11 及川 浬
何なんだ、こいつ...
駅のホームで電車待ちをしてる男の後ろに ぴったりとくっついて立っている、背中合掌の霊を見つめてみる。
1メートルもない距離から見つめても、俺に気付いてない。
普通の霊じゃないな。
怨念がある訳でもない。靄を吐き出していないから。
背中で合掌してるのも 何なんだろう?
でも、こんなのを毎日 見かけてたんだったら、今田も怖かっただろうな...
今田が、御守りを持ってるのも 感覚でわかった。
大神様の
だから多分、自分で出来る対策みたいなことは してるんだと思う。
彼氏も本当に しっかりしてたし、原沢や、その彼も 近くに居るんだし。
ただ、今田たちは 困ってる人が居ると、気に掛けてしまうんだよな。
高校の時のことを思い出す。
クラスで、大人しい奴が誂われてたことがあったんだ。目立つ奴等に。どっちも男。
別に、イジメとかじゃなかったんだけど、ちょっと やり過ぎかな... って感はあるくらいの イジられ方で。
でも、その時だけだろう って、周りに居た奴は 放っておいてた。短い 休み時間のことだったし。
俺も その 一人。
嫌なら、“やめろ” って言えばいいのに... くらいに簡単に思ってた。
トイレか どこかから、原沢と 一緒に教室に戻って来た 今田は、そいつ等を見て、誂われてる奴の名前を呼びながら近寄って行ったんだ。
すげー 明るく。
で、明るいだけじゃなく、気が強いことで知られてた 原沢は、誂ってた奴らに
『よってたかってんの? 男子なのに みっともない。だからモテないんだわ』って 言い放って
『違うって』『遊んでただけ』
『あんまり話したことなかったから、話してみただけで』... って 散らせてたけど。
俺、傍観してたくせに、何となく 気になって見てたんだよな。
誂われてた奴のこと。
そいつは、今田たちにも何も言わずに、自分の机に座りっぱなしだったんだけど、原沢に
『大人しいよね』って 言われて、顔を赤くしてて。
でも 原沢は
『大人しいのって、別に悪い事じゃないんだから、目立つのに何か言われても、“イヤだから やめて” ってハッキリ言ったらいいよ。
言っても やめないなら、相手が悪い。
わかるよ。目立つ子って、勝手に周りが “いいな、ああなりたいな” って憧れて、引け目を感じちゃうもんだし。
でも、勝手に萎縮までしちゃうと、余計に増長させちゃうだけだよ。あの子たちも勘違いしていくし』って 言ったんだ。
原沢は、気が強いんじゃなくて、ちゃんとした考えを持ってるんだな って思った。
『美希ー』って、原沢を止めた 今田は
『私が同じ立場でも、何も言えなかったかも。
向こうも ふざけてるだけだろうな って思ったら、余計に。
ね? むずかしいよね、こういうのって』と、普通の話をしてるみたいに言って微笑ってた。
それで、そいつも 机に向けてた眼を上げて頷いて
『今田でも、難しいんだ... 』って、ほっとした顔になってたんだ。
原沢が
『うん。実は私にも難しい』って添えたら、引いてただけだったけど。
とにかく そんな感じで、傍観しとける人たちじゃないから、今回の これも気になってしまったんだろうな。
青い腕になってしまってる 男のことが さ。
電車が到着して、男と背中合掌霊が乗ったから、俺も乗ってみたけど、今田と リヒル君は大丈夫かな?
でも、もっと こいつらのことを見て、何か分かったら そのことを 今田に話した方がいいかな。
もしかしたら、大神様に報告するようなことになるかもしれないし。
男は、二つ先の “菜瀬” という駅で降りた。もちろん、背中合掌霊も 一緒に。
俺まで 一緒に居るから、見えてしまう人が目撃してしまったら、輪をかけて異様かも。
青い腕の男は、七分袖のシャツにジーパンなんだけど、霊の方は 無地の白い半袖シャツに 白いハーフパンツを身に着けている。
いや、全体が灰色なんだけど、この服に色があるなら白なんだろう。色味がない。
で、ハーフパンツ っていっても、甚平とかの下みたいなやつ。
相変らず ぴったりとくっついて、男の後頭部を凝視している。
どこにも寄らずに帰った男の部屋は、そう大きくない マンションの5階の角部屋だった。単身用だな。
玄関から入ると、右手にキッチンがあって、左手に 風呂とトイレ。
手を洗った男は、冷蔵庫から出した ペットボトルの お茶を、コップに注いだ。
お茶のコップを持ったまま 奥に進み、ドアを開けると、二間続きで部屋があるようだ。
縦に長い。一番奥の部屋の向こうに ベランダがあるのだろう。
テレビにテーブル、クローゼット。棚には ノートパソコンやマンガ本。普通の部屋に見える。
でも、ベッドも この部屋にあるんだよな。
寝転んでテレビを観るためなんだろうか?
お茶を 一口 飲んだ男は、テーブルにコップを置いて、奥の部屋へと向かった。
木製 っていうか、ベニヤ板製の引き戸を開けて。
奥の部屋は、畳の部屋だった。かなり、妙な。
両側の壁は 黒い布地で覆われていて、ベランダのカーテンは白い。
畳の床の上にも、黒い布が敷かれていた。
縦横 2メートルくらいの正方形の布が。
その上に、小さな机がある。文机みたいなやつだ。
文机の前に座った男は、机の下から 何かを取り出した。
長方形の板と、円の穴が空いた 小さい三角形の板だった。
長方形の板の上部には、“あ” から “ん” までの 50音が 横に並んでいて、下部には、“はい”、“いいえ” が彫ってあった。文字は赤く塗ってある。
コックリさんっていうよりは、海外のヴィジャボードみたいな作りだな。
ホラー映画で観たことがある。
これ、自作したんだろうか?
真ん中にあるのは、鳥居のマークじゃない。
漢字の どうがまえ とか、けいがまえ ってやつみたいなものが書いてある。
同 って漢字から、中身を抜いたやつ。
または、正方形の下の 一辺がない っていうか。
何かの門? なのか?
ぴったりと男に 付き纏ってる霊は、座っている男の真後ろに立っていて、背中で合掌をしたまま 男の上から その板を覗き込んでいる。
腰を折ってるんじゃなくて、背中を やけに丸くして。しかし、細い奴だな...
男は、円が空いた三角の板の上に 両手の指を添えると、門みたいな図形のとこらに 三角の頂点の 一つを宛てて
『... きしん様、きしん様』と 呼んだ。
やっぱり、降霊術か何かみたいなやつなのか?
『きしん様、きしん様。おいでください... 』
なんか、危ねぇ奴だな...
こんなこと 一人でやってるのか。自作の板で。
一人じゃなくても良くないと思うけど。
『きしん様、どうか... 』
男の背後から覗き込んでいた霊に動きがあった。
背中で合掌した手を開いていっている。
開いた両手のひらが 身体の両端までくると、だらりと垂らした。
そして、三角板に添えた 男の両手の上に、自分の手を添えている。
『きしん様... 』
呼び続けていた男は、三角板が 文字の板の上を滑り出すと
『きしん様、きしん様ですか?』と 確認した。
霊が手を添えている 三角板の頂点が、“はい” を指す。
こいつ、きしん って名前なのか?
別に、呼ばなくても べったり憑いてるよ... って 教えてやりたい。
『あぁ、きしん様! ありがとうございます... 』
来てくれた と思って、本気で感謝してる。
『私を選んでくださったことに感謝しています』とも言ってるし。
三角板の頂点は、“はい” を 指したままだ。
『どうか お願いです。
私に、力をお貸しください。
すべき事が、解ったのです。やっと... 』
力? この霊が?
何かの力なんか あるのか?
いつも大神様を見てるからかもしれないけど、こいつからは何の力も感じない。
多分、悪霊になりかけてた時の 俺よりも無い。
三角板が動き出した。いや、
“あ”... “め”...
ずっ... ずっ... と 文字を指していた三角板が止まると、男が
『わかりました、きしん様!』と 感動している。
三角板に 門みたいな場所を指させて、
その後は、また背中合掌だ。
“あめのみやの けっかいを とりはらえ”... か。
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