16 瀬田 理陽


「カイリ、あいつを探さないと!」


カイリは、あいつが消えた 鳥居の上を見て

「あの腕... 」と 言ってて

『待って。すぐに朋たちが着くから、探すのは それからにして』という 凪さんの声が近づいて来る。


「でも オレたち、あいつを捕まえて 大神さまを呼ぶように言われてるんです!

早く 捕まえないと!」


『だから先に、きちんと状況を把握して、月夜見様に報告してから、でしょ?

あの霊は、伊耶那美命いざなみのみことの聖域をおかしてる。

月夜見様にも想定外のことだったわ』


状況の把握?

そんなの、見てわかったよ。あいつはヤバい。

神社の境内には もちろん、この近くには もう気配がない。


「ぐずぐずしてたら... 」って、凪さんに振り返ると

『うるさい!』って、肩を掴まれた。

ギュッ と 身体中が引っ張られた感覚がして、鳥居や参道が消えた。何... ?

カイリも居る。暗くも 明るくもない気がするのに、それ以外は 何も見えない。

ここは どこなんだ?


『あんた達は 死んだだけで、こういう事に慣れてる訳じゃないでしょ?』


凪さんの声だ。どこからしてるのかは わからない。“死んだだけ” って... キツイなぁ、もう。


「透樹君は、どうしたんですか?」


カイリが聞いた。

え? “どうした” って、何のことだろう?

カイリは オレに横顔を見せてて、目を凝らすようにして 何かを見てる。


『伊耶那美命の お社を見に行ったよ。

向こう側にも 駐車場からの参道があって、少し離れた場所に、伊耶那美命と “神童” と呼ばれた子の 小さい お社があるから』


凪さんの声が響く中、カイリと同じ方向に目を向けてみると、ぼんやりと 近付いてくる拝殿が見えた。


いや... 歩いて戻ってるんだ。凪さんが。

オレもカイリも、凪さんに取り込まれちゃったっぽい。

えぇー... あんな、肩に手を置くだけで?

そもそも なんで、霊であるオレらに触れられるんだよ?


あれ? 凪さんって、取り込んだ霊を 閉じ込めちゃうんじゃなかったっけ... ?


『こっちの拝殿じゃなく、伊耶那美命の お社が狙われたのね。

駐車場の方から登って来て、すぐに目に付いた しめ縄を焼いたみたい。

その後で こっちにも来る気だったのかもしれないけど、実行した男は、朋達に会って 捕まってる』


「だから、状況は もう分かってるじゃないですか」


早く 捕まえに行かないと。

だって、大神さまに そう言われてるんだから。


『理陽ちゃん。あんまり うるさいと、お姉さん、月夜見様に、“この子 使えない” って言っちゃうよ?』


「えっ! ヒドイ!! なんでなんで?!

“捕まえろ” って言われてるから、捕まえに行こうとしてるのに!」


「いや、リヒル君。

あいつの腕に触った時、腕が悲鳴 上げたの聞いた?

手が痺れなかった?」


カイリに聞かれて

「うん、ビリビリしたよ?」って頷いた。

だって、だから ヤバい って思ったんだし。

あんなヤツ野放しにしてちゃ、たぶん いろいろアブナイと思う。


「俺らは、一度 捕まえて、逃げられたんだ。

俺らに捕まえられるかどうか わからないよ。

しめ縄を燃やした って男が連れて来られるんなら、そいつの状態も見た方がいいよ」


ウッソ... さっきの あれ、すでに “一度 逃げられた” ってことになっちゃうの?


どうしよう...

せっかく 大神さまが仕事を与えてくれたのに。

役立たずじゃ、月に置いてもらえないかもしれない...


『そういう事。

あーいうのが相手の場合だと、余計に しっかり指示を仰がなきゃダメ』


でも、許してもらえるのかな... ?

目の前に現れたのに、取り逃がしたりして。


『理陽ちゃん、あんたね』


凪さんの声に 返事も返せなかったけど

『月夜見様は、そんな度量の狭い神様じゃないから。信用しなさい』って言われて、ハッとした。

“力むな” って言われたことも 思い出して。


『... 姉ちゃん、御神酒おみき 頼む!』


拝殿の左側の方から 声がした。

さっき、凪さんのスマホから聞こえた声だ。

トモキ っていう 透樹くんの弟だって人。


足音は 他にもして

『天空精霊に神社を囲ませたから、人も何も寄れないと思うけど... 』

『けどさぁ、この人 ヤバイし。どうする?』と いう声も聞こえてきた。


でも、最初に見えたのは、長めのショートヘアの シュッとした人だった。モデルか何かかな?


あっ。この人が 透樹くんの弟... ?

まっすぐにキレイな鼻筋の感じと 唇が似てる。

でも、透樹くんみたいな清く精悍な印象じゃなくて、妖しく気だるい雰囲気。


『よし、この辺に寝せるか』と 誰かに言ってて、次に現れたのは、後ろ姿の黒髪ウルフの人。

背は オレくらいあるかな?

誰かの上半身をかかえ持って、運んでるんだけど...


『うわ... 何なの? その人の腕』


凪さんが聞いた。運ばれてる人のことだと思う。

駅前で見た人だ。マイカちゃんと。

腕だけが ミイラみたいになっちゃってる。

この人が しめ縄に火を点けた犯人なんだろうけど、本人 目の前にして、凪さん ほんと遠慮ないよね。


『それがさぁ、この人が 火ぃ点けてるところを 取り押さえてたら、マジで 背中で合掌したヘンな霊が出て来てさぁ。

おっさんか じぃちゃんか分かんねーヤツがー。

でっ、伊耶那美命の小社に飛び移ったから、もう 朋樹が怒り狂って式鬼 打ちまくってたのに、そいつの前で消えやがんの!

地も効かねーし、オレも転ばされたりしたしぃ』


よく喋る人みたいで、緊迫感も薄くなった気がする。

カイリが オレに眼を向けたから

「なに?」って聞いたら

「何も」って言った。


『妙な霊が現れてから、この人の腕の中身が蒸発するように しゅうしゅう音を立てて、干からびてしまって。

それで、妙な霊の腕が 青く逞しくなったんだ』


犯人の男の足は、透けた植物の蔓で巻かれてる。

その足を抱え持って運んでるのは、流暢な日本語を話す外国人だった。

アッシュブロンドの髪の下に 薄茶の眼。

美形だなぁ... どこの国の人なんだろ?

肩に、白く発光した 十字架クロスが透けて見える。

クリスチャンなのかな?


『姉ちゃん。御神酒 つったのに... 』


髪のすき間から 凪さんに黒い眼を流した トモキって人は、自分で拝殿に入って行った。

凪さんは、拝殿の前に横たえられた 犯人の男の横にしゃがんで、男を観察してるみたいだ。

灯籠と拝殿の灯りに照らされて、自分の下に影を作ってる男しか 視界に入ってない。


腕、ヤバいなぁ... シャツの中の肩から干からびてて、ぶら下がってるだけに見える。

肌の色は元に戻ってるけど、木か粘土で作った枯れ木みたいにも見えた。

これ、元に戻るのかな... ?


犯人の男は無抵抗。縛らなくてもいい気がする。

眼は 夢見るように虚ろで、瞳孔も かなり開いてる。いや 死にかけてない?

ちょっと前のオレって、こんなだったのかな?


『鬼神様に、何を 願ったの?』


凪さんが聞くと、男は子供みたいに笑った。

イッてるよ これは。


『きしん様は、母さんの病気を治してくれたんだ。

何年も入院してたのに、もうすぐ退院 出来る』


は... ? あの、背中合掌霊が?

嘘だよ そんなの。あいつに そんなことは出来ない。

大神さまだって、何も力はない って言ってた。

お母さんは治療で治ったんだ。それは良かったけど...


でも、カイリも誰も 何も言わないし、凪さんが

『そうなんだ。

治してくれたのに、まだ何か お願いしたの?』って聞くのを、オレも黙って見守った。


『あぁ、ほら。

今の日本とか 世界って、おかしいよね?』


ハイ? えっ、何の話... ?

飛び出してくるなぁ、いろいろ。

頭 切り替えるの大変。


『教えてあげなくちゃいけないと思うんだよ。

誰かが。

でも、俺は テロとか暴力は嫌いなんだ。

デモみたいに 大げさなことも。

だから、指導者になるんだ』


ヘンな理屈。独裁者になる ってことなの?

それ、新しい争いの火ダネ みたいになるんじゃないのかな?

だから政治家になる とかなら、まだ分かるのに。

まぁ、何者にも ならないんだろうけど。


『そうなの。でも、どうやって?

鬼神様が あなたを神様みたいにしてくれるの?』


『ううん。印をくれるよ。

誰もが認める印をね。ほら... 』


枯れ木みたいな男の腕が縮んでいく。

いや...  肘の位置が変わった... ?

肩と肘までが 近くなった。

後頭部は力なく コンクリートの地面につけたままなのに、男は『ほら』と 笑っている。


肘から手首までの骨も縮まった。

その代わりに、手の指の骨の 一本 一本が 嘘のように伸びていく。中指なんて、肩から腰までと同じくらいの長さがある。


男の両脇で 細く分かれ伸びた手のひらの指は、蝙蝠の翼の骨を彷彿とさせた。

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