8 今田 麻衣花


やっぱり、返信はないなぁ...


及川くんが、あの扉の向こうへ行って、もう半年。

時々、及川くんの お家に お邪魔して、お墓参りにも行っているのだけど、私たちの中では 少しずつ、あの時のことが 懐かしむようなものになってきてた。


でも最近、仕事の帰りに、ヘンな人を見るようになっちゃって。


定時で上がるから、どこにも寄らずに まっすぐ帰る時は、外も まだ全然 明るいの。

もう 桜の花は見なくなっちゃったけど、会社を出て見かける公園にも 街路樹にも、芽吹いてる緑がきれい。


あの日も、駅に着くまでは 街路樹の緑を見ながら歩いてた。

朝日の中の新緑の方が好きなんだけど、出勤の時は のんびりしてる余裕がないんだよね...

一緒に暮らしてる彼... 絢音あやとが帰って来るのも、だいたい 私が帰って2時間後くらいだから、帰りを のんびり なの。


駅まで、大通り沿いを歩いて、交差点の横断歩道を 一度 渡るのだけど、信号が変わって歩き出そうとした時に、隣を通り過ぎた人がいて。

元々 歩くのが速い人なのか、足の長さのせいなのか 分からないけど、結構 早足で。


男の人だった。私たちと同じ歳くらい かな?

絢音くらい?... うん、二歳ふたつしか変わらないけど、二歳は大きいよね。

脱線しちゃった。

うん。その人の後ろに、灰色の肌の人が ぴったりくっついて ついて行ってたの。背中で合掌をして。


ザワァッ... って 鳥肌が立って、身体の中身だけが浮いたような気がした。

ううん、本当に 身体も少し 跳ねちゃってたかもしれない。


灰色の肌の人は、前にいる男の人の後頭部だけを見てた。

胸の中が ドクンドクンって、何かが破れそうになったんだけど、とにかく

“気付いてないフリをしなくちゃ”... って、視線を逸して、横断歩道を渡った。

おでこや鼻も、皮脂でツヤツヤしちゃってたと思う。


横断歩道を渡ると すぐに駅なんだけど、もう、男の人も灰色の肌の人も居なくて。

ほっとして、そのまま帰ったの。


部屋に着いて、“美希みきに話してみようかな... ”って、バッグからスマホを出したんだけど、なんか、話すのも 文字にしちゃうのも怖くて。

あ、この “美希” っていう子は、小学校の時からの友達で、ずっと仲良しの子。


結局、美希に連絡するのは止めて、スマホに充電コードを差して。

テレビを点けると やっと落ち着いてきたんだけど、疲れて、ご飯 作る気になれなくて、絢音に

“ごめん。帰りに お弁当か何か買ってきてくれる?” って、頼んじゃった。


絢音は、帰って来て すぐに

“何かあった?” って聞いてくれたんだけど

“うん... ”って、受け取ったジャケットやネクタイをを掛けたりしてる時は、まだ話せなくて。


買ってきてくれた お弁当を食べてる時に、見ちゃった人たちのことを話したら、露骨にイヤな顔をされちゃって!

怖かったのは、それを見ちゃった私なのに。

“何か見間違い... じゃないんだろうな... ”って、ため息まで ついてた。ちょっと ひどい。


お弁当のカツを箸に挟んだまま、私に眼を向けた 絢音は、ハッとした顔になって

“背中で合掌って、気味悪いな。怖かっただろ?” って、急にフォロー しだしたりして。

絢音って、しっかりしてるんだけど、私に対しては 気が回らないところがあるんだよね。

でも、顔色や表情の変化には 気付くようになったみたい。


“お前、そいつに気付かれたりした?”


ううん って 首を横に振った。

見ちゃったけど、気づかれては いないと思う。

落ち着いて よく思い出してみても、灰色の肌の人には、あの男の人しか見えてないようにも見えたし。


“じゃあ、もう気にするなよ。大丈夫だって。

怖かったら、帰りは しばらくバスで帰って来たら?”


その時は

“うん、バスね。そうする”... って 答えて、気分も軽くなったんだけど、次の日の帰り、バス停でバスを待ってる時に また見ちゃって...


この時も、気づかれなかった... と思う。

膝から下が震えたけど、すぐに来たバスに乗って、駅の方を見ないようにしてた。


バスを降りて、近くのスーパーに入って、カゴを持って うろうろしてたんだけど、何を買うんだったのかも 頭から飛んじゃってて。

意味なく、お酢だけ買っちゃった。


バッグに お酢をしまって外に出ても、まだ落ち着かなかった。二日続けて見ちゃったし。

何なんだろう... ?


今 部屋に帰っても、絢音は まだ帰って来ないし、美希に...

でも、やっぱり文字に残すのは怖い。


“忙しい?” とだけ メッセージを入れると、すぐに 美希の方から電話をくれたんだけど

“何かあったのっ?!” って、鬼気迫る感じで聞かれて。


“うん、さっき”... って 話してたら、薄暗くなってきてたからか 怖くなってきて、急ぎ足で帰った。


話を聞いてた 美希は、背中で合掌 って部分で

“やだぁっ!!”... って 大きい声になったらから、また ビクっとしちゃったんだけど

“でも、ヨガでも そんなポーズあったよね?”って言ってたから、少し気が抜けて。

うん、あったと思う。肩甲骨がどうとか 肩コリに効く とかの。

じゃあ、肩コリの緩和... ないよね。


“ねぇ、麻衣花。灰色の肌 って... ”


そう... 背中合掌ポーズだけじゃなくって。

私たちが会った、及川くんの肌の色と同じ。

最初は、青黒い肌で痛々しい姿だった 及川くんが、お祓い? の後に、灰色の肌になってた。


それから、あの扉を越える時には ちゃんと、肌の色は生前の時の色に戻ってたから、安心したんだけど...


“亡くなってる人、ってことなのかな?”


美希が こう言った時、部屋に着いてて 本当に良かった。

そういう人だよね? って 思ってはいたけど、言葉にされると やっぱり怖い。


“他に 見えちゃってた人、いた?” って 聞かれたけど、周りを見る余裕はなくって。

“なんだろうね... ?” って 答えが出ないことを話しながら、お互い夕食の準備を はじめたのだけど

“今日、何 作るの?” って風になってくると、やっと 怖さが薄れてきて。

うん。こういう時も 誰かに聞いてもらった方がいいのかも。


虎太こたが帰ってきたら、話してみるね”


虎太っていうのは、美希の彼の 虎太郎くん。

また心配かけちゃわないかな? って 気になったんだけど、もし 美希が こういう体験をしたら、私も絢音に話すと思って、“うん” って返して 通話を終えた。


肉じゃがの仕上げをしながら、もし、明日も見ちゃったら どうしよう... って考えて、また不安になって。


そうしてる間に 絢音が帰ってきて、私の顔を見ると

“もしかして、今日も?”って、またイヤな顔をしたの。怖いのに、頭きちゃう。


“うん。バスで帰ったんだけどね!” って返して、お鍋の前から動かなかった。

今日は、ジャケットやネクタイを 自分で掛けてもらうことにするから。


“麻衣花、ごめん。

その、気持ち悪い奴が 麻衣花に見えるのが嫌なだけで... ”


うん。気持ち悪いし 怖いんだよ。

いいよね。絢音は見てないもん。


そう思っても言わないでいると、隣に立って 洗い物をしてくれてる。

明日に響かないように、ご飯の後もしてくれると思う。ふふ。たまには いいよね?


ご飯を食べながら、あの灰色の人、どうして あんなに、あの男の人を凝視してるんだろう?... とか 考えちゃってて、あまり話さなかったから、絢音は 珈琲も淹れてくれた。

うるさく言わない方が 動いてくれるみたい。

これからも そうしよう。


珈琲を飲んでたら、美希から

“虎太に話してみたんだけど”... って 電話があって、虎太郎くんが

“麻衣花ちゃん。雨宮の神社に行ってみよう”って 言ってくれたの。


雨宮さん って人は、虎太郎くんの同級生で、私たちも 及川くんも お世話になった人。

雨宮さんの お父さんが、神社の宮司さんなんだって。


絢音も、“それがいいかも” って言い出したんだけど、虎太郎くんの方が先に言ってくれたもん。

絢音は、イヤな顔してただけ だったじゃない。


でも、“今から” って言われて、私も絢音も驚いたんだけど、虎太郎くんは

“二日も続けてなんて おかしいし、早い方がいいよ。

もう、雨宮にも連絡したから” って。


それで、あの廃病院の山の 隣の山にある、雨宮神社に お邪魔したんだけど、雨宮さんだけじゃなくて、凪さんという 男の人みたいな雰囲気の女の人も待っててくれてて...


この、凪さんって人にも お世話になったんだけど、また お会いして緊張しちゃった。

この人、どこか 少し怖いから。


“うーん... ”


私は、雨宮さんと凪さんの 二人から見てもらったんだけど

“前の事があって、視える子になっちゃったのかもね”

“でも、憑かれたりはしてないよ。大丈夫”... って。


それでも、“一応” って お祓いしてもらって

“これ、うちの桃の木で作っててね” って、木の御守りも いただいちゃった。

悪いものを遠ざけてくれるんだって。


“まぁ、もしまた何か視えちゃっても、近寄らないようにね”


雨宮さんたちに お礼を言って、美希たちにも

“心配してくれて ありがとう” って言うと、絢音も バツの悪い顔で

“本当にありがとう。ごめんね”って 言ってて。


私が 絢音に つんつんしてたから、美希に

“絢音くん、及川くんの時はカッコよかったよ。

麻衣花だけじゃなく、虎太も支えてくれて。

イザって時に本領発揮するタイプなんだと思うな”... って 気を使わせちゃったけど、こうして神社で お祓いしてもらって、すごく安心 出来たのは、美希と虎太郎くんの おかげだと思う。

絢音には、帰ってから “カフェオレ飲みたい” って言ってみようっと。


でも...


神社から帰って、“明日からは大丈夫かも” って思ったのに、次の日も また見ちゃったの...


御守りも しっかり持ってるのに。

もう、お手上げ。

あの灰色の人は、私に憑いてる訳じゃないけど...

夏日ってくらいに 気温は高かったのに、また鳥肌が立っちゃった。


... あれ?


灰色の人が追ってる 男の人の腕が、青く見えるんだけど...


気のせい じゃなさそう。

色白の人なんだけど、顔の色と比べると、腕の色は 白を通り越して、明らかに青い。

なんか おかしいし、怖い。


どうしよう... ?

追われてる人の方に、話しかけてみようかな?


ふわっと そんなことを思いついた時に、神社の拝殿が 頭に浮かんで...

うん、ダメ。

何も出来ないのに、自分から近寄るなんて。


青い腕になった人も、灰色の人も、もう見えなくなったけど、あの人、大丈夫なのかな?


なんか、絢音に話す気には なれないな...

美希に話したら、また虎太郎くんにまで心配かけちゃうし。


それで、部屋に帰ると、クローゼットから 前のスマホを出して、充電して。

一度 深呼吸をすると、メッセージアプリの 及川くんのところを開いてみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る