10 瀬田 理陽
月の宮は、とっても穏やかなところで、ここに居られて嬉しい。カイリが居るし。
こんな気分になったこと なかった。
すごく ラクなんだ。
ずっと何かを欲し続けてきてたことも、それを諦めたフリをしてきてたことも、嘘みたいに。
だけど きっと、興奮するような大きい喜びもないんだろうなぁ。
浮き沈みなく穏やか。何となく そんな気がした。
それでいいんだけど。
でも、カイリと 一緒に、ウツシヨ に下りることになったんだ。死んじゃってぶりに。
大神さまが、“行っていい” って言ってくれた。
あと、“困ったら呼べ” って、微笑ってくれたんだ。オレに!
でも マイカちゃんって子、なにが あったんだろう?
“取り憑いた” っていう カイリと話したいなんて。
うーん... 取り憑いた って、何したんだろ?
オレには、言葉だけで怖いよ。“執着” ってイメージ。それを カイリが、かぁ...
気になるけど、カイリは 聞かれたくないんだろうな。
でも マイカちゃんは、カイリを頼ってきたんだから、きっと解決して 仲直りしてるんだと思う。
カイリに相談するなら、幽霊系のことなのかな?
メッセージは 普通の文面で、スタンプも いっぱい入ってたけど。
「そろそろ行こうかな」
スマホを見ながら、カイリが言ってて
「もう、そんな時間?」って 驚いた。
気づかなかったな。
花を見ながら カイリと話してただけで、一日 経ってたなんて。
たくさんの色と種類の花が咲いてて、どれも きれいで かわいかった。名前は わからないけど。
こんなに ゆっくり見れたのは、植物園ぶりかな。
月では、時間が あっという間に過ぎるみたいだ。
でもそれは、オレがまだ慣れてないからかも。
蒼白い星の河まで歩くと、カイリは、大神さまに
「行って来ます!」って ビシッと挨拶して、ユズハちゃんにも手を振ってる。
「行って来るね」って。
オレは、大神さまに
「あの... 」って言っただけだった。もそもそと。
なのに「うむ」って微笑ってくれた。
なんで こんなに嬉しくなるんだろう?
ユズハちゃんも「気をつけてくださいね!」って 手を振ってくれたんだけど、手をあげられずに会釈を返しただけになってしまった。
遊んでて、ノリでなら 軽く話すことは出来るのに、ちゃんとするのは ムズかしい。
ちゃんとしたいな って人たちには。
「リヒル君」
カイリが オレに手を差し出してる。
でも、オレと手をつなぎたい訳じゃないんだ。
ウツシヨに下りる時に迷わないようにするためなんだって。
オレのこと、リヒルって呼ばないしなぁ...
「リヒル君、行くよ?」
見てたのに、また “リヒルくん” だよ。
見えない線を引かれてる気分。
でも、「やっぱり留守番する?」って 聞かれて
「やだ!」って 手をつなぐ。
「じゃあ」って、カイリが蒼白の星の河に ジャンプして飛び込んだ。いきおい...
手をつないでるから 引っ張られてオレも落ちたけど、これで本当に、マイカちゃんが待ってる どこかの駅前に着くのかな?
この星って、何なんだろう?
生きてる時に見上げた星とは違う気がする。
だって、河になって流れてるんだし。
月から見ると 流れてるのに、こうして中にいたら、ただ柔らかく
生きてるのかな... ?
命って、脳みそや身体のことだけじゃなくって、意思や意志なんだって わかった。
わかったのは、死んでからだけど。
この星たちに 意思がある気がする。
それとも、神さまの意志? それか、命 全部の?
ま、いーや。きっと答えは出ないんだ。
星の中で カイリの髪が ゆるりゆるりと
月に昇る時は見えなかったなぁ。
形がいい眉毛と眼の間の瞼は薄くて、眉と眼までの間隔もいいな。髪、上げたらいいのに。
「うん、下りるよ」
「ふん?」
カイリには、待ち合わせの駅の場所が わかったみたい。
なんで わかったのかを聞いてみたら
「今田が居たから」だって。
ふうん... 場所じゃなくて、人のところに下りるんだ。
どこかの駅前に降りた。“羽加奈 南” だって。
カイリが利用してた駅でもあるみたい。
まだ全然 明るいんだけど、人が多いな。
オレ、こっちの方には 来たこと なかったなぁ。
生きてる時に住んでたのは、海と山の間にある街だった。
実家は 六山内って呼ばれてる街にあるんだけど、大人になってからは、少し離れて暮らしてたから。
「あ、今田だ」
カイリは、駅前の広場の隅に ぽつんと立ってる女の子を見てる。
あの子が マイカちゃんかぁ。
背が小さくて、髪は鎖骨に届くくらいかな?
トートバッグを掛けてて、手にはスマホを持ってる。
「近くに行こうよ」って 手を引っ張ったのに、カイリは
「まず、メッセージ 入れるよ。
今田、驚くだろうから」って、手を離した。
そうなんだ。
「待ち合わせしたのに、驚くの?」って 聞いたら
「怖がりなんだよ。俺、幽霊だし、取り憑いてからは 会ったことなかったから」って。
うん、入れた方がいいね。
カイリが、“着いたよ。時計の下” って メッセージを入れると、マイカちゃんは、パッと こっちを見た。
あっ、ピョって身体 跳ねた。驚いてるー。
でも、オレらのこと 見えてるんだ。
マイカちゃんが手を振ってきたから、オレは振り返してみたんだけど、カイリが
“今田。他の人には 俺等が見えないんだから、変な人と思われるぞ”... って 入れると、“あっ!” って顔になった マイカちゃんは、うんうん頷いてる。
その行動も怪しく見られないのかな?
スマホに何か打ってる マイカちゃんから
“うん、わかった。ありがと。
久しぶりだね! 元気そうで安心したよー!
こっちまで来れる?”... って 入ってきた。
「行こうよ」って、オレが カイリを引っ張って行く。
マイカちゃんは カイリの友達だから、オマケのオレは 気がラクなんだよね。
カイリは、歩きながら
“ごめんな。知らない奴 連れて来ちゃって。
同じ霊なんだけど、気にしないで” って入れてた。
その間に 人にぶつかったりしてたけど、カイリの身体は空気みたいに すり抜けてる。
ハガキとかは持ててたのになぁ...
マイカちゃんの近くまで行くと、緊張した笑顔になってる。
カイリは、マイカちゃんに 微笑いかけると
“メッセージで話した方がいいね。
どうした?”... って、スマホで聞いた。
“うん。来てくれて ありがとう。お友達?”... って オレのことを聞かれて
“最近 迎えに行った人だよ。瀬田 リヒル君”... って 紹介してくれてる。やったぁ。
カイリのスマホを取って
“はじめまして、マイカちゃん。
カイリは オレを探してくれたんだよ。大神さまとも話してくれたんだ”... って入れてみたら、カイリが
「今田の話、聞けないだろ」って オレからスマホを取り返して、自分のスマホ画面に顔を向け直した マイカちゃんが 笑ってた。
マイカちゃんは
“私には、及川くんたちの声も聞こえるから、ふつうに話して大丈夫だよ。
こっちからは メッセージで話すね”... って入れてくれてる。
「あっ、そうなんだ!
電話と違って、こっちに 一緒にいる時なら、声も聞こえるんだ」
つい言っちゃったんだけど、マイカちゃんは 微かに頷いた。
カイリも「そうか」って言ったけど
「で、どうした? 何かあった?」って、サクサク本題に入ってる。
もう少し、お互いの近況 話したりしたらいいのになぁ。久々に会った って言ってたんだしー。
“あのね、もうすぐ、ある人が通りかかると思うの。交差点の向こうから こっちに向かって。
駅に入って行くのかもしれないし、駅前を通り過ぎるかもしれないけど”
「ある人?」って カイリが聞くと
“一列に並んだ 二人の人”... って返した マイカちゃんの顔は、血の気が引いて白くなった。
怖がってる。
“ほら、信号待ちしてる”
駅前の交差点の方を見て、あ... って、すぐにわかった。
カイリも じっと見てる。
七分袖から出てる腕が ヘンな青色になってる男がいる。歳は、オレより 少し上かも。
その男の後ろには、灰色の霊が ぴったりとくっついてた。
見た瞬間に オレらと同じ死人だな って分かった。
オレらは、ちゃんと死を受け入れて、月の宮へ上がってから降りてるってこともあるから、色が戻ってるけど、あの霊は きっと、ずっと
初めは、肘から下を欠損したのかな?... って思ったんだけど、駅に向かって行く後ろ姿を見たら、背中側で合掌してたから、は? ってなっちゃって。
なに あの
青い腕の男しか見えてない ってイキオイのところが特に。
「今の?」
カイリが聞くと、マイカちゃんは微かに頷いて
“最近、毎日 見えちゃうの”... って入れてきた。
「今田に害がないんなら、無視しとくのが 一番だと思うよ。気にしないようにするのがさ。
あれがもし、生きてる人だったとしてもね」
うん。オレも そう思うよ。
なんか、話も通じなさそうだったもん。
関わらないのが 一番かも。
守護霊とか背後霊って聞いたことあるけど、そういうのじゃなく見えたし。
“でもね、はじめは、つけられてる男の人の腕が 青くなかったから、気になっちゃって”
そうなんだ...
ますます あぶないなぁ...
スマホ画面を見て、考えた顔になった カイリは
「俺、ちょっと見て来るよ。
今田、リヒル君と待っててくれる?」って、オレにスマホを渡すと、すっと消えてしまった。
あーあ... おいてかれちゃったよー...
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