12 瀬田 理陽


“及川くん、大丈夫かな?”


隣に立ってる マイカちゃんが、メッセージを入れてくれた。

カイリが渡していったスマホに。


置いてきぼりくらって、オレが しょんぼりしてたから、気を使ってくれたのかも。

ダメだな、これじゃ。

ちゃんと 一緒に待ってて、マイカちゃんを元気にしないと。


「うん、心配だよね」って言うと、今度は マイカちゃんが気にして しょんぼりしちゃったから

「でも 大神さまが護ってくれてるから、大丈夫だと思うよ」って添えた。


“大神さまって、神さまなの?”


「うん、そうだよ。月のね。

オレ、カイリと 一緒に大神さまのところに居させてもらえるようになったんだ」


“月の神さま?

及川くん、その神さまのところへ行った って聞いたよ。神社の人に”


マイカちゃん、なんか嬉しそうだな。

「うん、オレたち 本当に月に居るんだよ... 」とか話してたら、目の前に突然 カイリが立った。

また マイカちゃんが、ピョっと跳ねてる。

ビックリするよね。オレも、“お” って思ったもん。


「ちょっと見てきた。

あの男、コックリさんみたいな変な儀式してる」


“ただいま” とか ないなぁ。待ってたのにー。

マイカちゃんにも言わなかった。

だから「おかえり」って言ったら

「あ。うん、ただいま」って言ったけど。

あとで注意してやろうっと。


でも、マイカちゃんは 男のことが気になってるみたいだし

「ヘンな儀式 って?」って 内容を聞いてみたら、カイリは

「“きしん様” って呼んでてさ... 」って、見てきたことを教えてくれたんだけど、あの べったりくっついてた霊が、キシン様? みたいだ。

あのひとは、わざわざ板を使って呼び出してるんだし、“自分と 一緒に居る” ってことは 分かってないのかぁ。


あんなに くっついてて、分からないもんなのかなぁ?

でも オレだって、生きてる時は何も見えてなかったから、そんなものなのかも。


「きしん様が何なのかは分からないけど、自分から呼び出して 望んで憑かれてるんだから、放っといて いいんじゃないのか?」


カイリが言うと、マイカちゃんは

“でも最初、あの人の腕は青くなかったんだよ” って入れてきたから、カイリに スマホを返して見せた。


「うん、それも何でなのか 分からないけどさ。

“力を与えてくれ” って言ってたから、その代償か何かなんじゃないのかな?」


“代償って、腕が なの?”


マイカちゃんは不安そう... っていうか、あのひとが心配なんだろうな。

でも “見ちゃったから” とはいえ、巻き込まれたり、何かをこうむってほしくないなぁ。


青くなった腕が 何かの代償なんだったら、その キシン様ってヤツは いいヤツじゃないと思うし。

青くなった腕の男には... 例えば 大神さまがオレたちに与えてくれて、護ってくれてるような 加護カゴっていうの?

そういう力も、何の力も感じなかった。


だったら、オレや カイリみたいな 普通ふつーの霊なの? ってなると、ちょっと違う気がしたし。

神さまじゃない、普通の霊でもない。

でも こういう風に、いろいろな霊が居るってことなのかな?

オレ、霊に成り立てだから わかんないけど。


「んー... “腕が 何かの力の代償” っていうのも 俺の推測だし、ちゃんとは わからないな。

青くなってたけど 普通に動かせてたし、今田や俺らに 青く見えてても、他の人には普通の腕に見えてるんだろうし。別に、注目もされてなかったからさ」


「うん。誰も気にしてなかったね」って 頷くと、マイカちゃんも微かに頷いてる。

でも、気になっちゃってるんだろうな。

そういう表情かおしてるもん。


「俺らじゃ わかんないから、神様に報告してみるよ。

何か教えてくれるかもしれないし、今田も見ずに済む方法があるかもしれないからさ」


カイリが言うと、マイカちゃんの表情は明るくなって、カイリのスマホには

“うん、ありがとう!” ってメッセージと、ハート出してるウサギのスタンプが入ってる。

かわいいなぁ。取り憑きたくなる気持ちもわかるよー。別の意味で。


「今田、一人で帰れるか? 彼氏は まだ仕事?」


“うん” って入ってきた割に、もじもじウサギスタンプも入ってる。照れてるの?

それか、少し不安なのかな?


「じゃあ、部屋の下まで送るよ」


おっ、カイリぃ。いいとこあるんじゃん。

マイカちゃんも、“本当?!” って 嬉しそう。

大神さまも、“罪滅ぼし” って言ってたし、出来ることは やってあげた方がいいもんね。


マイカちゃんと 一緒に電車に乗ったんだけど、降りる時に カイリが軽く眉をしかめた。

でも駅から歩き出すと、その眉も戻ったけど。


マイカちゃんのマンションの前まで送ると、カイリは

「何か わかったらメッセージに入れるから。

あと、なるべくバスで帰るようにな。

また何かあったら連絡して」って言ってて。

マイカちゃんがエレベーターに乗って、手を振り合った後に、オレらも月へ戻った。




********




「何? 鬼神きしん と申したと?」


月に戻って、カイリが報告をすると、大神さまは凛々しい眉をしかめた。


「我が国では、神の荒御魂あらみたまや鬼、精霊などのことをいう。

これを式鬼として使役する者もおるが、中国に由来するものであれば、また違うものとなる」


大神さまが言うには、人間には魂魄コンパクがあって、死んじゃうと、魂... 精神は天に昇るけど、魄っていうのは地上に留まる... っていう考え方なんだって。

魂はヨウの気?で、魄はインの気 みたいなんだけど、よく分からない。ごめんね。

でも、地上に残る魄が 悪いことしたりするらしい。


土葬をしてた時代の考え方なのかな? と思ったんだけど、カイリは

「念などでしょうか?」って聞いてる。


頷いた 大神さまは

「また、人知れず行き倒れとなった者や、死後 弔われぬであった者も 鬼神これとなる」って言った。

えー、じゃあ オレのハクも ヤバくない?


迷ったまま 鬼神になっちゃう人も居れば、“まだ地上で迷ってる霊本体” じゃなくて、その怨念の 一部だったりもするみたい。

オレには 区別が難しい。


「例えば、俺が 荒御魂を顕現し、人間にとって都合の悪い事を為せば、俺も鬼神となるのだ」


えー...  余計に わからなくなってきた。

大神さまは 大神さまなのに。

でも、霊が悪意を持ってすることとか、誰かの害になると、それが 鬼神 ってことなのかな?


じゃあ、悪霊になりかけたっていう カイリは、本人が 鬼神になりかけてた ってこと... ?


つい 眼をやったら

「そう。そういうこと」って 開き直っちゃってるよ。慣れてきちゃってるー。

大神さま まで「うむ」って。

うん。まぁ もう終わったことだから、マイカちゃんも カイリを頼れたんだろうしね。


「その男の 板の儀式により、大方 迷い霊などが寄り付いたものであろうが、背で合掌 などのう...

死者がするとなると、神々に逆らう意の如きものは感ずるが」


あ。やっぱり 良くない霊なんだ。

でも、大神さまでも 何なのか良くわからないみたい。

カイリやオレを通して、背中合掌の霊を視ても

「人霊であった事は確かであろうの。

男に 力を与えなどしておらぬ。無いものなど与えられぬからな」くらいで、すごい霊とかじゃないっぽいけど。


「呼び出している男の腕が、青く変色しているのは、何故なんでしょうか?」


「人間がいうところの “霊障” なるものであろうが、然程さほどの障りなども無かろう」


その霊が くっついてるから、青くなってきた “だけ” ってことなのかな?


「しかし、生者の精気を取り込む事により、力を得る者もある。

精気を取り込むには、その障害となる聖域の結界を取り払う必要があるが、なかなか その様な事は... 」


聖域の結界? なんだろう?


オレの顔つきを見て

「神社であれば 鳥居より先となり、また拝殿ならば 注連しめ縄などが それに当たる」って教えてくれた。

神さまの場所と区切ってるところのことかぁ。


「どうして... 」って、勇気を出して聞いてみた。

「しめ縄を取り払う必要が、あるんですか?」って。

そしたら 大神さまは

「境界を曖昧なものとする為よ。

神の域と人の域の の。

曖昧なものとならば、力なき霊も神の威光を借る事が出来る。誤魔化しに過ぎんが」って 教えてくれた。


じゃあ、結界っていう区切りがなくなっちゃったら、神さまの力も流れ出て 人間ひとの場所に混ざって、人間ひとの場所と混ざるから、元は人間ひとだった良くない霊も 神さまの力を借りれちゃう ってことか...


「大神様」


カイリが 青い顔になって

「その霊は、男に 板の文字で

“あめのみやの けっかいを とりはらえ”... と 命じていました」って 報告した。

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