7 及川 浬


「月さま。

この方も、こちらで お仕事されるんですか?」


柚葉ちゃんが戻ってきた。

事故で亡くなった人が、遺した家族と挨拶をする為の 送り迎えをして。


「うむ。浬が迎えた。瀬田 理陽 という者だ」


「わぁ、浬さん!

もう、一人でも お仕事 出来たんですね!

おつかれさまです!」


「うん、ありがとう」


柚葉ちゃんに 褒められた。

先輩だし、嬉しいけど、何か複雑だ。


「そして、理陽さん。初めまして。

吉井 柚葉です。よろしくお願いします!」


柚葉ちゃんは いつも明るい。

リヒル君の方が押されて

「あ、はじめまして... 」と 会釈しただけだ。

でも、柚葉ちゃんは たくさんの悲しい人たちを見てきてるんだよな。


「じゃあ 私、ちょっと 縫ってきますね!

ご用があったら 呼んでください」と、大木の下に据えられてる ミシン台へ向かった。


大神様も

「月影を みてくるか... 」と、愛馬の世話をしに行くようだ。歩いて行く背すらも凛々しくて格好良い。


仕事と仕事の間は、今みたいに休憩する。というか、休憩は “取らねばならん” と 言われてる。


いろいろな気持ちが蓄積すると、俺らにも良くないし、仕事にも影響するから。

神使しんし っていっても、俺らは 一般霊だ。

大神様の加護で護られてはいても、元々 天女や天使って方々とは違う。


「カイリ」


ん? と、やっと泣き止んだ リヒル君に向くと

「ありがとう」って、また眼を擦った。

こんな泣き虫な男に会ったのは 初めてだ。

そして、くっついて回る男にも。懐き過ぎ。


大神様が リヒル君の額に触れてから、リヒル君は 悪い粉を摂取する前の姿に戻った。

背は、174センチの俺より やっぱり高い。

180 あるだろうな。

ついでに、結構 男前だ。

どことなく中性感がある 24歳。


「あっちの、花のところに行こう」


「うん... 」


花のところか... 可愛らしく きれいな場所に、男を誘う男なんだな。

まぁ、性欲とかもなくなるから、そういう意味で性別を意識することは なくなるんだけど、根付いてる イメージは消えないからさ。


あの花たちも、月の宮に暮らす誰かが育ててるみたいだ。

河とは 逆の方向に咲いてて、月の宮に暮らす人の 休憩の家々もある。

俺や柚葉ちゃんには、特にないけど。

睡眠も食事も必要ないし、草原に居る方が好きだ。

大神様も、あの大木の近くに居ることが多いし。


「カイリ。

オレね、あんなに泣いたの、はじめてでね」


えっ、泣き虫じゃないのか?

今は ニコニコしてるけど。


「で、部屋でさ、カイリの前で泣いたのが、大人になってから はじめてだったんだ。

あっ、映画 観て泣いたことは あるけど」


そうだったのか...

見たまま明るく単純 って訳じゃないんだろう ってことは、薄々わかってたけど、俺が思うより もっと 繊細なのかもな。


「オレ、これから カイリと 一緒に仕事するんだよね?

大神さまも、“カイリをつける” って言ってたし」


「うん、そうなるね」


でも、その前に 挨拶に降りることになるだろう。

家族や親しい人に。


そのことを話すと

「別に、いいのに。かなしんでる人なんか いないよ」って具合だ。ネガティブだよな...


リヒル君の遺体は、すぐに見つかるように、玄関のドアを開けて スニーカーを挟んできた。

傷む前の方がいい。


「たださ、オレと してた

何の罪にも問われないといいな」


難しいだろうな...

リヒル君の死因を調べれば 薬物反応も出るだろうし、あの現場だ。

誰かと居た っていうのは明らかで、相手も薬物所持とか使用を疑われたり、保護責任者遺棄罪みたいのになる恐れはあるだろう。


リヒル君の部屋に居た女は、本当に リヒル君の死に気づいてなかったけど、それが通用するかは わからない。

死んだ後も 一緒に寝てたんだろうし、あっちこっちに防犯カメラもある。


「花って、かわいいよね」


「はぁ? あ、うん... 」


俺、今 歩きながら、真面目に考えてたんだけどな...

リヒル君は、しゃがみ込んで 花を観察中だ。

繊細だけど マイペースか... 厄介だ。

この調子で ずっと行動を共にすると思うと。


「花、好きなんだよね。本当は。

ゆっくり見たことは そんなにないけど。

立ち止まって見たら、ダメかなって思って」


「なんで?

公園のとか 好きに見ればいいのに」


「えー、悪いじゃん。なんか。

だから、たまに 一人で植物園に行ってた。

植物園なら、見に行くところだから」


ふうん。何を返せばいいのかは 分からないけど、そうなのか。


「さっきの、ユズハちゃんっていう子」


リヒル君は

何歳いくつくらい?... って、聞いてもいいのかな?」と、遠慮がちに聞いた。


「16歳。高校 一年生だった って」


立ったまま答えると

「死んじゃった原因が どうこうじゃないんだけど、なんで そんなことになるんだろ?

いやだな」と、柔らかく揺れる 青い花片を見てる。


「うん」


いやだな。本当に。

でも 月の宮ここに若い子が多いのは、次の場所へ 移動しても、直接 会ったことがある ご先祖様が居ないから って理由もあるみたいだ。

俺らみたいに、両親どころか 祖父母より先に死ぬと。


だから、月の宮ここで見かけるのは 若い子が多くても、全体に比べると 早逝の数は少ないんじゃないかと思う。

まぁ、だから何だ って話で、イヤなもんは イヤなんだけど、どうにもならない。


「仕事で、月から降りてさ。

そういうところに遭遇したら、止めるのって、ダメなのかな?

若い子に限らないけど」


「大神様は、“生者は 生者同士で” って言ってた」


「あ...  そっか...

うん。さっき、そういう話をしてもらって、分かったはずなのに」


そうなんだよな。

でも、リヒル君の思ってることも、やっぱり分かる。

例えば 極端な話、老衰とか病死、事故なんかは 捻じ曲げて助けることが 出來なくても、人為的なものや自死は... って 思ってしまう。


人間だったから なのかな?

どんな死因であっても、それが寿命なんだろうし、そこに 手を加えるのは傲慢で、自己満足なんだろうか?


「気づくの遅い って、こういうことかぁ...

生きてる時なら、何の問題もなかったのに。

そういうところに遭遇して、ただ見てるのって、つらいだろうね。

考えたことも なかったなぁ。バカだから」


「うん。俺も」


「カイリ、座らないの?

オレ 座ってるのに」


「うん... 」


リヒル君、わがまま っていうか、甘えるよな...

俺も しゃがんだら、笑ってる。


「ねぇ、物にも記憶があるんだよね?」


頷くと、リヒル君は

「見てー」と、ハーフパンツのポケットから スマホを出した。なんだと... ?


「ね、ID 交換しようよ。番号も」


「いや 俺、スマホは ちょっと... 」


痛い思い出が...


それに だいたい、交換して 何の意味があるんだ?

これまで付き合った どのより、べったり 一緒に居るのに。


そう言うと

「えっ? いいじゃーん。たまに文字でも話そうよー」と、譲る気は なさそうだ。


「スマホなんか、月の宮ここで誰も持ってないよ。

持っていいのか 大神様に聞かないと」


「知ってるんじゃない? 神さまだもん。

オレ、来る前からポケットに入れてたし。

服と同じ... いや、身体の 一部みたいなもんじゃん。もはや」


えぇ...


「カイリ、一緒に写真 撮ろー」って、画面 向けてもいるけど、霊なんだし映らないだろ...


「あっ、笑ってない」


いや、撮れたのか?!


「おかしい。映らないはずだ」と 説明すると

「うん。実物のスマホなら、そうなのかもだけど、このスマホは、“記憶” だから。

スマホの霊になるんじゃないの?」と返してきて

「ハハ。“スマホの霊” だって。おもろ」って 一人で笑った。

くそ... あのパソコン思い出しちゃったじゃねぇか。何も面白くねぇよ。


「ねー、カイリー、交換しようよー」


「嫌だ。スマホなんか要らない」


「あきらめると思う?

オレ、ずっと言うよ?」


くそう... なんで負けるんだろう?

俺の手には、今田を装って メッセージが入ってきた あのスマホがある。


でも俺も、あの件を乗り越えるべきなんだろうか?

それとも、負けたから 無理やり前向きに考えてみてるだけ なんだろうか?


「貸して。オレのスマホに かけるから」


笑顔が眩しい。こいつ、どういう心境なんだ?

何が嬉しいんだろう?


「あれ? メッセージが入ってきたよ」


おまえだろ それ。


「今田 麻衣花?

あっ... 彼女だった子だったりする?」


何?!


いや、前の時の何か だろう。見たくない。

入ってきたやつより、俺が入れたやつの方が キツイけど...


「ごめん。思い出したら 悲しいよね?」って言ってるけど

「いや、死ぬ前 一年 女いなかったよ。リヒル君と違って!」って返して、手から スマホを取った。


「あ、相手 見たの? 別に彼女じゃないよ?」


うるせぇ。狙ってる女に言うような 言い訳すんな。

さっきの “リヒル君と違って!” が、俺が妬いて言った みたいになってんじゃねぇか。


面倒臭くなりそうだったから、口には出さなかったけど、なにか分からない部分に納得 出来ないまま、メッセージアプリを開いた。

ついでに、履歴 全部 消しちゃおうかな...


でも、今田のところには

“及川くん、久しぶり”

... Hello という ふわふわしたウサギのスタンプ。

“やっぱり、つながってないよね?”

... しょんぼりした ウサギのスタンプ。

“天国に行っちゃったんだもんね”

... 昇天したのか、頭に輪っかと 背中に翼がある ウサギのスタンプ。という順で 入ってきてた。


何なんだ、これは...

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