17 及川 浬
リヒル君が大人しくなった。
無理もないよな。俺からも言葉は出ない。
『どーなってんの? これ。
枯れた上に変形しちゃってるじゃん。
前の蚕の時とも違うしさぁ』
『とにかく、御神酒 飲ませて祓う』
男の頭側に居た 黒髪の よく喋る人が、男の両肩の下に両手を入れて 支え起こしているけど、笑っている男の頭は、ぐでりと後ろに傾いでしまっている。
『もぅ。起きる気ゼロかよー?』
よく喋る人は、“仕方ない” って感じで 開いて立てた両膝の間... 自分の胸に 男を凭れかけさせた。
蝙蝠の翼の骨のようになった両手も、だらりと下がって 五指が地面に着いたままだ。
『顔を もう少し 上向きにしてあげないと』と、アッシュブロンドの髪の人も、男の身体を跨ぐように しゃがんで、男の顔の向きを変えた。
この人たち、男が怖くないのかな?
あんなとこ見たばっかりなのに、全然 普通なんだよな...
『よし、飲ませるか。飲んでくれよ』
凪さんが 少し下がると、トモキ君?が、外国人の人に清酒の
外国人の人が、男の口に
そのまま ゆっくり瓶を傾けてるけど、お酒は 男の口の端から溢れてる。
『ダメだね。飲まない』
『おう。作戦 B』
作戦?
トモキ君が言うと、外国人の人は 瓶の中身を男の頭から どぼどぼと掛けた。 わぁ...
『もぅ、マジかよー... 』
男を凭れかけさせてる人のシャツも びしょ濡れだ。でも、“マジかよー” で 済むのか...
『悪ぃな、ルカ。実家に着替えあるからよ。
じゃあ、祓うかな』
男の前から 外国人の人が立って移動すると、ルカ と呼ばれていた人も、男を そっと地面に寝かせて、脇に退いた。
凪さんもだけど、みんな 男とトモキ君を間にして、拝殿に身体を向けている。
視線が下に向いた ってことは、少し俯いているんだろう。
『... “
あっ これ、俺も聞いたぞ...
こうして、凪さんの中で だった。
サマエルさんと話してる時だったけど、別の存在を感じたんだ。何か、大きな。
『... “
思い出して 胸がヒリヒリするのに、それが 胸の中から流されるように消えていく。
リヒル君が手を繋いできた。何でなんだ?
見たら なんか泣いてたから、放っとくけど。
『... “
祓い? っていうのが、終わったみたいだ。
『ダメか』という トモキ君の声には、“やっぱりな” って ニュアンスも含まれてるように聞こえた。
凪さんの視線が 男に戻ったけど... うん、何も変わってない。
『影響も解けねぇ。
誰かに直接、
“力を利用されてますよ” って、話 通しによ。
小社の しめ縄を燃やされてしまった っていう 伊耶那美命って、伊耶那岐命の兄弟神で夫婦でもあったんだよな。確か。
「カイリ」
まだ、鼻をぐずぐず言わせてる リヒル君が
「イザナギさんとイザナミさんは、ご夫婦じゃなかったっけ?」と、トモキ君の話に疑問顔になってるから、知ってるだけのことを聞かせてみることにした。
とはいえ、俺も 子供の頃に “日本神話” っていう絵本を読んだだけの知識だけど。
伊邪那岐命と伊耶那美命は 日本の国土を産んで、森羅万象を司る たくさんの神様も産んだけど、
それで、黄泉... 死の国へ行く。
火之迦具土は、伊耶那岐命に殺されてしまった。
奥さんの伊耶那美命に会いたい 伊耶那岐命は、黄泉まで降りて行くけど、“私の姿を見てはいけません” って、伊耶那美命に言われてしまう。
でも見たい。我慢 出来ずに こっそり覗いたら、そこで見たのは変わり果てた奥様の姿だった。
身体は腐って蛆も湧き、身体中から雷光を発してた... っていうんだ。
子供心に 哀しくて怖かったな。
自分を見た事に怒った 伊耶那美命は、逃げ出した 伊耶那岐命を 自分の配下...
ついには 伊耶那美命 自らも追うけど、伊耶那岐命は、黄泉軍が出て来られないように、
伊耶那美命が 大岩の向こうから、“お前の国の人間を 日に千人 殺してやる” と言うと、伊邪那岐命は、“ならば、日に 千五百の産屋を建てる” って返して、二人は離縁してしまった。
その後、黄泉の国の
とにかく、水で禊いでいると、脱ぎ捨てた衣類や身体の垢からも 神様達が生まれた。
この時に、左眼を洗うと
「大神さまは、伊耶那岐命だけから生まれたんだ!
じゃあ この神社では、お父さんと 一緒に祭られてるんだね」
リヒル君の顔が明るくなった。
大神様のことが知れて 嬉しいみたいだ。
「でも、自分で “会いたい” って行ったのに、約束 破って 覗いて逃げて... だと、伊耶那美命が かわいそうに思えるよ」
「うん。“会いたい” と、“覗いてしまった” までは 分かるんだけどな」
「火の神さまも、生まれただけなのに... 」
『はい、そこの 二人。
神様にしか 分からない事を語らないの。
“生と死に分かれた時” ってこと。
あんた達も、
生きてるのに死んでたり、未練や執着で 現世に迷ったまま居るのは良くないの』
凪さんだ。聞かれてた。
トモキくんが
『あれ? 姉ちゃん。いつものやつじゃないの?』って言ってて、ルカって人も
『オレも “今日も憑いてるー” としか思ってなかったし』って言ってる。分かるのか...
『月夜見様のところから降りてるんだけど、この話を聞いてきたのも この子達なんだよね。
鬼神になった奴を追おうとしてたから、止めたの』
『キミサマのところから って、柚葉ちゃんみたいに?
凪、自分じゃ 出してあげられないんだろ?
サミーは?』
外国人の人が言ってる。
うん。前は、外からサマエルさんに呼ばれて、凪さんから出れた。
『今日は、天に昇ってる』
『まぁ、透樹が居るし、今日はオレも居るしよ。
けど先に、キミサマに報告した方がいいよな。
拝殿の前だし、勾玉で降りてくれるかな?』
俺とリヒル君が、伊耶那岐命や伊耶那美命の話をしてる間に、いろいろ話が進んでたようだった。
革紐で首に掛けてる勾玉を取り出した トモキ君は、手のひらの上に それを載せると
『キミサマ、ちょっと宜しいでしょうか?』と聞いた。
拝殿の中が白く光って
「なんだ?」という 大神様の声がする。
すごい。勾玉で通じるのか...
『やられました。伊耶那美命の お社です』
トモキ君が報告すると、大神様の眉間に しわが刻まれた。怖い...
『今、透樹が 鎮めさせていただいてます。
憑いていた霊は、男の腕の精気を奪って逃げ、男の腕はミイラのようになって、今の形に変形しました。祓いでは戻りません。
鬼神となった霊には、オレの
半式鬼は付けてます。
今は ジェイドの天空精霊で、人や霊に関わらず、外側からの侵入を防いでいるところです』
無駄がないんだろうけど、さらさら報告してるなぁ...
大神様に ビビったり とかないんだろうか?
「伊耶那美を狙うとはのう...
まぁ、裏手より登り、目についた社の縄を取ったものであろうが」
大神様の見立ても、男は どんな神様か知らずに結界を破った というもので、トモキ君たちと同じだった。
あの霊は 鬼神になるまで、男を操るような力もなかったようだし、霊の意志で 伊耶那美命の お社を狙った訳でもなさそうだ。
偶然、かなり良くないことになってしまった ってことなんだろうな...
「浬、理陽」
大神様に呼ばれると、すんなりと凪さんから出れた。
現世に降りてる時に 大神様に呼ばれて、月に戻る時と同じで、強制力があるみたいだ。
俺は出られて安心したんだけど、リヒル君の顔は緊張してた。
「ごめんなさい」
いきなり謝ってるしな...
『えー... 』『なんでー?』っていう トモキ君たちの声が聞こえる。
『手を繋いでるね』とも。忘れてた...
「いや、良い。気に病むな。
こうした事になろうとは思うておらぬであった。
よう 無事であったな」
「はい... 」っていう リヒル君の声も震えてるけど、俺も じんとした。
大神様は やさしい。
「鬼神となった者は 見たか?」
「はい。腕が青く逞しくなっていて、掴むと 腕が悲鳴を上げて、手が痺れました。
それから、“土の下より来たる
俺も、なるべく簡潔に報告した。
トモキ君みたいに。
これは仕事だから、報告だけをして、大神様に判断を
『土の下から来る、水の底?』
はぁ? って感じの ルカ君に、トモキ君が
『土は、五行説で黄色なんだよ。その下の水... 地底の泉で、黄泉 ってことだ』と 説明すると、ジェイド君が
『黄泉の鬼神なのに、生者の精気を奪うのか?』と 聞いてる。
黄泉の鬼神だから じゃないんだろうか?
自分に無い精気が欲しい とか...
「死霊であり、地に残る
精気を持つ魄は強いのだ。神と
まさに鬼神よ」
『なら また、生きてる人も狙われるの?』
凪さんが言うと
『ぎゃあ! キミサマ!! どうするんすか?!
この人も戻せねーのに、じゃんじゃん増えるんすか?』
『あいつ、オレらじゃ難しいっすよ』
『足止めにもならなかったからね』と、騒がしくなってしまった。
この人たち、指示を仰ぐ前に、“ムリ” って断ってないかな? いいのか それで...
けど 俺も、何か出来るんだろうか?
ふう と 息をついた 大神様は、トモキ君に
「清樹に伝え、透樹を見て参れ」と 言って
「
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