3 及川 浬


これは、どういう状況なんだ... ?


いや、そういう状況だった ってことくらいは 分かる。

素っ裸で大の字だ。


さっきまで シャワーを浴びてた女が居たし、そういう状況だったんだろう。


俺が ここに降りた時、男の腹から下に 毛布が掛けられてたことは救いだったけど、あの女は この男の隣に寝てて、何も気づかなかったんだろうか?


女は 起きると、男の額にキスしていた。

『あーぁ。また してくれなかったね』とか言いながら、愛おしげに男を見たけど...

いや、してるだろ...


それから、裸のまま だるそうに冷蔵庫まで歩いて行って、ペットボトルの水を開けて飲むと、シャワーを浴びて、脱ぎ散らかしていた服を身につけて

『またね』と、そっと男の髪を撫でて 出て行った。


男には、呼吸がない。

死んでる。見てわかる。


あの女は、なんで分からなかったんだ?

額に キスしたりもしたのに。

“してくれなかった”? 謎だらけだ...


ただ、大神様が、“柚葉には... ” と言ってた理由は よく分かった。

痴態 過ぎる。特に、ベッドと その周辺の跡が。

男のオレでも うんざりする。


そして、この男の中身... 霊は、どこに居るんだ?


だいたい、何ていう名前なんだろう?

呼び掛けようもない。

大神様に聞いておけば よかった。


それに、なんで死んだんだ?

あの女の態度からすると、寝る前までは生きてたってことだろう。

まだ 傷んでるように見えないし。


見た目は 派手な方だろう。

肩につくか つかないかくらいの髪は アッシュ系のピンクブラウンに染めてて、右足の足首から脹脛ふくらはぎには、翼の生えた蛇が ぐるりと彫ってある。


何の仕事をしてたんだろう?

美容師とか 服屋の店員くらいしか思いつかないけど、パソコンが置かれたデスクと ゲーミングチェアがあるところを見ると、在宅で出来る仕事とか なのかもな。


でも... 男を よくよく見ると、やつれているように見えた。

死んでるから 当たり前なのか?

霊に会ったことはあっても、遺体を見るのは まだ 二度目なんだよな...

一度目は 俺自身だったし、出来れば もう見たくないけど。


痩せてるな...

筋肉とか ない訳じゃないけど、病気が何かだったんだろうか?

目立つ傷とかもないしなぁ...


あっ ある。

左腕の肘窩ちゅうかアザが。

内出血の後だ。注射の後の... と 判った時に、あの白い外科医が過ぎって、いやーな気分になった。

あいつ、まだ あの廃病院に居るのかな?

こういう仕事でも、絶対 頼らないけど。


いや、死因は いいんだった。

それは 生きてる医者の仕事なんだし。

俺の仕事は、こいつの霊を見つけて、月の宮へ連れて行くこと。それだけ。


ここって、普通のマンションだよな... ?

こいつの部屋なんだったら、どこかに名前入りのものが あるはず...


広い ワンルームタイプだし、壁についてるクローゼットを開けてみた。

コツを覚えれば、このくらいのポルターガイストは起こせる... と 言いたいところだけど、大神様に与えられてる力なんだ。


俺の仕事は、生み出されてしまった闇を 常夜に送ってから、霊を月の宮へ連れて行くことだから、悪霊になりかけてしまってる人が多い。

前の俺みたいにね...


いや! 反省は してるけど、もう考えないぞ。

贖罪とまではいかなくても、こうして働いて 罪過を払うんだ。


とにかく、あれくらいの怨念に対抗するには、俺の方にも それなりの力が要る。

霊が 生きてる人に危害を加えようとしてたら、食い止めないとならないしな。


クローゼットの中には、服や小物だけだ。

スマホ... は、見てもなぁ。

自分の本名なんか登録しない気がする。

でも、財布も見つからない。

俺、財布なんか テーブルに放って そのままだったけどな。仕事から帰って また出るまでは。


そうだ、郵便物は どうだろう?


玄関のドアを 霊らしく透り抜けて、部屋の番号を確認すると、一階のポストの前に降りた。

瞬間移動 ってやつで。

肉体の制約がないって便利だな。

生きてる時にも出来たら、もっと便利だったんだろうけど。


ポストのダイヤル錠を無視して 中身を漁ると、ポストの入口をポルターガイストで キ キッ... と押し開けて、ハガキの 一枚を外に出した。


服屋のダイレクトメールみたいなやつだ。

“シークレットセール” だとか。

よく行く店だったのか?

でも今どき、スマホに会員メールが届くのが ほとんどだと思うんだけどな...


まぁ、そんなことは いい。

宛名は、“瀬田 理陽 様”。

セタ、リヨウ? リョウ って読ませるんだろうか?


困った。カタカナ表記のやつは ないかな?

またポストを漁ってみたけど、手紙とか請求書とかも無い。

ハガキをポストに戻そうとして、何となく服屋のセールハガキを見直した。


裏に返して見ると、店の名前らしきやつと 日時しか書いてなかった。

こういうのって、店の住所や電話番号も入れるんじゃないか?

なんか 引っかかるな...


ハガキを持ったまま、あの男の部屋へ戻った。


そして、とりあえず

「セタ、リヨウ君?」と 呼んでみる。


自分が死んだ 自分の部屋から だれかが呼ぶ声がするんだ。

どこかに迷い出てしまってても、気付くと思う。

大神様と月の宮の引力もあるんだし。


... 戻って来ないな。何の応答もない。


「セタ、リョウ君?」


読み方が違うのか?

でも、名字の “セタ” は 合ってるよな?


困った。

一度 月の宮へ戻って、この男の名前を聞こうか...


しかし、眠るように っていう表情かおで死んでるよな。

瞼も閉じてるし、苦悶の跡もない。

苦しまなかったんだったら、それだけでも救いだけど。


ん? 何か 落ちてる。

ベッドの棚と マットレスの隙間に。


まさか...


浮かせてみると、やっぱりだ。

使用した跡がある注射器と、透明の小さい... 袋?って呼ぶのか?

スピードとかクラックとか聞いたことはあるけど、これが何なのかは わからない。

でも、あれだ。ダメ絶対の白い粉。


死因は、これなのか?

じゃ、事故 ってことになるのかな?

もしかして、“キマった” っていう状態のまま 彷徨うろついてるのか?


「う うーん... 」


は... ?


今、どこから 声が... ?


「あれ? なんか、スッキリしてるなぁ」


ベッドに横たわっている男の身体から、男の霊だけが 半身を起こした。

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