悪魔から発せられる、艶のある深い声に
『うい』って返した ルカくんが、皮の紙を差し出した。
スミカくんが ぎこちなく動かした顔を向けると
『もう、サインしたし』って...
皮の契約書を 長く鋭い爪の手で受け取った ハーゲンティさんは、サインを確認すると
「未だ お前の身体に宿る魂を我の所有とし、守護しよう」って、スミカくんの額に触れた。
その爪の下、額には、黒い円の中に模様や文字が入ったものが描かれて、それが、すう... と消えていく。
「用は済んだ」
赤い肌の人型に戻ったハーゲンティさんは、一度 大神さまに眼を向けると、臥せた瞼で挨拶をして消えてしまった。
ハーゲンティさんが立っていた場所には、最初から誰も居なかったんじゃないか?って錯覚するような、妙な気分になった。
今のは、夢だったんじゃないか って。
でも それは、契約とは無関係だった オレやカイリだけが感じたことみたいで、スミカくんは
『どうして ですか?』って、ルカくんを責めて泣いてる。
『いや だから、書けねーじゃん。
軽はずみに降霊なんか やったからじゃね?』
う... 聞いてる方が 胸が痛い。
スミカくんが黙ると、ジェイドくんが
『ルカはバカだから、こういう言い方しか出来ないんだ。ごめん』って謝った。
『鬼神のことがあるのに、悪魔とも 二重に契約するなんて、君の荷が重くなり過ぎるからだよ。
それに、悪魔の契約期限は 10年 ってことが多いんだけど、ルカは寿命までは生きられる。
寿命を全うした後に、魂をハーゲンティに取られるだけでね』って 説明もしてる。
そうなんだ... 余計 つらいんじゃないかな?
会ったばかりの無関係の人が、自分の荷まで背負う となると。
待って... 魂を取られる って、死んだ後のルカくんは、月に昇れないの?
大神さまは、どうして黙って...
『まぁさ... 』
あくびした 凪さんは、ルカくんたちに
『アヤシイものに唆されても乗らない方がいい ってことは、もう充分 分かっただろうし、今は 大島くんも まだツライんだから、その辺にしときなよ』って注意して、スミカくんには
『ツライ時に、神様に願うのはいいと思うよ。
でも 利用するんなら、こうして代償が必要になんの。それも、自分ひとりでは済まないかもしれないんだし。覚えとくようにね』って言った。
『でも... それは、悪魔だから じゃないんですか?』
聞きづらそうに聞いた スミカくんに、凪さんは
『これまでの あなたの考えでいくと、“努力してもムリな願いを叶えてくれる” のが神様なら、悪魔でも何でも “神様” になるんじゃない?
翼をやるから腕を渡せ と言った鬼神様は、悪魔と どう違うの?
自分に都合が良ければ、何でも “
ちょっとー... 今、ルカくんたちには、“その辺に”... って言ったのに。
『余計な干渉はせずに見守ってくれてる神様に、本来なら
願い事がある時だけ、“これあげるから叶えて” って言うの?
そういう人って、人付き合いも そんな風なんだろうけど、勘違い
「凪。もう良かろう」
大神さまが止めてくれて、カイリも
「凪さん。
俺も 大島くんの立場だったら、乗ってたかもしれないです。
藁にもすがりたい時に、“助けてやる” って人が現れたら」って言ってる。
うん。きっと、オレもそうだ。
神さまや悪魔のことなんて よく知らないから
“何を手放しても構わない” ってくらいの願いがあって、“それを叶えてやる” って言われたら、感謝して飛びつくし、それが オレの神さまになる。
ふう... と息をついた 凪さんは
『こういうの、口にするのもダルイんだけど、“助け合い” とかって、
だいたい、救い って “結果だけ” なの?
満足する結果が得られなかった としても、誰かが気にかけてくれてたら 心は救われるでしょ』と、面倒くさそうに言った。
“こんな基本的なことを どうして言わなきゃならないの?” って感じで。
オレも、小さい時から いろんな人に聞いて 知ってる。“助け合う” って言葉だけなら。
ただ、それを実行したことは ほとんどなかった。
そうしてたら、その言葉から本質が失われた。
オレの中で、言葉を空っぽにしてしまった。
黙ったままの スミカくんに、ジェイドくんが
『とにかく、もう休んだ方がいいね。
車で送るから』って言ってて、ルカくんと ジェイドくんが 両側から脇を支えて立たせてみてる。
『それに、今夜は僕らが 一緒に居るよ』
『どうして ですか?』って聞いた スミカくんに、ルカくんが
『だっーて、降霊に使った板 見ねーとだし、お地蔵さん流した川も教えてもらわねーとだしさぁ』って返してるけど。
『凪、天空精霊は解放するけど、いい?』
拝殿の前に立つ 大神さまにも視線を向けて聞いた ジェイドくんは、大神さまに頷かれて、凪さんにも
『うん。その人が移動したら ここに鬼神が来る確率は低いと思うし、サムが戻って来た時に困るしね』と返されてると
『そうだね。
じゃあ、もし何かあったら すぐに伝えて』って、オレとカイリにも言って、拝殿の右側へと歩き出した。
枯れた手を引きずりながら歩く スミカくんを支えてる 二人の背中を見てたら、今夜 一緒に居る本当の理由は、“心配だから” が 一番なんだろうな... って気がした。
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