5 及川 浬


「月に」


そう答えると、セタ君は

「ツキ?」と 眉をしかめた。

まだ、鼻 すんすん やりながら。


「なんで、月に?」


なんで って...

死んじゃってるから って返したら、また泣くんだろうか?


「そういうことに なってるんだよ。

うつし... 地上に居たら、さっきみたいになって 迷ってしまうから」


... 考えてるな。

何故か 恨めしそうな顔で、ずっと俺を見つめながら。


「マッシュウルフくんも、一緒に?」


やっと返ってきたけど、マッシュウルフくん?

俺のことか?


「“及川オイカワ” だよ」と 名前を教えて

「ちゃんと連れて行くよ」とも言うと

「オイカワ、何くん?」って。


カイリ


「カイリ?」


「うん、そう」


なんか、キョトンとした顔に変わったけど、納得したのか? いや、してないなぁ...

俺の名前 聞いただけだもんな。


また恨めしそうな顔に戻ると

「月に行って、それから どうなるの?」と 聞いてきて、見つめてるしな。


「月の宮で少し休んで、それからは... 」と、各界へ向かうことを説明すると

各界カクカイ? カイリも 一緒に?」って聞いてくる。


「いや。オレは、こういう仕事が あるから... 」


「じゃあ いかない」


やっと、フイっと 視線が外れたけど、わがままな女の子かよ...

こいつ、立ったら俺より でかいだろ。

細いけど 肩幅もあるし、足も長い。


でも そろそろ、自分の遺体の上からは 離れた方がいいんじゃないかな?

まぁ、俺とは死因が違うから、自分の遺体を見ていて 増悪が増す... ってことはないんだろうけど、痛みはするだろうし。

ずっとベッドに座ってて、腰や足首が 遺体に埋まってるように見える。

見てて、オレが つらいのかな?


「セタ君」


「... リヒル」


「え?」


「瀬田、理陽リヒル!」


読めねぇよ... 学校でも よく聞かれただろ。

はぁ。なんか疲れる奴だな...

でも、連れていかないと。


「じゃあ、リヒル君」


「うん」


返事はしたけど、まだ そっぽ向いたままだ。

いや、見つめられるよりは いいけど。


こうよ」


「だから、カイリも 一緒に居るなら行くけど?」


くっ...  なんで、上からなんだ?


「そういう訳には... 」


「だって、オレを探しに来た って言ったのに!」


うん、仕事で。とは 言わない方がいいんだろうな...


いや、なんで こんなに気を使わなきゃならないんだ?


「でも 月に行かないと、ひとりぼっちになるよ。

寂しくても、さっきみたいに闇があふれてきて... 」


リヒル君は「えっ?」と 不安そうな顔になって、また涙を滲ませた。困ったな...

でも こういう “困った” で、大神様に助けを求めるのもな...


「だけどさ... 」


リヒル君は 掠れた声を震わせもして

「一緒に月に行っても、その後、また 独りになっちゃうじゃん... 」と、涙を拭った。


「いやいや、月から 別の界に移っても、ご先祖様が居るよ。

リヒル君のこと、呼んでくれてたらしいよ。

迷わないように。

そういう声、聞こえなかった?」


「聞こえなかった。オレ、寝てたもん」


死んでも寝てたのか... 身体の中に居たもんな。

まぁ、まだ ダメ絶対 の影響もあったのか、死んだ自覚も持てずに、意識が途切れてしまってたんだろう。


「それに、本気で呼んでないんだと思う。

オレ、じいちゃんとか ばあちゃんに、大人になってからは会ってなかったから。

まだ 生きてるみたいだけど」


もう、めちゃくちゃだな...

とにかく 拗ねてる。


「本気で呼ばない ってことは、ないと思うよ。

リヒル君に聞こえなかっただけだよ」


俺だって そうだった。

復讐してやる としか 考えてなかったし、勝手な思い込みを 全部 事実ってことにしてた。

医者だった白い男によると、叫んでたらしいし。

まったく覚えてないけど。


「でも、探しに来てくれたのは、カイリじゃん」


それは 仕事だから... と 言いかけたけど、飲み込んで

「うん。だから、往こうよ」と 説得を続ける。

で、

「月から どこかに行っても、一緒なら」... の 堂々巡りだ。


「ご先祖さまなんか、知らない人しかいないじゃん。

やだよ、オレ」


「いや、ご先祖様も居てくれるけど、友達も出来るかもしれないし」


「できない。オレ、人見知りだから」


嘘つけ。だったら、初対面の俺に対する この態度は何なんだよ?


あれ? うーん... 嘘でも ないのかな?

なんとなくだけど、そんな気もする。


「でも、ずっと ここに ひとりで居るよりは... 」


「なにそれ?」


あっ、しまった!

言い方 間違えたかも...


「オレが “いかない” って言ったら、オレのこと 置いてくの?!」


「いや、違... 」


「もういい! オレ、いかない!!

ずっと ここに居て、次の入居者と同居する!」


ダメだろ。

だいたい、人が死んだ部屋だ。

次の入居者も すぐには決まらないだろう。


あ... その方が いいのかな?

“霊が” って話になって、いっそ お祓いされちゃった方が。


黙ったまま 少しが空いてしまった。

リヒル君は、俺が

“なら そうする?” と 掠めさせたことを察知したのか、無言で 手を離した。


まずいな... 勘はいみたいだ。と 思った時には、口を開けて、ガバガバと やたらドス黒い靄を吐き出しはじめた。おい...


「やめろって!」と 手を引ったくるように取って

「その靄になっちまうぞ! 飲み込まれて!」と、つい 大きな声になってしまった。

なってしまったけど、ふざけて出すようなものでもない。本当に取り込まれてしまう。


「カイリは... 」


なんだよ? と 見つめ返すと、首を横に振って黙った。


「オレ... 」


俺の次は 自分おまえかい。

いいぞ。もう結構 慣れてきた。何でも来い。


「探してもらったの、はじめてだったんだ」


ん? どういう...


「5歳か 6歳くらいの時だったかな?

家出したことがあって」


えっ、早過ぎないか?

黙って聞くけど...


「公園の すべり台の下で暮らそうと思ったんだ。

強化プラスチックみたいので造ってあるやつで、隠れられるスペースがあったから。

で、みんなが帰ってから、すべり台の下に入って。

でも、暗くなると 怖くなっちゃってさ。

がんばったんだけど、やっぱり 家に帰ることにしたんだ」


「うん」と 相槌を打つ。

暗い時間にチビっ子が 一人で か... 無事に帰れて よかったよな。


「帰ったの、夜の9時くらいだったかな?

幼稚園で時計を習ってたから、読めたんだ。

怒られるだろうな って思ったんだけど、母親は

“あら、帰って来たの” って」


は... ?


「すこし、ガッカリしてるようにも見えたな。

“もう寝なさい” って言われて、部屋に入って、そのままベッドに入ってさぁ」


“母さん” とかじゃなくて、“母親” かぁ...

なんか違和感ある っていうか、距離を感じる。


「お父さんは?」と聞くと

「居なかった。出張が多かったから」と返して

「でも、ワルイことしたのはオレだから 話せないじゃん。父親にも、誰にも。

それに、母親を悪く思われるのはイヤだったんだ。なんでか わからないけど」と微笑った。

なんで、微笑うんだ?


「だから、話したのも 今が はじめて。

なんか スッキリした」


頷くだけで、何も返せなかった。

自分の気持ちも どう形容すればいいのか分からない。


「カイリー」


「ん?」


「オレも、月に居られないのかな?」


それは...  どうだろう?

大神様に聞かなくちゃ 分からない。

俺の場合は、大神様と浅からぬ縁を持った人たちに祓われたから、なのか?

柚葉ちゃんも そうだった って聞いた。

柚葉ちゃんが祓われた っていうのに驚いてしまって、詳しいことは聞いてないけど。


でも、俺や柚葉ちゃんの他にも、大神様のもとで仕事をしてる人たちが居る。


「大神様に聞いてみないと... 」


結局、そう答えると

「カイリも 一緒に聞いてくれるよね?」と、手に力を込められた。コドモみてぇ。

頷くしか ないよな。


「じゃあ、一緒に いく!」と、勢いよく立ち上がった。やっとだ...

リヒル君と繋いでいる俺の手も上がった。


うん。とにかく、何か着させよう。

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