第16話 砂漠編
計画では一週間で砂漠を踏破出来るはずだった。この時期、それほど昼間も温度が上がらず、夜はかなり冷え込むけど凍死するほどではない。ホワイトワームも砂漠の縁にしかいないから、踏破ルートにそれほど危険な生物はいない。昔は魔物が多少は生息していたようではあるが、今となっては驚異となる魔物はいない。
それなのに、俺たちは死にかけていた。予定より三日もオーバーして食料はともかく、水が足りなくなっていたのだ。
見通しが甘かった。砂漠のことを知らなすぎた。旅人が砂漠を踏破しない理由を考えるべきだった。端的に言えばそうなる。だが、今更言い出しても遅い話だ。前向きに考えた方がいい。計算上は、もう、八割は踏破しているはず。あと、二日。それだけの日数無事に進めれば、砂漠から抜け出せるはずなのだ。
だが、俺たちはいつ動けるようになるのかわからなかった。砂嵐が吹き荒れているせいだ。視界を遮るような激しい砂嵐。いや、視界どころか呼吸すら厳しい。タオルで口を塞げばってわけにもいかない。太陽や星が見えなければ、どちらに進むべきか判断できない。南に進んでいるつもりが、いつの間にか方角が変わっていた。なんてことになったら笑えない。つまり、この砂嵐が収まらない限りは動けそうにない。
「結構、冷えるね」
夜、俺と一緒の毛布で砂を避けていたレージーラは小さい声で言った。一応、風が当たらない位置に陣取っているが、それでも毛布の外で砂がガンガンと当たってくるのが感じられる。
「寒いのか?」
「ううん。こうやって一つの毛布で包まっていると意外と温かい」
「悪いな。他に方法が思いつかなくてな。多分、今が夜明けで一番寒い時間だ。もう少し我慢すれば朝になる」
「気にしないで大丈夫。貸しにしておいてあげるから」
勝手についてきてこれだ。俺にひっついているくせに全く恩着せがましい。もっとも、寒いのは俺も同じだから助かっているのは事実ではあるが。
「音が小さくなってきた」
「もしかして……、四日ぶりの晴天?」
「かもな」
毛布から俺たちは出た。風は吹いている。だが、星が見える。夜が白んでいる。よし、これなら行ける。方向がわかる。
「顔色が悪いようだけど大丈夫?」
「ああ、心配しなくて良い」
「もう少し休んでいく? ちゃんと寝れてないんじゃない?」
「眠れてないのはレージーラも同じだろ。それより、時間が惜しい。俺たちが助かるのはどれだけ少ない時間で砂漠を踏破できるかにかかっている」
「分かった。でも、体調が悪くなったら言ってね。水も食料も私にばっかだったの知ってるから」
「気のせいだろ。隠れて飲んでるから」
疑いの視線を向けてくるレージーラのことを気にせずに方向を見定める。今はまだ春。夏には少し早い季節。だから、太陽が登ってくるのは少し南寄りのはず。だから登ってくる方向と逆方向の半分、それより少し左側に向かって進めば良い。
俺とレージーラは一言も言葉を交わさずに進む。仲が悪い。って訳では無い。二人とも、少しでも体力を無駄に使いたくないって知っている。水はもうない。食料は乾パン。食べれば水分を消費するはず。食べたほうが良いのか悪いのか。判断ができない。
本当に俺は馬鹿だった。計画分の水と食料しか持たないなんて。なんて甘ちゃんだったんだ。計画通りに行かない事態を想定して多めに持ってくるべきだった。少なくとも水だけは倍……も持てないか。兎に角、持てるだけ持ってくるべきだった。
俺たちは殆ど休憩を取らずに歩き続ける。その方が体力の消耗が小さい。黙々と歩き続け、西に太陽が沈んでいくのを横目に見る。
どれだけ進めるだろうか。このまま砂漠を抜けることが出来ずに倒れてしまうのだろうか。嫌なことばかり頭の中に思い浮かぶ。解決法は見えてこない。唯一の解決案は歩き続けることだけ。分かっているさ。そう思いつつも、体が重くなってきた。多分、疲れているだけだろう。まだまだ行けるはずだ。そう思いつつも、足がもつれる。重力がキツイ。
俺は砂の中に倒れ込む。口の中に鼻の中に砂が入ってきてジャリジャリする。気持ちが悪い。けど、そんなのもうどうでもいい。
「アズ、アズ、大丈夫?」
レージーラの声が聞こえる。けど、気のせいだろう。無駄な会話はしない。そう約束をしたはず。
「アズ、聞いてる?」
「さ、先に、行け。あと、か……」
「行けるわけない。聞いてるの? アンタ、やっぱり水、一昨日から一滴も飲んでなかったんじゃない。これじゃ、アタシ、馬鹿じゃない。自分だけ助かったりしたら、それこそ生きている……」
ヤバい。段々とレージーラの言葉がわからなくなっていく。大丈夫。単に疲れただけ。こんな砂漠で死ねるはずないだろ。ギルドでこき使われ、騎士団の団長には
心の中で自分自身を鼓舞するけど体は動かない。やはり、水を断ったのはまずかったか。いや、そんなことは十分
「アズ、アズ……」
クソっ。レージーラの声が徐々に小さくなっていく。意識が徐々に失われていく。もう、本当に最後かもしれないな。これで。
俺は最後の力で目を見開いた。夕焼けが真っ赤に世界を染めていた。風はいつの間にか止んでいる。それでも、大気中に砂が舞っているのだろう。太陽はいつも見るより
仰向けになって大の字になる。レージーラが俺の体の向きを変えてくれたのだろう。そのことは理解できるが、感覚が無い。でも、さっきの体勢より苦しくはない。最後には楽にいけるのだろう。ありがたいことだ。
まだ、レージーラが何か言っている。だが、もう俺には届かない。意識が完全に途絶する……。
★ ★ ★
「起きて!」
「目を覚ましてアズ!」
ああ、鬱陶しい。俺は死んでまでレージーラの声で起こされなきゃいけないのか。もう、完全にゆっくりとさせて欲しい。死んだのだから……。
体の中に何か入ってきたような気がした。温かい何か。おかしなことだ。死んだはずなのに、感覚があるなんて。いや、違うか死んだからこそ感覚があるのか。
「死んじゃ駄目だよアズ」
おかしい。何故、レージーラの声が聞こえる。まだ、アイツは死んでないはずだ。もし、天国に行けて声をかけるなら、俺がアイツに声をかけるのが順番のはずだ……。とすると、もしかして、俺は……。
瞼が開くのを感じた。世界は暗く死後の世界のように感じた。けれども、すぐに違うと
「良かった。目を覚ました」
俺は答えようとするが、声が出ない。口が僅かに開いただけだ。
「水、飲んで」
レージーラに上半身を起こされて、水筒を口にあてがわれる。ゆっくりと口に流し込まれてくるのは間違いなく水だ。味はしないが温かい水だ。全部は飲んでは駄目だ。レージーラの分を残しておかねば。そう思うものの注ぎ込まれた水を口の中に残った砂ごと俺は飲み干してしまう。
「安心して。まだ、水はあるから」
俺は注がれた全ての水を飲み終えると、レージーラの膝に頭を預けたまま自分の体力が回復するのを願っていた。現状を理解できなかったが、理解するために自分の力の復活を自分の体に強く命じていた。
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