18 瀬田 理陽
『じゃあ オレ、透樹んとこ 行って来るわ。
ルカ、おまえも
母さんに言っとくからよ』
トモキくんが スマホを出しながら 拝殿の右側へ歩いて行くのに、ルカくんも
『ジェイド、その人 頼むなぁ』って言って ついて行ってしまった。
凪さんや オレらにも 手を振ってくれたけど。
“その人” って、拝殿の前に寝かされてる男の人だよね?
蝙蝠の羽の骨のようになった手を両側に広げて、夢見心地の顔で夜空を見てる。
もしかしたら、仰向けになってるだけで、何も見てないのかも しれないけど。
自分で起き上がれそうにないし、どうするんだろう?
『こんばんは。初めまして』
わっ... ジェイドくんって人だ。
この人たち、霊なオレらが 普通に見えるみたいなんだよね...
「初めまして」って応えてる カイリの隣で、会釈だけする。
190 は ないだろうけど、でかいなぁ この人。
しかも、“
『凪が紹介してくれないから。
ジェイド・ヴィタリーニです』
『ジェイドは、神父さんなんだよ』って、拝殿の前に座って あくびした凪さんが、話に入ってきたけど、ほんと、ジェイドくんに自己紹介させる前に、先に紹介してくれたら よかったのに。
でも、神父さんなんだ。初めて見たー。
「及川 浬 です」
カイリが自己紹介すると、ジェイドくんは
『及川、浬くん?』って 聞き直してる。
『そー。あの事件の被害者の子。
私と透樹とサムで、榊ちゃんに預けてさ。
だから、月夜見様のトコに居るの』
事件の被害者... ?
カイリは
『そうか... つらい想いをしたね』って
「いや、はい... あの... 」って 答えに困ってて、こっちは見ない。
あ... もしかして、“廃病院の地下で 若い男が殺害された” っていう事件かな... ?
もう、半年くらい前になると思う。
いつも ロクに ニュースも見てなかったけど、割と近くで起こった事件だったから、殺人事件があった ってことだけは知ってる。
確か、“
カイリに死因を聞くのは悪い気がして、勝手に 事故か病気だったのかな? って思ってた。
殺された なんて、思ってもみなかった。
ショック って、本当は こういうことを言い表す時の言葉なんだ...
自分が死んだって知った時より ずっと、胸が痛くて重苦しい。
『君は?』
「あ... 」
オレのことだ... ジェイドくんの眼が向いてるし。
「瀬田
カイリが言ってくれて、また会釈するだけになってしまった... けど、凪さんが
『腹上死したらしいよ。すごくない?』って言った。
ダメだ。もう顔なんか上げられない。
霊になったのに、眼の奥とか ほっぺたに熱も感じるし。
『凪』と、たしなめた ジェイドくんは
『今度、教会に おいで。浬くんと 一緒に』って言ってくれた。
『僕が司祭を務めている教会は、ちょっと変わっててね。協会に属していないんだ。
それに、御使いが降りることもあるけど、異教の神様たちや悪魔も来る』
悪魔? って、思わず顔を上げた。
カイリも驚いてる。
『あぁ、悪魔信仰だとか そういうことをしてる訳じゃないよ。
仕事だったり、ただ遊びに来たりね』
オレらに微笑った ジェイドくんは
『僕にも君のような頃があったんだ』と、長袖のシャツの袖をめくって、腕を見せてくれた。
入ってるのは、肩の十字架だけじゃないみたいだ。
『わからないでもないし、今も そんなに変わってないよ。
だから、遊びにおいで』
あぁ、バカだったなぁ... ほんとに。
死んだから、カイリに出会えたけど、生きたままいても、いつか こういう人に出会えていたかもしれない。
そうありたかった。きっと、カイリだって。
「はい」って返事をする カイリの隣で、指で瞼を拭うことになったけど、ジェイドくんは 頷いて
『六山内... 羽加奈中央の、四の山の麓にある教会だよ』って 教えてくれた。
『ねぇ、この人 どうすんの?
生きてるから 幽世や地界に預けられないし、病院もムリじゃない?』
そうだった... 腕が 蝙蝠の羽の骨になっちゃった人。今も、ただ笑ってる。
意識はあるけど、自力で何も出来そうにないし、一人にしてたら 衰弱して死んじゃうかもしれない。
『キミサマが戻ったら 聞いてみるけど、凪が言うように、生きてる人のことは どうしようもないだろうね。
とはいえ、パイモンを喚ぶのもね... 』
ジェイドくんも悩んでるくらいだし、オレには何も いい案が浮かばない。カイリが
「パイモンって人は、お医者さんなんですか?」って聞いたら
『悪魔だよ。解剖や実験好きのね』って返ってきた。うわ... よばない方がいいと思うな。
『
この人は、亡くなってない。
逆に言えば、もし亡くなってしまったら、鬼神が奪ったものは もう、“精気” ではなくなるしね。
だから、殺したりはしないんじゃないか?
奪った気が “生者のもの” でなければ、意味がないから』
男の頭の向こうに しゃがんで、男を観察しながら ジェイドくんが言った。
そうなのかも。
大神さまも、“精気を持つ
この人が死んでしまったら、あの青い腕の精気は 死人の気になって、生気としての力は無効化されちゃうんだと思う。
『“すぐには” 死なせない ってことなんじゃないの?
だって、黄泉の力を
次々に奪えばいいじゃない。
奪うまでのツナギ っていうかさ』
凪さん、イヤなこと言うなぁ...
カイリも、“えぇ... ” って顔してるよ。
でも、ジェイドくんも言い返さないんだよね...
そういう可能性もある ってことなのかな?
『鬼神の腕を掴んだ時、“悲鳴を上げた” って言ってたよね?』
「はい。掴んだ瞬間に、腕が。
手も痺れました」
カイリが答えてて、オレも頷いた。
“ギャアッ!” って、痛そうな悲鳴だった。
『その声って、この人の声だった?』
えっ... どうだろう?
この人の声は、さっき 夢見心地で話してた声しか聞いてない。悲鳴の声と同じか どうかは...
カイリも
「わからないです。男の声だったとは思うんですけど... 」って 返してる。
『でも、鬼神の声とは違ったよね。
鬼神の声は、何人かの声が同時にしてたよ。
男の人の声も 女の人の声も』
うん、そうだ。悲鳴は 一人の声だった。
凪さん、冷静だな...
鬼神の声を聞いて ゾッとしたのに、男の人の両腕が変化していくとことか見て、忘れちゃってた。
『複数人の声、か... ダンタリオンみたいだ』
ダンタリオン って、なんだろう?
ジェイドくんは 何か考えてるし、いちいち聞くのも何だから 聞かないけど。
『でも、ダンタリオンは 元々 一人で そういう声だった。悪魔だしね』
あっ、悪魔の名前なんだ。怖...
『鬼神になった
最初から、“一人の
普通、かなぁ?
背中で合掌してて、この男の人に ぴったりくっついてるのは 異様に見えたけど。
「一人だったと思います。
柚葉ちゃんと降りた時に、何人かの人の念が入り交じってしまったものを見たことがあるんですけど、少なくとも そういうものでは なかったです」
カイリ、そんなの 判るんだ...
オレ まだ、わからないこととか出来ないことばっかりなのに。
『そうか... 推測になるけど、鬼神になった
または、大きく深い未練や執着を残していて、それが
残した未練や執着って、
『
その
だから 複数人の声で話すし、人間の精気を吸収する力も得たんじゃないか... って』
「黄泉の人たちって、
えっ。
『あぁ、かもね。
伊耶那美命は 姿を見られたくないから、聖域を冒されたことを知って 出てくるのは、配下の人たちなんだろうし。
その人たちの中で、あの霊の思惑に乗る人が居ても おかしくないんじゃない?
“鬼神になって 復讐しよう” とかさ。
岩で蓋されたのは心外だったと思うし、納得してる人ばっかりじゃないと思うわ』
凪さん、世間話みたいに言ってる。
『だいたいさ、もし 伊耶那美命の力を分け与えられたんだったら、あんなものじゃないだろうしね』とも添えてるし。カイリも無言。
『だけど、腕の悲鳴は 一人分だったんだよね?
だったら、本体の あの男の人は
『じゃあ何?
“腕の精気自身” が 悲鳴を上げた ってこと?』
わかんないな...
一人の霊を、本体と腕の 二つに分けて考えてるのかな?
『あの人から奪われた精気は、鬼神から 外に逃げられないように囚われてるんじゃないか?
鬼神の力になるんだから 当然なんだろうけど。
でも、腕は それに気付いて、嫌がっているのかもしれない。
だって、“
夢見心地の本体じゃなくて、“腕が” ってことだよね? うーん...
『捕まってる上に、外側から 別の霊... これは、浬くんと理陽くんのことになるんだけど、外側からも触れられたことで、本当に痛いとか苦しくて、悲鳴を上げたのかもしれない。
手を痺れさせたのは、鬼神かもしれないけど』
『腕の取り合いみたいになったから ってこと?』
凪さんが聞いたことで、あの男の人から外れた腕を、鬼神と オレらで引っ張り合いしてるところが浮かんだ。
そっか、腕は痛かったんだ。生きてるから。
まって... だったら、霊の オレらになら、腕の精気を取り戻せるかもしれない ってこと?
『“腕が悲鳴を上げた” って聞いて、推測してみただけで、本当のところは 分からないけどね』
「あの... 」
今 思ったことを言ってみた。
カイリの手を ギュッと握っちゃったから、“痛いよ” って 顔で抗議してるけど、勇気が必要だったから。
そしたら、ジェイドくんは
『推測が当たっていたら、可能性はあるかもしれない。
僕らが鬼神の腕を掴んでも、悲鳴を上げたりは しなかったからね』と 頷いてくれたけど
『もしそうだとしても 危険の方が大きいから、キミサマが 高天原から戻るのを待とう』とも 言われてしまった。
“キミサマ” って、大神さまのことだよね?
役に立てるかも って、思ったのにな...
『まぁ、今は神社の敷地から出られないよ。
行けるのは 駐車場と、朋樹の実家くらい。
天空精霊を降ろしてるから』
ふうん... 天空精霊って 何だろう?
『それに、理陽くんや浬くんに何かあったら、僕や凪は、キミサマから大目玉を食らうくらいじゃ済まないかもしれない』
う... 「はい」って頷いたのに、凪さんに
『また入っとく?』って聞かれちゃって、首を横に振る。
『... あ』
え? 横になってる 男の人の声だ。
変形した自分の両手の 長い長い指を、ぐう っと持ち上げて、顔の前に かざしてる。
顔は もう、夢見心地じゃなくなってた。
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