20 瀬田 理陽


状況を把握する って、起こったコトだけを言うんじゃなくて、こういうことなんだ。

ちゃんと知ること。どうして こうなってるか とか、誰が どんな気持ちでいるか とか。


あの霊... 鬼神は、優しい人に付け込むヤツだ。

誰かのことを想って、不安にもなっている人に。

そういう時って自信がなくて、コントロールされやすいんじゃないかと思う。

あと、欲にまみれてる時とか、自分を見失ってる時に。


泣いてる この人は、悪い人じゃない。

やり方は どうであれ、お母さんに元気になって欲しかっただけなんだ。

それなのに オレは、この人が まだ鬼神のせいで ぼんやりしてしまっていた時に、“イッてる” とか “死にかけてない?” だとか、簡単に思った。

サイテーだ。


ごめん。

騙されて、腕を取られちゃって、悲しいよね...

オレが絶対に取り戻すよ。

お母さんや お父さんと暮して、支えてあげてほしい。

それを諦めないでほしい。


『少し、落ち着いた?』


ジェイドくんが聞いてる。

カイリが、オレの肩に手を載せた。

離れても 大丈夫なのかな?

だって こういう時は、抱きしめてほしいと思うんだ。誰かに。そう言えなくても。


『はい... 』


男の人が そう答えたから、そっと身体を離してみる。

泣き疲れた顔をしているけど、泣く前程 混乱してるようには見えない。大丈夫かな?

両手で頬を包んでみる。


『あなたが退かしたっていう お地蔵さんのことだけど、どこの川に捨てちゃったの?』


凪さんが聞くと、男の人は

『病院の、近くの... 』と、詳しい場所の説明を始めた。

辻地蔵さんが 元々 祭られていた場所の向かいに川があるみたいだ。狭い道路を挟んで。

深夜、車も通りかかっていない時に 祠から持ち出して、川に投げ入れちゃったんだって。


『元に戻さないとね』

『お寺さんに事情を話してからになるけど』


ジェイドくんや 凪さんが話してるのを聞いて、男の人は、“何てことをしてしまったんだろう”... って顔になってる。

そして、自分の手を見た。

“そんなことをしてしまったからかもしれない” って 思いはじめてるように見える。

それは、違うよ。鬼神のせいだ。


お地蔵さんにしたことについては 悪いことをしちゃったな... って思うけど、心から反省して謝ったら、きっと許してくれると思うんだ。

“悪いことはしちゃいけない” っていましめられることは あったとしても。

鬼神にコントロールされちゃってて 悪ふざけでしたんじゃないし、お地蔵さんは、衆生みんなを救ってくれるんだから。


救う って、“たすけて” って思うことを解決するだけなんじゃなくて、心に芽生えさせてしまった 暗いものや冷たいものを取り払うこと とかも入るんじゃないのかな?

あと、何かで目が曇ってたりする時に、それを晴らして 正しく見れるようにしてくれたり。

また ちゃんと、生きていけるように。


「お地蔵さんを見つけて、オレも 一緒に謝るからね?」


男の人に言うと、視線が 変形した手から外れた。

そうして不思議そうに、前に向いたんだ。

目は合ってない。

だから、オレのことは見えてないと思う。

でも、ひとりきりで悩まなくていい ってことは、わかったのかもしれない。


「リヒル君」


カイリに呼ばれて、顔を向けると

「どうやって、その人に触れてるの?」って聞かれた。

本当だ...  どうやってだろう... ?


『霊に、霊で触れてるの』


凪さんが答えてる。

『私も そう。私の霊体で、あんたたちに触れるから。

さっき 鬼神の腕も掴んだじゃない。この人の精気なのに』って。

そっか... 生きてる時は、身体と霊が 一緒にある。

オレは この人の、霊体に触れてるんだ。


『霊の方から触っても、触られる相手に感が無いと、まったく気づかれないだろうけどね。

“なんか寒い、ゾクゾクする” とか、“温かい、ほっとした” って、気付く人も居るみたいだけど』


男の人が 妙な顔になったけど

『あっ、その人、気付いたんじゃーん』って、着替えを済ませた ルカくんって人が戻ってきた。


『朋樹は まだ 透樹くんと、イザナミさんの お社に祝詞 奏上して お清めしてる。

しめ縄を作るのは 朝からになるんだってー』


こんな時に 明るい人だな... 声、でかいし。


『そうか。おじさんには話してた?』って ジェイドくんが聞くと

『うん、電話で。おじさん、絶句してたっぽい』って 返して、いきなり

『こんばんは』って、男の人の斜め後ろ側に しゃがみ込んだ。


『ちょっと、手ぇ触らせてもらいますよー』


変形した 男の人の手を 両手で掴んで持ち上げて、男の人の真隣に移動してる。

じっと手を観察してたかと思うと、男の人の顔を見て、オレに

神使シンシ2号くん、ジャマなんだけどー』って言った。


なにしてんのか分からないけど、離れるしかないかな...

でも、なんでオレが “神使2号” って分かったんだろ?


『うーん... 腕を渡した時に、術 掛けられちまってるっぽいなぁ。

“これ オレのー” みたいな、印付けっていうか そーいうの』


『印? どうして?』


眉をしかめて聞いた 凪さんに、ルカくんは

『さぁ?

けど、そーいう思念は残ってるし。

たださぁ、背中合掌してた おっさんか じいさん霊の印なんじゃなくて、鬼神になってから付けた印なんじゃねーの?

残ってるものが そういう印象。強ぇもん』って言って

『早く言えば、見ての通り 取り憑かれちゃってる状態で、また何かに使われちまうオソレもあるかもー』って 軽く添えてる。

やめてほしいよ。この人を不安にさせるの。


『でも、こうして四方位テウルギアで遮断していれば、その影響は薄れるのか。

彼は さっき、“目が覚めたように” 意識がハッキリしたようだから』


「その、テウルギアっていうのは... ?」


カイリが聞いてくれてる。

『あぁ、天空の精霊で... 』って ジェイドくんが説明してくれたけど、東方とか西方とか 空を四つに分けた方角を護っている精霊か何かで、それを地上に降ろして守護してもらうことが出来るんだって。

精霊って何だろう?ってレベルだから、ほとんど理解 出来てないけど、とにかく護ってくれてるみたい。


神父さんって すごいな... って思ったけど

『でも これは魔術のようなものなんだ。

悪魔に習ったしね』って言ってて、この人たちのことが またわからなくなってきた。

でも、いい人たちなんだろうから、まぁ いいや。


『あの、誰と... 』


男の人が 不安そうな顔になってしまった。

オレとカイリのことは 見えてないもんね。


そしたら凪さんが

『この神社の神様の お使いの人たち』って 言ってくれた。

男の人は、“そんな訳”... って風に 息を詰めたけど、自分に起こってることを思い出したみたいで

『そう なんですね... 』って返してた。


『じゃあさぁ、ずっと四方位テウルギアで囲っとく事になんの? 神社ごと』


『何を言ってるんだ? そんな訳に いかないだろう? 神社を閉鎖するのか?

彼には当然、どこかの建物内へ移動してもらうことになる。

そうなれば、精霊 一体に護ってもらうだけで足りる』


ジェイドくん、ルカくんって人に対しては 遠慮がない話し方になってる。凪さんよりも。

長い付き合いなのかな?

見た目 じゃないんだけど、空気感っていうか、そういうのが どこか似てるし。


「移動してもらう って、彼は いろいろと不便なんじゃないですか?

食事や着替えも、トイレや入浴だって、一人じゃ難しいと思います」


うん。オレも カイリが言ったように思う。

それに、誰かにトイレの世話をしてもらう って、なんか...


それで

『手、さぁ。聖水とか御言葉は?』

『いや... もし手が悪魔と見做されて、灰になったら どうするんだ?

彼は、地蔵尊像を流したり、伊耶那美命いざなみのみことの聖域をおかす という罪過を負わされてるんだ。

そそのかされたとしても、実行してしまっている』

『じゃあ やっぱり、病院なの?』... って、また 不安にさせてしまうような話になってる。

どうするべきなんだろう?


そうだ! オレが お世話をするのは どうかな?

この人からは オレが見えないんだし、気にならないかも。


それで、カイリに言ってみたら

「だったら、腕は 俺 一人で取り戻すことになるかも ってことか... 」と 言われてしまった。

うん、違う。腕を取り戻すのが 第一 。


「その者は、食事も睡眠も取らぬであろうな」


拝殿の中が 白く光ってる。大神さまだ!


『キミサマ。おかーりっす』

『高天原には上られたんですか?』


「うむ... 」


大神さまは、神御衣の中から出した右手の指で、顎を挟むようにしてて、話しづらそうにしてる。

凛々しい眉の下、奥二重の瞼の黒い眼を、男の人に止めて

「今より申す事に 問いなど返すな。良いな?」と、ジェイドくんとルカくん、凪さんにも 視線を流した。

質問するな っていうより、発言するな ってことみたいだ。


「高天原より、黄泉に使者が送られた。

透樹や朋樹による 誠心誠意よりの寛恕かんじょ願いの鎮めもあり、人間が聖域を冒したことについては、“致し方無き” と理解は得られたが、鬼神を追って出た 幾名かの黄泉軍よもついくさに関しては、“返せ” との事よ」


幾名かのヨモツイクサって、鬼神に混ざったと思われてる 黄泉の人たちかな?

カイリを見てみると、こっちを見ないまま頷いた。やっぱりかぁ...

オレも すぐに、大神さまに向き直った。


「その者は、聖域を冒しただけではなく、自らの精気を渡しておる。

現在は、四方位にて影響は薄まっておるが、鬼神と切れては おらぬのだ。

渡した腕をかいし、徐々に他の箇所の精気も取られよう。

先にも言うたが、もう食事など取れぬはずだ。

日に日に衰弱してゆく」


「じゃあ、この人は... 」


聞いてしまった後に、“口を挟むな” って言われてたことを思い出して ハッとしたけど、大神さまは オレに頷いてくれて

「緩やかな死に向こうておるのだ。

黄泉に憑かれておるのであるからな」と 言った。

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