4 瀬田 理陽


はぁ...  久しぶりだな...

ゆっくり寝て 疲れが取れたっていう、爽快な目覚め。

やけに身体が軽いし、気分もいい。


あれ?

オレ、ハダカ?


何してたんだっけ?

いや、誰としてたんだったっけ?


まぁ、いーや。

今は 全然、そんな気は起こらない ってことは、すごく満足したんだろうし。

元々 性欲なんかなかったみたいに、スッキリした気分。

あんなに、取り憑かれたみたいになってたのが 嘘みたいだ。


そういえば、喉も渇いてないな。

最近は、飲み物 飲んでばっかりだったような...


「... タ君」


ん? 今、誰か 何か言った?


ここって、オレの部屋だよね?

じゃあ、何人かで やってたんだっけ?

楽しかったのかな? そんなの。いろいろ ちょこちょこ めんどくさそう。

スッキリしてる今だから、そう思うのかな?


「セタ君」


あら...


ベッドの横に、誰か立ってる。

あれ? 見たことある気がするけど、誰だったかな...  ヤバい。思い出せない。


うーん...  黒髪のマッシュウルフで...

あとは、あんまり特徴もないしなぁ。


「気がついた?」


「えっ?」


寝起きだけど、“気がついた” って、なに?

オレ、気絶でもしてたの?


「これ」


マッシュウルフくんは、オレに ハガキを差し出してきた。


あ、これ。お粉 買う時のやつなんだよね。

“仕入れたからね” って お知らせ。

場所は わかってるから、何日の何時かだけ書いてあんの。


受け取ろうと 手を出すと、マッシュウルフくんが ハガキを置いてくれた。 ... ん?


ハガキは、オレの膝の上に落ちてる。

あ、生膝なまヒザじゃないよ。掛けてある毛布の上。

でも、ハガキが膝に落ちた感覚がなかった。

今も、何かが膝にあるって感覚はない。

毛布のせいかな?


マッシュウルフくんに

「ありがとう」って言って、ハガキを拾おうとしたけど、拾えない。

指をすり抜けてしまう。なんで?


「あの... 」


マッシュウルフくんが 聞きづらそうに

「セタ君、死んじゃってるの、分かってる?」って言った。


「死んじゃってる?」


え? なんのこと?

オレ、ここに こうして居るじゃん。

ハダカだけどさぁ。


マッシュウルフくんは

「こういうの、よく 分からないんだけど... 」と、片手に持った 注射器ポンプパケを見せて

「やり過ぎちゃったみたいだね」って言ってる。


「ダメだよ、分からないのに やり過ぎちゃ。

あっ。それ、オレのじゃない?」


一度 停止した マッシュウルフくんは

「俺は、やってないよ。

セタ君が やり過ぎて死んじゃった ってこと」と、オレの後ろを指した。


ん? って、振り返って 後ろを見たら、オレが寝てる...


なに? これ...  あっ、夢?


うわぁ...  顔色、悪...

頬はけてるし、目元なんか 落ち窪んでるじゃん。

鎖骨は出過ぎてる気がするし、アバラも見えそうなくらい痩せてる。

肘の裏のところだけ 青くなってて、カッコ悪い。

これが、オレ?

これが オレなんだったら、“オレ” は... ?


ヤな夢だな...

夢に出てくる人って、いきなり よく分からないコト言うよね。今みたいに。

自分の夢を見るのって あんま良くない って聞いたこと あるし。あれ? 自分が笑ってたら だっけ?

どうでもいいか。

でも 夢にしたら、意識がハッキリしてる。


いつもの夢なら、こんなに 現実感はない。

言われたことも、覚えてるのは ヒトコト フタコトが せいぜい... ってとこ。

それも 起きてから分かるんだけどさ。


あ そうだ

あの時... 誰だっけ? リノちゃん?

いや、エマちゃんだった あの足は。


確か、無心で腰 振ってる時に、ブツン。って...


なに?って思った。

音が聞こえた気がしたけど、音というか、決定的な何かが 途切れたような...


じゃあ、死んだの?

オレが 本当に?


「いやだ」


マッシュウルフくんに「やだよ」って言ったら

「うん」って返してくれた。

「いやだよね」って。


でも、カッとした。

だって、マッシュウルフくんは、ハガキも持ててたし、注射器も袋も まだ持ってる。

オレは、こんなにミジメに死んでるのに。


「生きてるクセに、簡単に言うなよ!」


「えっ? 俺も 死んでるよ」


「嘘だ!

だいたい、なんで オレの部屋に居るの?

このマンションの人? 第 一発見者か何か?」


「セタ君を 探しに来たから」


嘘だ。絶対 嘘だ。

オレを探す人なんかいないよ。


「とにかく、出て行けよ!!

他人ひとの部屋に 勝手に入ってきやがって!!」


なんで、怒鳴ったりしてるんだろう?

わからない。泣きたかった。

でも、腹の底から くつくつと何かが湧いてくる。


「手」


マッシュウルフくんが、手を差し出して言った。

なに? 何のつもり?


「手」


もう 一度 言われて、視線で オレの口元を示してる。

“ほら、見てみなよ” って。


胸から腹へ、黒い靄が落ちていってる。

墨汁を気体にしたような 不安になる色。

きっと、もっともっと濃くもなるんだろう って、感覚的に分かった。

それが、オレのクチから出てるんだ。

腹の底から湧き出したものが。


差し伸べられている手に、手を伸して重ねると、マッシュウルフくんは 注射器と袋を床に捨てて、重ねたオレの手に その手も載せて挟んだ。


ベッドの下に沈み込んで、靄が消えていく。

オレの腹の底からも。

それから、温かくなってきて...

なんだろう? この感覚は 知ってるような...


「落ち着いた?」


うん...


でも、マッシュウルフくんは、オレの手を そっと離そうとしたんだ。


「あの...  セタ君?」


だから、ギュッと掴んだ。

いやだ。離したら、また あんな風になる。

なるって わかる。怖い。怖いから。


「もう、大丈夫だからさ」


「いやだ。つないどいてよ!」


もう 一度「いやだ... 」って言ったら、泣けてきた。


どうして、こうなったんだろう?


別に、不満なんてなかった。

なのに、生きてるのか 死んでるのか、わからなかった。

“それ” に 向き合ったこともなくて。


胸に、埋まらないところがあるんだ。

いつの間にか あることを知ってしまった、すき間のようなもの。

誰といても、何をしても 埋まらない。どうしても。


埋まらないことが わかってて、見ないふりをしてたかった。

忘れておきたかったんだ。

それが たった 一時ひとときだとしても。

オレは、オレから反らしてたかった。眼も心も。


「セタ君」


どのくらい 泣いてたんだろう?

マッシュウルフくんの手を握ったまま、立てた両膝を片手で囲い込んで、額を膝に載せて。


今は わかる。

オレは、生きてたんだ。それでも。

死んでから わかるなんて...


「セタ君」


「うん... 」


こうか?」


えっ?! どこに?


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