14 瀬田 理陽


「カイリ、仕方ないよ。着いちゃったんだから」


「俺、そんなこと気にしてないけどっ?!」


うそー。だって、耳に宛てたスマホ 下ろす時、“やられた” って顔してたもん。

ああいう時って、やりきれないよね。


タクシーの料金を精算して降りた 凪さんは、猫背の姿勢のまま 神社の階段を見上げて

『長いのよね。慣れてるけど』って、階段に ぞろりと片足を乗せた。


なんか怖いなぁ... 階段 昇ってるだけなのに、丑の刻参りっていうのに行く人みたいに見える。

ほら、呪いの藁人形を打ち付けるやつ。


“ついて来てるよね?” って風に 振り返られたから

「すみません!」

「今、昇ろうと... 」って、階段を駆け昇る。

大神さまが、“凪から離れるな” って言ったのは、何かの時に オレらが凪さんを護るためなのかな?

でも 凪さんなら、背中合掌霊あいつに勝てる気がするんだけど...


「凪さん。俺や リヒル君も、神社に入れるんですか?」


カイリが聞いてるんだけど、あれ? 入れないの?

「“死は穢れ” って聞くから」とも聞いてるけど、死人だから ってこと?


『うん、大丈夫。もう禊がれてるんだし。

そもそも そうじゃないと、月夜見様の元に居られないでしょ』


「あ... そうですよね」


カイリは納得したみたいだ。

オレには よく分からないけど、凪さんが入れるんなら 入れると思うな。


長い階段を昇って、鳥居の前で 凪さんが 一礼したから、オレらも倣う。

神社に来たのって、何年ぶりだろう?

高校の時に 何人かで初詣に行ったのが最後だったかも。


結構 大きい神社だなぁ。

参拝してる人が まだちらほらと居る。

こうして、普段から お参りする人たちもいるみたいだ。


次に凪さんが向かったのは、手や口をゆすぐ場所だった。

最後に ヒシャクの柄を流すところまで 手慣れてる動作だったけど、一つひとつの動作が丁寧な感じもして、ちゃんと清めてるんだな って分かった。

よく参拝するのかな?

それにしては よどんだものをにじませてるけど。


「えーっと... 左手を流して 持ち替えて... 」


カイリは、お清めの作法の説明を見ながら やってるんだけど、ヒシャクも透き通ってる。ヒシャクの霊だ。オレも やってみよう。

あっ、水も霊。水の感触はあるのに濡れてないし。


けどさ、カイリは 実体があるものも動かせるんだよね。

ヒシャクの柄を濯いで、霊を借りたヒシャクの上に重ねて戻すと

「カイリー」って、そのことを聞いてみた。

オレにも出来るのかな? って思って。


「出来ると思うよ。

俺の力じゃなくて、大神様の力なんだし」


そうなんだ...

コツを聞いたら

「うーん... 念じる って言ったらアレだけど、まぁ、必要があって “動かす” っていう意志かな?

ただ遊びたいだけだと、動かなかったよ」だって。


「ただ遊ぼうとしたことなんか あるの?」


カイリが?

なんかイメージと違うなって思って聞いてみたら

「柚葉ちゃんと降りた時、公園でボールを見つけたことがあって、つい 蹴ってみたんだよ。

見事に擦り抜けちゃってさ。

柚葉ちゃんに、“イタズラは ダメなんですよ”って注意されちゃって」... らしかった。


「“生きてる方々を驚かせちゃうような事は出来ません” って。

だから さっき、タクシーの中での 凪さんのスマホは、必要と見做された ってことだな」


ふうん... 運転手さんを引かせないためか、凪さんが誤解を受けないためか、オレらが同乗してるのがバレないため かな?


ポルターガイスト、オレも 何かで試してみたいなぁ。

でも神社には 試せるものなんかないし。

もうタクシーも降りたから、必要に迫られることもなさそう。


それでも きょろきょろしてたら

『はい、そこ!』って、凪さんに呼ばれた。

参拝客の人たちが、“えっ?” って見てるし、凪さん関連で必要に迫られることもあるかもー。


凪さんが居たのは、大きな拝殿の脇だった。

参拝する人たちの邪魔にならないような位置。


二人か三人... いや、神さまって、“柱” って数え方になるんだっけ?

二柱、三柱の神さまを 主な神さまとして祭ってる神社でも、拝殿は 一つ なんじゃないのかな?

でも、裏側にも、お社なのか 小屋なのか... っていう建物があるのが わかるんだよね。


あれも 拝殿なのかな?

人の神さまじゃない 妙な空気が漂ってる気がするんだけど、何の神さまなんだろう?

主に祭られてる神さまたちとは別に、他の神さまの お社が建ってるのは 見たことがあるんだけど。


理陽りひるちゃん、遅い』


「あっ、ごめんなさい... 」


理陽くんから、理陽ちゃんになった。

電話ごっこで 気を許してもらえたのかも。


凪さんの近くへ行くと、「あっ!」って 声が出た。

だって、拝殿の左側には、大神さまが居たんだ。


「大神さま!」


カイリも驚いてる。

でも 大神さまは、普通に

「これは、俺の社でもあるからな」って言った。

そうなんだ... うん。この神社、い。好きだな。


ウツシヨで見る大神さまは、月で見る時よりも 清浄に輝いて見えた。


「凪」


『うい』


凪さん... 大神さまなのに...

オレやカイリの様子を見た大神さまは

「凪は、幼少時より 霊を引き寄せ、自身の内に閉じ込めてしまう者であったのだ」って 説明してくれた。閉じ込める?


「凪は、父神 伊邪那岐に禊がれ、身より解放された霊は 月へ送られる。

それは今も続いておる事であるが、凪の中には サマエルという御使いが棲み着く様になり、幾分、禊や送りの手順も簡略化されておる」


“簡略化” かぁ... みつかい って、天使?

天使が憑いてるのに、こんなに どんよりしてるの?

でも、大神さまが言うんなら 本当なんだ。


「小さい時は、月夜見様に遊んでもらったことがあったよね? どんぐり拾いして。

その時の見た目は、もっと若い お兄ちゃんだったけど」


凪さんが言うと、大神さまは

「詰まらぬ話は良い」って、真顔を作って返して

「透樹は まだ祈っておるな」って 言ってる。

照れて見えて、かわいい... って思うと、何故か嬉しい気分になってしまった。

こういうの、不遜フソンって言うのかな?


トウキって人は、隣の大きい拝殿の中で、伊耶那岐命イザナギノミコト祝詞ノリト奏上ソージョーしてるみたい。

言葉の意味は わからないけど、伊耶那岐命に お祈りして、何か お願いしてる ってことかも。


清樹セイジュは、他の社へ行っておるのか?」


『うん、今日はね。春季祭だって。

川本さんのところの集落近くにある、香香背男かがせお様の神社の』


甕星みかぼしか... 名は失われておるが、夕星ゆうづつ社だ」


全然 分からなくて、カイリを見てみたら、カイリも “分からん” って顔をしてた。

とにかく、セイジュさんって人は この神社の宮司さんなんだけど、今日は 宮司を兼任してる無人の神社の方に行ってるみたいだ。


ん? 誰か近づいて来てる。

凪さんとは違って、清浄な空気の...


月夜見命つきよみのみこと... 降りられたのですか?

先程も降りられましたのに』


白い着物?の下に袴を穿いてる。

神社の人みたいだし、この人が トウキさんかな?

浬を見て『久しぶり』って笑い掛けてる。

精悍。いい人そうなのに、浬の背筋が伸びた。


「うむ。此度の事よ。

凪が の霊を取り入れ、それで収まれば良いが... 」


『はい。腕の青い男が来る と聞いて、朋樹等も呼んでいますが、男 一人であれば 私 一人でも注連しめ縄に近付けぬ様 止める事は出来るかもしれません。

その間に、凪が霊を取り込めば... と』


「しかし、万が 一、先に結界が破られる事があらば、鬼神となった者は 人霊ではなくなる。

凪には 取り入れられぬのだ。

サマエルの様に 相手から取り憑けば、話は別だが」


えっ?! そうなの?!

鬼神なんかが取り憑くって ヤバいんじゃない?!


じゃあ、しめ縄を取ろうとする男を取り押さえて、背中合掌霊が鬼神になるのを防ぐしかない ってこと?

トウキさん 一人じゃ難しくない... ?

でも、オレとカイリに 実体のある人間を取り押さえることなんか出来るのかな?


「そうした事とならば、浬、理陽。

お前達が 鬼神を探し、取り押さえる事となる」


ええぇーっ?! 鬼神になってから?!

カイリも「俺らが、ですか?」って聞いてるし、出来るの? そんなこと...


現世うつしよいて 神々は、人間ひとが自ら招いた事に対し、必要以上に手を下してはならぬのだ。

その男が望んで 鬼神を呼んでおるからのう。

だが、幽世かくりよに於いては 話は別よ。

ことに、お前達は俺の使いであるしな」


“俺の使い” かぁ...

それに、“ことに” って、嬉しいこと言われた気がする。


「鬼神を取り押さえ、その場で俺を呼べ」


「はい!」って、即 返事をした カイリの後に、オレも

「わかりました!」って言ったら、大神さまは

「うむ。俺は月に戻るが、まぁ 力むな」って オレらに微笑って、お社の奥に すうっと消えた。

よし、頑張ろうっと!

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