13 及川 浬


「凪の元へ降りよ。

良いか? 凪と共に やしろへ向かえ。

離れる事は ならぬ」


「はい!」


俺の後に、ぼそりと返事をして頷いた リヒル君を引っ張って、星の河へ飛び込んだ。

「あっ、私も... 」って走ってきてた 柚葉ちゃんも、トモキって人のところへ降りるみたいだ。


あめのみや って、トウキって人の 雨宮神社のことだろう。

伊耶那美命イザナミノミコトとの国生み、万物の神々や大神様達も生み出した みそぎ伊耶那岐命イザナギノミコトと、大神様が祭られている っていう。


でも俺らは、何故か 凪っていう人のところへ降りるように言われた。

“透樹には 俺から知らせておく” って言われて。


梶谷 凪さん。確か 29歳。

生きた人なんだけど、苦手なんだよな...

悪霊になりかけていた 俺を、いとも簡単に 自分の中に取り込んだんだ。


何が起こったのか分からなかった。

それまでの全てから遮断されて、呆気にとられて 怒りすら忘れた。

あんなに、何かや誰かを怨んだことなんか なかったのに。


凪さんの中には、“サマエルだ” っていう 外国人の男の人が居たんだ。

これも意味が分からなかったけど。


“殺られたか。話せ” って言われて、“あらがう” なんて思いつきもせず、すらすらと されたことを話してた。

そして、話してる内に 真実ほんとうが見えてきた。

俺が思い込んでいた真実ほんとうは、自分を誤魔化して創り上げた贋物ニセモノだった ってことも。


凪さんの中は、空間があるようでない。いや、空間しかない。どういえば いいだろう?

あるのかないのか わからない。

取り込まれた時は 凪さんに重なってるんじゃないし、広さや狭さとかも感じないし...

空間じゃない場所? かなぁ... ?

目の前に居たのは、サマエルさんだったけど、どこかに 他にも誰か居るような気もしたし。


本当に人間なのかな? 凪さんあの人

大神様は なんで、凪さんのところに降りろ って言ったんだろう?


あ、地面だ。着いてしまった...


凪さんが歩いてるのが見える。仕事帰りかな?

スカートを穿いてると流石に女の人に見えるけど、リヒル君は

「凪さんって、あの人? 中性の人なの?」って言った。

うん、どうも その辺もハッキリしないんだよな...


「あの、凪さん」


呼び止めると、ぐらり って感じで振り返った。

怖ぇ...

なんで いつも、どんよりしてるんだろう?


『あれ? 浬ちゃん。また来たの?』


凪さんは、他に通行人が居ようと居まいと、一般的には見えない人と平気で話す。

“だって、私には視えるし” って。


『その子、誰?』


凪さんに見られた リヒルくんは、俺の背に隠れていた。今田の時と違うなぁ。

凪さんが振り返った瞬間に 何か感じ取ったようだ。


「最近 月に迎えられた、瀬田 理陽リヒル君です」


『へぇ』


それだけか。リヒル君、なんか かわいそうに。


『で、何かあった?

今、サムは 居ないよ。天に報告に行ってるから』


「あっ、そうなんですね... 」


サマエルさんの方が話しやすいんだけどな...

でも、仕方ない。

「雨宮神社に、一緒に向かってほしいんです。

大神様に、凪さんと 一緒に行くように言われて」と 切り出した。


『え? 神社で何かあんの?

ちょっと待って。透樹にかけてみるから』


凪さんは、バッグからスマホを取り出して 通話を始めた。

『えっ?... あぁ、月夜見様、おやしろに降りられたんだ。うん、で?... キシン? 何それ』... と。

緊迫感ないなぁ。リヒル君も 小声で

「なんか 大丈夫そうじゃない?」って、凪さんの余裕に釣られ出してる。


『あー、でも、トモのところにも 柚葉ちゃんが降りたの?

じゃあ、行った方がいいかな。

あの子たちは、何かあってからの対処になるでしょ?

山越えして来るから、登場 遅いだろうし』


ん... ? “対処”? トモって、トモキって人?

その人も来るんだろうか?

こう言うのも何だけど、凪さん 一人で事足りるんじゃ...


『うん、着替えてから行く。タクシーで。

今度 ケーキね。ふたつ』


通話を終えた 凪さんは

『そこ、もう家だし。着替えるまで 玄関の中で待ってて』と、すぐ近くの 一軒家へ入って行った。


言われた通りに 玄関にお邪魔すると、お母さんなのかな?って風な女の人と目が合ってしまったけど、凪さんが

『月夜見様んとこの人。私も ちょっと行って来る』と 普通に言って、階段を上がって行く。


『あら、こんにちは。凪の母です。

そんなところで待たれず、お上がりになって... 』


「いえっ、お気遣いなく!

すぐに行かなきゃいけないんで... 」


お母さんも 慣れてるなぁ。

霊だって分かってない... ってことは ないよな?


リヒル君は、ぼんやりと お母さんを見てて、目が合って微笑われると 下を向いた。

照れてたんだろうか?


すぐに 凪さんが降りてきたけど、パーカーにジョガーパンツだった。どう見ても部屋着。

着替える前の方が良かった気がするけどな。


『透樹んとこ行って来るー。

ご飯、帰ってから食べるねー』


中高生男子みたいな人だな。

お母さんも慣れているのか

『はい、いってらっしゃい。咲ちゃんに よろしくね』と 送り出して、俺らにも 手を振ってくれた。


大きい通りに出て、タクシーを停めた 凪さんは

『乗るよ』と 言ったけど、タクシーの中でも構わず 俺らと話すんだろうし

「雨宮神社の下に居ますから」と 辞退した。


でも 凪さんは

『あんた達、私から離れていい って言われた?』と、どんより見上げてきたし

「じゃあ、話さないでくださいね。着くまで」と 頼んで、同乗する事にする。


『雨宮神社まで。駐車場じゃなくて、階段の下に お願いします』


タクシーの運転手に伝えた凪さんは

『透樹にも ちょっと聞いたんだけどさぁ』と、全然 話しかけてきた。

『はい?』と 聞き返す運転手に

『いや、運転手さんじゃなくて』と 言っているので、凪さんのパーカーからスマホを浮かせて取らせた。

“は?” って顔で見てるけど、このままじゃ 途中で降ろされちまう。


「あの...  オレも持ちますから... 」


助手席に座っている リヒル君が、それなりに気を利かせたのか、自分のスマホを耳に宛てがって見せた。電話ごっこか...


でも、凪さんは微笑った。「ふふ... 」って。

楽しいかもしれない と、思ったのか?

リヒル君も微笑ってるし、これで いいんだろう。


『そうそう。透樹に聞いたんだけど、結界を破る? みたいなヤツが来るかもしれないんだって?』


会話は怪しいな...

でも もう、運転手は触れないことにしたようだ。


「そうなんです。

背中で合掌してる霊で、コックリさんみたいなことをして 呼び出した男に憑いてます」


俺が答えると

『ふうん。じゃあ、その男に しめ縄を取らせる気なのかな?

私が その霊を捕まえれば終了 って訳ね。

男の方は、透樹が 伊邪那岐様にみそぎを頼めば 目も覚めるでしょ』と、簡単に解決策を提示した。

すげぇ。慣れてるなぁ。


『はい。じゃあ、理陽りひるくん、どうぞー』


えっ? 凪さん...


リヒルくんの背中が緊張したけど

「あ、はい。こちら リヒル。

“トモ” という人も来るんですか?」と 乗った。


『うん、たぶん。

透樹の弟なんだけど、透樹より やることは荒いかな。祓い屋だから。

でも、月夜見様の神使しんしみたいなもんだよ。

浬ちゃんや理陽くんと同じだね。

今回は、出番なさそうだけど』


「了解。霊能者のような人なんですね?」


『うん。陰陽やるから、式鬼しきも打つよ』


おっ、すげぇ!

そんな人、本当に居るんだ...

リヒル君も

「わぁ、見てみたい!」って 振り返ってるよ。


『でも 式鬼 見る時は、かなり緊迫してる時だけどね。

はい。浬ちゃん、どうぞー』


うわ、きた...


「はい、こちら」って 答えたのに、スマホを持ってなかったから睨まれた。やるのか...


「こちら、浬...  えーっと... 」


『あっ、着いちゃった』


ちくしょう...

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