15 及川 浬


『及川くん、元気そうだね。安心したよ。

月夜見命つきよみのみこともとで頑張ってるんだね』


「あ... はい。その節は、お世話に... 」


透樹君に話しかけられて、気まずい気分で挨拶をする。

リヒル君が興味深そうに聞いてるから余計に。

透樹君には 何の悪気もないんだけど、あれだけの醜態 見られてるしなぁ...


『野村が 今田さん達を連れてきて、“変なものが見えるから” って言ってたんだけど、うちの神社狙いの霊だった とはね。

調べてくれて助かったよ。ありがとう』


「あ、いえ...

今田から連絡があったんで... 」


野村 って、原沢の彼氏か。

しっかりもしてそうだったけど、情にももろそうだった。

俺、野村さんにも取り憑いたんだよな...


『それなんだけどさ、今田さんと メッセージが繋がったんだって?

普通、そんなこと ないんだよ。

いや、及川くんから 何か入れることが出来たとしても、生きてる今田さんの方から... っていうのはね』


うん。俺、執拗に入れたもんね。

来い来いって。消えては入れ 消えては入れ...


『あっ、ごめん。気にした?

いや、本当に不思議でさ。

今田さんのスマホも禊いでもらった訳だし、あの時の及川くんとの関わりは 残ってないはずなんだよ』


『やぁ... 』


たぶん、“じゃあ” って言いたかった 凪さんが、あくびをし終わった後に

『なんで、繋がったの? しかも幽世とさ。

今田ちゃんの能力開花?』って 聞いてる。

もう 夕闇も深くなってきた。

まだ何も起こってないから、退屈で眠たくなってきたようだ。余裕だよな、凪さん。


『さぁ... 元々 そういう感があって、スイッチが入ったのかもしれないけど、なんかさ、今田さんって、素直で真っ直ぐな人なんじゃないかな?

“怖いから霊を見たくない” より、“腕が青くなった人の心配” が 勝って、“及川君に相談したい” って意思が通っちゃったのかもな』


あぁ、あり得るかも。


「あの、それなら... 」


リヒル君が遠慮がちに 口を開いた。

さっき 凪さんに紹介してもらった時は、固まってたけど、透樹君が人当たりの良い人だったから 話しかけれたみたいだ。


「マイカちゃんは、これからも そういうものを見ちゃうかも しれないんですか?」


『そうだね。残念ながら。

一過性のものかもしれないけど、視えなくなる とは 言えないかな』


そうなのか...  今田、災難だな。

責任は俺にある気がするけど、透樹君は

『きっかけは 及川くんの事でも、もうそれは しっかり済んだからね。及川くんのせいじゃないよ。

自分の負い目にしちゃダメ』と 言ってくれて

『でも、こういう相談があったら、なるべく力になった方がいいね。

もちろん、俺に出来る事があれば協力するから』とも添えてくれた。

優しい人だよな。顔もいいのに。


「そうします」と 頷くと、透樹君も微笑って頷いて

『まだ来ないね。

夕飯時くらいから 参拝する人も来なくなるから、この時間を狙って来るかと思ったんだけど... 』と、鳥居まで参道を歩き出してる。


「凪さん」


拝殿の前の階段に座って、また あくびした凪さんに、リヒル君が

「トウキくんって、恋人なの?」と 聞いた。

うん、オレも気になってたけど、聞けなかったんだよな。そういう雰囲気は ゼロだけど。


『へ? ううん。幼なじみだけど。

小さい頃から 神社ここに通ってたしね』


やっばり そうなのか。

リヒル君も「そうなんだ」って、それ以上は特に聞かなかった。

透樹くんはモテそうだし、凪さんは中性だもんな。

でも、ずっと仲が良い異性の友達 って、なんか いいよな。

同性じゃ届かないところとか、見えないところにも 気付いてもらえそうだし、気付くことも出来るんだろうし。


『それ、よく聞かれるんだよねぇ。

あんた達は どうなの?』


「はい?」

「えーっ、オレとカイリですかぁ... ?」


照れるの やめろ。

マジで誤解してるぞ、あの眼は。“やっぱり” って。


「リヒル君は 腹上死したんですよ。

迎えに行ったのが 俺だっただけです」


誤解を解こうとして言ったら

『えっ、それ、じいちゃんの特権かと思ってたのに! やるじゃない!』って 褒められてる。

リヒル君は 俺にムッとした顔を向けたけど、誤解は解けただろう。


『でも、今は “浬ちゃん大好き” なんだ』


ムッとした顔のままで頷いてる リヒル君の隣で

「いや、凪さん... 」って困ってたら

『だって、性愛は無くなるんでしょ?』って聞かれた。


『元々 恋人同士だとか夫婦なら そのままの心なんだろうけど、それでも性的な欲は無くなるんでしょ?

霊になってから出会っても 大好きなら、恋人でも おかしくないじゃない』


まぁ... 相手が女の子だったとしても、生者同士の そういうのとは違う。

でも、言い表し方に 微かな抵抗が...  そうだ。


また頷いてる リヒル君の隣で

「“相棒” で お願いします」と 断ると

『浬ちゃん、細かい男だね。神経質なとこありそうだし』って返されたけど、リヒル君は

「相棒かぁ! そんなの はじめて!」と 眼を輝かせた。

よし、納得してる。上手くいった。


「もう外灯も点いたけど、階段の下にも 人影はないね」と言いながら 透樹君が戻ってきて、神社の灯籠にも火が点った。

明るい拝殿までの参道の灯りは朧気で 幻想的だ。

凪さんが「LED」って言ってるけどさ。


『何もないけど、離れる訳にも バラける訳にもいかないし、困ったな』

『深夜狙いかな? 今日とも限らないしね』


透樹君たちは普通に言ってるけど

「深夜とか、別の日だったりしたら どうするんですか?

お二人共、食べたり睡眠を取ったりしないといけないし、凪さんも仕事があるんですよね?」と 聞いてみた。


『深夜は、弟たちに番を頼む事になるかな。

凪も うちで寝る事になるだろうけど』

『朋たちが着けば、交代で ご飯にも行けるしね』


「あの男を捕まえるまで ずっと、なんですか?」


『うん。そうなるね』

『明日にでも 朋たちに、南駅まで行ってもらうか 男の部屋へ行ってもらって、背中合掌霊を祓ってもらえば それで済むかもしれないけど、本人が望んで霊を呼んでるんなら、祓いに応じないかもしれないのよね。

逃げられる方が 厄介だから』


シビアだ...

生きてる時に こんな事するなんて、大変だろうな。


「報酬は、ないんですよね?」


リヒル君が聞くと

『御初穂料?』

『うん、今回みたいな時は無いよ』って、それも普通だ。俺の時もだったのかな... ?


『一応、神に仕える身だから』

『でも まぁ、何かと巡ってきたりするしね。

ちゃんとやってれば、不思議と』


罪過がある訳でもないのに、えらいなぁ...

知らなかっただけで、こういう事をしてる人たちも居るんだよな。霊関係に限らずさ。


スマホが鳴った。凪さんのだ。

『あ、朋。着いたのかな?』って 出ると

『姉ちゃん、透樹は?!』って 声が漏れ聞こえてきた。

他にも

『クソッ! 強ぇよ こいつ!! 地じゃムリ!』

『カルネシエル、カスピエル... 』って声も。

かなり緊迫してる気が...


『朋... 』という 透樹君の声に被る様に

『透樹! 伊耶那美命いざなみのみことだ!』って声がして

『やられた。注連縄 燃やしやがった』とも...

透樹君や凪さんの顔が みるみると青褪めてる。


『男は捕らえた。けど... 』

『まずい。境内には 四方位テウルギアが... 』

『朋樹、半式鬼は?!』


周囲が カッ と白光に覆われ、隕石が落ちた様な衝撃音と同時に響くバリバリという空間を裂くような音に支配された。長い 一瞬。ごく近い落雷だ。


スマホから『鬼神は... 』という声。

拝殿の屋根から何かが 飛び降りた。


女性用の着物下... 薄紅色の襦袢じゅばんを身に着けている。

はだけた胸元からは アバラの浮いた細い身体が覗く。

顔は、あいつだ。背中合掌霊。

でも その腕は、青く逞しくなっていた。腕だけが。


「カイリ!」という リヒル君の声で我に返って、そいつの元に移動した。

背後からは、透樹君が祝詞を奏上する声が聞こえる。


リヒル君と両脇から そいつの腕を摑むと、腕が ギャアッ! と悲鳴を上げて、思わず 手を離してしまった。

悲鳴だけじゃない。ビリビリとした何かが手に残って、しびれてしまっている。

男の額に ボゴボゴと蠕き出てきた 三つのこぶが目に止まった。何だ、これは...


「離れよ。下霊め」


そいつが口を開くと、複数人の声が 一度にした。

男と女の。


こうべを垂れよ。われこそは」


... “土の下より来たる 水底みなそこの鬼神である”


跳躍して鳥居の上に着地した そいつは、ぎ ぎぎ... と 首を 180度曲げると、背で合掌をし、ふつりと消えた。

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